夕暮れの憂鬱
我ながら何なんだ、と思う。
紫紺間近の夕暮れ時の空は青色と橙色で真っ二つに分かれていて、考え事をするにも持ってこいだ。これであとは酒の一杯でもあれば更にいいのだが、酒が入ってしまっては途中から考え事を放棄する危険もあるのでなくてよかったのかもしれない。
巡察から帰ってくる奴等を眺めながらも境内に目を向ける。
竹箒を手に舞い落ちる紅の葉を懸命に寄せ集める小さな姿。どんなに掃いても直ぐにそこには落葉がまた散るのに飽きもせずに何度も箒を動かしている。
その姿は自分の出来ることを楽しんでいるかのようだ。
そんなふうに目で追うようになったのはいつからか。
いつも何かしらに一生懸命で、たまに見ているこちらが微笑ましくなるくらいのどじをやらかす。
巡察に出れば彼女の父親である綱道さんの姿を探してやるし、でも彼が見付かってしまえば彼女が此処にいる理由もなくなってしまうとも考える。
矛盾したことを思いながらも彼女が喜ぶならやはり探してやりたいとも思う。
今まで女が喜ぶ為に何かしようなんて考えたこともなかった。
「原田さん、どうかしました?」
俺の視線に気付いたらしい千鶴が駆け寄ってくる。自分に用事でもあると思ったんだろう。
「いやぁ、一生懸命何かをしてる女っていいなと思ってさ」
俺が笑顔を見せながら言うと、千鶴は少しだけ頬を赤らめながら何を言ってるんですか、と返してきた。
頬が染まってるのが夕陽の紅のせいだとは思いたくない。
欲しいと思えば本気で口説けばいいのに、それをしないのは何故か。
こうして照れる反応を見て楽しむだけの理由は。
「ほら、また落葉溜まってるぞ」
俺が言うと千鶴はあ、と声を漏らして元の場所へと戻っていった。
甲斐甲斐しく働くその姿は俺の細やかな夢にいるものを彷彿とさせる。
陽は更に沈み、空の青さは殆ど消えた。
風も冷たくなり、陽の暖かさも消え失せる。
「いい年して何をしてんだかな……」
ただ見ているだけで心は満たされ、だけど彼女の一挙一動に振り回される。そんな経験は今までにないもので、それを確かに楽しむ自分もいる。
そんなことを考えながら再び千鶴に目を向けると寒そうに身をすくませていた。
「千鶴。冷えてきたからそろそろ中に入ろうぜ。寒いんなら抱き締めてやるから」
「え……っ、あの、それは大丈夫ですっ」
慌てて首を横に振る千鶴はあまりに可愛くて、ついそういったことを言いたくなるのだ。そしてそれはわりと本心からだったりもするのだが、当然彼女は気付いていない。
「ま、それは兎も角、中に入るか」
「はい」
千鶴は笑顔で頷きながら片付けてきます、と言って箒を手に走った。
いつまでこんなふうに「いいお兄さん」でいられるのかは自信がないが。
夕暮れの憂鬱。