肩慣らしのための軽いキャッチボールをしている最中、フェンスに取り付けられている扉が開く音。あいにく、フェンスを背にして三橋の方に体を向けている俺はそのまま握られたボールを投げる。同じく音に気がついたらしい三橋がボールを投げるのと声を出すのはほぼ同時だった。でもそれが智海、と言う言葉だったのがいけなかったというだけで三橋自身は悪くない。パシリ、いい音を出して見事にグローブ収まったそれを掴んだ左手は、そのまま自然と淕の方へと駆け出すことになった。
「うぉーい!淕ー!」
「げ、田島」
「なになに、俺に会いに来てくれたの?」
「寝言は寝て言え」
えぇー、と少しへこむ俺に、志賀先生に頼まれたプリントを千代に渡しにきただけ、と唯一向けられていた顔をしのーかの方に戻して話始めてしまった淕に口を尖らせる。しのーかと話す淕は俺の時とは全然違って楽しそうだった。いいなー、俺のときもそんくらい笑ってくれてもいいのに。
もう一度むくれる俺の頭にガシリと掴まれた衝撃。そろりと目線を忍ばせればモモカンの怒る直前の顔が。三橋たちの方を見るともうすでにキャッチボールは終わってしまったらしくランコーの準備に取りかかっていた。スミマセン!とモモカンに頭をさげてグラウンドに戻った。
* * *
走っていく田島の背中を見ながらバカだなぁ、と思いながらも頬が緩んだのがわかった。
「あなたが淕ちゃん?」
「…あ、はい。はじめまして」
「はじめまして、監督の百枝です!」
笑みを浮かべる彼女は想像通り、いや、それ以上にきれいな人。私には愛想笑いなんてものはほど遠いものだけど、自然と頬が緩んでしまうほどまっすぐな笑顔だった。花井の声によって逸らされてしまったそれは少しだけ困ったようで。
「…ランナーいないんですか」
「え?あぁ、そうなの。あいにくまだ誰にも頼んでなくて」
今までは中から誰かが走ってたんだろう。ほとんど西広くんだろうけど。それじゃあ、いつまで経ってもチームがうまくならないよ。
ため息をつくような呼応をしてブレザーを脱ぐ。腕を捲りながら塁に向かおうとすると百枝さんの呼び止めるような声。
「今日バイトもないですし手伝います」
「…淕ちゃん、50メートルは?」
「中学の最高は6秒3です」
「………っ」
どこか喜色を浮かべた百江さんは千代に予備のジャージを持ってくるよう頼んだけど、必要ないと首を振る。だってつまりは。
「スライディングしなければいいんでしょ」
ニヒルな恵比須顔を見て二人が息を飲んだのがわかった。