偽甘恋味
──まるで沖田さんみたいだと思った。


「ねー、千鶴ちゃん、甘いもの欲しくない?」

そう尋ねてくる沖田さんの表情は悪戯を思い付いた子供そのもので。そこに漂うのは嫌な予感しかしないというのに、要らない、と断ることさえさせないものだ。

広い境内の掃除が漸く終わりに近付いたとき、そんなふうに沖田さんに声を掛けられた。

吹き荒れる風に咲いたばかりだという桜の花弁が散っていく。其処かしこに舞う薄桜色の花弁を纏いながら沖田さんはにこにこと笑みを浮かべている。

「……丁度、欲しいと思ってました」

私が思ったことと正反対の詞を口に出すと沖田さんは待ってましたと言わんばかりに笑みを深めた。こうなると更に胸には嫌な気配が渦巻く。
沖田さんの悪戯は今に始まったものでもなければ、物凄く困るものでもない。ただ、厄介なだけ。人が僅かに困るのを見て楽しむという、物凄く厄介な性格なのが沖田総司という人なのだ。

「なら、飴玉があるんだ。ほら」

沖田さんは着物の袂から懐紙に包まれたものをにこにこと取り出し、私の前で広げた。そこには淡い緑色をした、ざらめのつきの大きめの飴玉。

……どうやら、今回は悪戯ではなかったみたいだ。

私は心の中で沖田さんに謝ってから、綺麗ですね、と言った。飴玉の緑色は舞い散る桜の色とよく合っている。

「よかったらどうぞ」

其処にあるのは確かに普通の飴玉。なので私はいいんですか、と返した。すると沖田さんはにっこりと口角を上げ、彼らしくない科白を口にした。

「いつも頑張ってる御褒美だよ」

とはいえ、やはり其処にあるのは普通の飴玉なので、幾ら沖田さんでもたまには人を労うということもあるのだろうと、大分失礼なことを考えてから、いただきます、と手を伸ばした。

「……ねぇ、君、今、何か失礼なこと思ったでしょ?」

沖田さんの詞に私は思わず指を止めた。そう、沖田さんは頗る勘が良くて、私の考えていることなんて、僅かな表情の動きで見抜かれてしまったりするのだ。

「い、いえ! 何も思ってません!」

私は慌ててそれだけ言い、沖田さんの手の中にある飴玉を摘まみ口に放り込んだ。考えていたことなど絶対に言えるわけがない。その為に飴玉を口に放り込んだのだ。こんなに大きな飴玉なら暫くは口を開かずに済む。
だが沖田さんは、それなら別にいいけど、と途端に興味なさそうに言った。

一度舐めた飴玉からは仄かにニッキの独特な味がしたが、それとざらめの甘さが合い、口の中に広がる。
私が飴を含んだせいではっきりとしない声で美味しいと呟くと、沖田さんが微笑んだ。

その顔に思わず心臓が高鳴ったような気がした。
淡い陽射しと舞う桜の花弁と暖かい風と微笑み。

だがそれも束の間、私は舌の上に広がる妙なものに表情を歪めた。

「辛……っ」

飴玉の表面を被っていたざらめが溶けきると、甘さが急に途切れ、舌に届いたものは辛さという刺激だった。私は口許を手で覆いながら沖田さんにちらりと視線を向けた。
すると私と目が合った沖田さんは目を細め、悪戯が成功した喜びの笑みを浮かべた。

「それ、『めさまし』っていう名の飴玉なんだって。春の陽気はつい眠くなるからね」

辛さに堪える私に沖田さんは事も無げに教えてくれた。
確かにこの辛さはうたた寝したいような気持ちを削いでくれそうだ。

「え、何? そんなに辛いの? じゃあ、捨てる?」

無言でいた私に沖田さんは先程まで飴玉が包まれていた懐紙を差し出してきた。

「……いえ、大丈夫です」

飴玉が口の中で邪魔にならない程になってから答えた。
確かに辛いことは辛いが、我慢出来ない程ではないし、それに何より沖田さんから頂いたものを捨てるなんて出来ない。
……だって、そんなことをしたら後が怖い。

そんなふうにしながら、それでもなるべく早く飴玉が溶けるようにと必死に其を口の中で転がす私を沖田さんはかなり楽しそうに眺めていたが、不意に笑顔を消した。
そしてちょっと待ってて、と言うや否や、小走りに去っていった。
境内に残された私は桜の花弁を眺めながら辛いのか甘いのかもうよく判らなくなってきた飴玉を舌で転がした。



飴玉が殆どなくなりかけた頃。

「はい」

漸く戻ってきた沖田さんは私につつじの花を一輪差し出してきた。

「口直しに蜜でも吸って」

私は言われた通りにつつじの甘い蜜を吸いながら、まるで沖田さんみたいだと思った。

先程の飴玉は見た目はほんのり可愛らしくて、最初の一瞬は独特の味と微かな甘味を漂わせ、そのあとは直ぐに驚く程の刺激を与えてくる。でもその刺激も堪えられないものではなくて、慣れてしまえばそのなかに甘さを見付けることも出来る。

──そしてそれは本当に沖田さんのようで。

「何? 美味しくない?」

私の視線を感じたらしい沖田さんは表情を歪めて口を開いた。

「いえっ! 美味しいです。ありがとうございます」

私が頭を下げると、ふふ、という柔らかい声が風の音と共に耳に届いた。




偽甘恋味。
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