雨遊び



────「こうも雨が続くとだれるよね」

沖田さんが雨の降り注ぐ庭を眺めながら言った。どうやらそれは本心からのようで、座る体勢は何時もよりだらしないし、着物の胸元も何時もよりはだけている。

私はそれにつられるように、何日も濡れたままの地面に目を向けた。

だれるというよりは、少々鬱々とした気分になる。

何時、この雨は止むのだろうか。

梅雨に入ったらしく、ここ何日も大降りの雨が続いていた。

「洗濯も乾かないですしね」

私がぼやくと、沖田さんはそれには興味ないように、へぇ、とだけ返してくれた。

「……いっそ、雨で遊ぶとか?」

いつの間にか縁側に寝そべった形になっていた沖田さんがぼそりと言う。

「何言ってるんですか。幾ら暖かくなってきたとはいえ、雨に濡れたら冷えますよ?」

そんなことをしたら、直ぐに風邪を引いてしまうだろう。沖田さんは少々拗ねたように、冗談だよ、と言ったが、どうやら否定されたことが面白くないようだ。

私はそんな沖田さんを横目に、炊事場へと移動した。


────夕飯の下拵えを少しだけしてから縁側へと戻ると、何やら賑やかな声と雨音が混ざり合って聞こえた。

……まさか、と思いながら庭を見ると、そこには幹部達が勢揃いしていた。

どしゃ降りの雨の中、傘もささずに遊んでいるのだ。

沖田さんはしゃがみこんで何やら水溜まりを眺めているし、永倉さんと平助君は何故か泥を投げ合っていて、原田さんはそれを見ながら笑っていた。

斎藤さんまでも、居た。

恐らく沖田さんに無理矢理連れ出されたのであろう斎藤さんは木の下で雨を凌いでいるように見えた。

「あ、千鶴ちゃーん。来て来て」

沖田さんが私に気付き、上機嫌な声で手招きした。出来れば行きたくない。手元に傘でもあればいいのだが、勿論そんなものはない。

けれど、沖田さんはにこにこと笑いながら手招きしてくる。……ずぶ濡れのまま。

他の人達はもういいとしても、沖田さんの身体を冷えさせるわけにはいかない。

私は急いで部屋に戻り、手拭いを握って縁側へと戻った。沖田さんはそんな私を見付けて、また手招きをする。

私はもう濡れるのも厭わずに、沖田さんへと駆け寄り、手拭いをその頭に掛けようとした。

「見て見て。蛙」

だというのに、沖田さんは水溜まりを泳ぐ小さな蛙を指差してきた。

「沖田さん。中に入って下さい」
「ええ、嫌だ。折角蛙見てるのに」

大きな声で私が理由を言えないのを知っているからか、沖田さんは私の言葉に従う素振りを見せてはくれない。

「雪村。風邪を引くぞ」

そう言って斎藤さんが近付いてきて、私の頭にそっと自分の襟巻きを掛けてくれた。私はそれで握っていた手拭いのことを思い出し、それを沖田さんの頭へと掛けた。

「おー、総司だけ特別扱いでいいなー」

それを見ていた原田さんがけらけらと笑いながら言う。……多分、お酒が入っているのだろう。

「千鶴ちゃん、俺にも手拭いくれ」

大声で永倉さんが言う。永倉さんもお酒を飲んでいるのだろう。でなければ、この二人なら、真っ先に私を屯所のへと連れ戻すだろうから。

「てか、千鶴は中に入ってろ……」

どうやらお酒を飲んでいないらしい平助君がそう言い掛けたところで、永倉さんが平助君に泥を投げ付けた。しかも、顔面に。

「平助君っ?」

私は懐から懐紙を取り出し、平助君へと駆け寄ろうとしたところで、強く腕を引かれた。その瞬間、雨が止んだのかと思った。

顔へと降り当たっていた雨粒が消えたのだ。

「おめぇら、何やってんだ」

そして、背後というか、頭上から低い声が雨の代わりに降り注いだ。

「土方さん」

気付けば、私は土方さんのさす傘の中へと引き込まれていた。そして傘が小さいせいが、土方さんの腕の中に収まるような形になっている。

「全員早く中に入れっ」

土方さんが怒鳴ると、皆は渋々、といった様子で屯所内へと引き返していった。斎藤さんだけはほっとしたような表情を浮かべていたと思う。

「全く……あいつらは」

土方さんが私の身体から離れずに言うので、額の辺りに溜め息がかかり、擽ったいような感触があった。

「ん? どうした。顔が赤いようだが、風邪でもひいたか?」
「え、あ、大丈夫ですっ」

顔が赤いのは、多分、土方さんとの距離が近過ぎるせいだろう────。





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