目眩む陽射し
────暑い。暑い暑い暑い。
茹だるような暑さに神経を逆撫でされ、挙げ句五月蝿く啼き喚く蝉の声に頭痛がし、強過ぎる陽射しに眉間に皺が寄る。
要は今、僕の機嫌は最大限に悪いということだ。
これはもう、憂さ晴らしでもしないとやってられない。
土方さんの書きかけの文書に氷水でも撒き散らすか、それともいっそ、土方さんの頭上にかけるか。
何ならもう、土方さんの部屋を水浸しにしておくか。
ともあれ、それならを準備することすら億劫だったりもする。
けど、怒り狂う土方さんの顔を見たら、少しは気が晴れるかもしれない。
そんなことをして暑さが何処かに行くわけではないが、気分がましになるなら、と重たい腰を動かす。
悪戯なら別に誰にしたっていいのに、何で土方さんを選ぶのか。
そういえば、少し前に千鶴ちゃんにそんなことを訊かれたのを思い出した。あれは、何の悪戯を土方さんにしたときだったか。
そのときの答えは「嫌いだから」。
笑顔でそう言うと、千鶴ちゃんは何故か悲しそうな、寂しそうな表情をした。
どんな答えを期待していたのかはわからない。ただ僕が答えたものは、千鶴ちゃんの望む答えでないということだけはわかった。
──「沖田さん……何をしているんですか?」
炊事場で盥を見詰めていると、夕飯の準備をしにきたらしい千鶴ちゃんに見付かった。夕飯の準備をするには些か早い時間のようにも思うが、最近増えた隊士の人数を考えればこんなものかもしれない。
「ん? 氷をね、買ってきたんだ」
ちょっと街に出て、氷を入手した。
それだけのことで額と背には汗が滲み、これが土方さんへの悪戯の為でなかったら、絶対にこんなことはしないと思った。
僕の表情から良からぬことを嗅ぎ取ったらしい千鶴ちゃんは、どうしたものか、という顔をしている。
「……外、まだ暑いの?」
額にうっすらと汗を浮かべる千鶴ちゃんに尋ねた。
「ああ、洗濯物を取り込んでいたんです」
外が暑いというよりは、動いたから汗をかいている、といったところか。とはいえ、外はまだ陽が高く、暑いだろう。
「そう」
僕は短く答え、盥を抱えた。中では、この暑さのせいで氷が溶けはじめている。
「沖田さんっ? 何処に行くんですか?」
こういうとき、何故女子は勘が良いのか。いや、千鶴ちゃんの勘がいいわけではないのかもしれない。
……土方さんの迷惑になることを最小限に引き止めたいといったところだろうか。
「夕涼み。千鶴ちゃんもおいで。まだ時間あるでしょう」
僕が言うと、千鶴ちゃんは安堵したような表情で、はい、と答えた。あんなふうにされると、悪戯をする気も殺がれるというものだ。
──縁側に盥を置き、そこに二人並んで足を浸ける。氷はかなり溶け、半分は水へと変化していた。
「気持ちいいですね」
千鶴ちゃんが少しずつ傾き始めた陽を眺めながら言った。
「そうだね」
もし、あのまま悪戯をしていたなら、楽しいけれど、こんなふうに穏やかな時間ではなかっただろう。
「僕が土方さんに悪戯するのは、楽しいからだよ」
不意に放った言葉に、千鶴ちゃんは、え、と声を洩らした。
「だって、怒ってる土方さん見るの、楽しいじゃない」
嫌いよりはいいけれど、でも、といった千鶴ちゃんの顔。なんといっていいのかわからない気持ちなのだろう。
「それとね、土方さんは結局は許してくれるから」
僕はそれだけ言うと、立ち上がった。その瞬間、千鶴ちゃんの笑顔が視界に入り、まるで目眩に似たものを覚えた。
────これはきっと、強い陽射しのせいだ。