秘すれば花
「もう、からかわないで下さい」
千鶴ちゃんは頬も染めずに、寧ろ若干怒ったかのように口を尖らせる。
「だって、本当に可愛いと思ったんだもの」
彼女の綺麗な黒髪を纏める紐は今日の巡察のときに僕が買ってきたもので。ほんのりと桜色をした其れを結ぶ彼女の姿が容易に想像出来たからで。だから其れを買い、彼女の髪に結んでやった。
僕の唐突な振る舞いなどすっなり慣れっこになっているのか、彼女はそれに大して驚きもせずに受け入れた。
――――うん、よく似合う。可愛いよ。
本心から言ったつもりだったんだけど、千鶴ちゃんは紐のことも含めてからかわれたのだと感じたらしい。
心外だ、と思うことはなく、そう思われても当たり前だとすら思う。だって普段から僕は何のてらいもなく、その言葉を口にして見せるときがあるから。
「でも、ありがとうございます」
千鶴ちゃんは律儀に深く頭を下げた。髪と一緒に贈った紐がはらりと揺れる。彼女には桜色がよく似合う。
「千鶴」
そんな僕達の生温い午後を邪魔するかのように、怒っているとも取られ兼ねない低い声が境内に響いた。廊下に立つ土方さんが僕らに視線を向けている。
邪魔された。
それが平助あたりだったならそう思ったかもしれないが、生憎彼ではそんな気など微塵もないのだろう。
「はいっ」
その声に千鶴ちゃんは竹箒を手にしたまま土方さんへと駆け寄る。その後ろ姿はあまりに軽やかな蝶々のようで、贈った紐が翅のように揺れる。
「何だ、その紐は」
目敏い土方さんは千鶴ちゃんの髪を結わく紐が変わっていることに直ぐに気付いた。
……気付かなくていいのに。
「沖田さんがくださったんです」
千鶴ちゃんが嬉しそうに言うのでつい口許が緩みそうになる。
「そうか。よく似合ってるな」
土方さんがそう微笑みを見せた刹那、千鶴ちゃんの頬が真っ赤に染まる。似合ってる、と言っただけで可愛いなんて言っていないのに。
――――ああ、そうだ。
似合いそうだから買ったんじゃない。喜ぶ顔が見たくて買ったんだ。照れて欲しくて可愛いと言ったんだ。
男装する彼女を少しでも女子扱いしてあげたくて。だから、あんなに淡い色を選んだんだ。
それを土方さんから誉められて頬を赤らめる彼女。
「ねー、土方さん。可愛いくらい言ってあげて下さいよ」
僕が大きな声で言うなり土方さんは盛大に眉をしかめ、千鶴ちゃんは何故か慌てふためく。そんな二人が可笑しく愛しくて、胸の奥がつかえそうになる。病のせいだと思いながら小さく咳き込むと、千鶴ちゃんが焦って戻ってきた。
「大丈夫。噎せただけ」
僕の言葉を千鶴ちゃんは信じていないようで、心配そうな表情を崩さない。
……僕は君の傍に長くいれそうにないから。
君の傍にいたら、こんな君の顔をずっと見ていなくてはならないから。
秘めた想いの方が美しいなんて、そのほうがずっと意地悪みたいだから。
秘すれば花。