雪降り、積もる想い
「寒い……」

境内の掃除中、千鶴は箒を動かす手を止めて、白くなった掌に息を吹き掛けた。はぁ、と白い息は一瞬だけ指先を温めてはくれるが、直ぐにまた冷えてしまう。

一刻近く箒を手にしていたせいで、手先の感覚は寒さのせいで失われかけている。

ふと空を見上げれば、白い粒がちらちらと舞っている。

「雪だ」

千鶴は舞い落ちてくる粒を掌に乗せながらそう溢した。どうりで今日は特別冷え込むと思った。

別々に、こんなに長い時間掃除をしている必要はない。ただ、あまり屯所内に居てはいけないと思ったのだ。

幹部達が軒並み顔を揃えて難しい表情をしていた。茶を運びに行ったときの空気はとても堪えられない程に重く、自分如きが聞いてはいけない話だと思ったのだ。

正直なところを言えば、気にならないわけはない。それでも自分は新選組の一員ではないし、部屋に居たところで追い出されるだけだというのも分かっている。

此処にいる時間は決して短くはない。それでも千鶴は、新選組の隊士ではないのだ。決して、彼らの仲間に入ることは許されない。

──それを寂しく思うなんて……。

千鶴はそこまで考えてから頭(かぶり)を振った。どんなに考えたって、仕方の無いことだ。

「千鶴ー」

掃き掃除を再開したところで、明るい声に呼ばれた。声のした方に顔を向ければ、そこには満面の笑みをした平助がいる。

「平助君」

そう呼び返した頃、丁度雪の舞い方が強さを増した。舞うというよりは、大粒で降ってきている。

「何してんだよ、こんな寒い日に」

平助は身軽な動きで千鶴のもとへと駆け寄ってきた。確かに、雪のせいで寒さはかなり増している。しかし、千鶴は正直な気持ちを言えずに、笑って誤魔化した。

──そんな我が儘は言えない。

だけれど、平助は千鶴の笑みには誤魔化されなかったようで、一瞬渋い表情を作り、千鶴の顔を凝視してきた。綺麗な翡翠色の瞳が千鶴の目を確りと捉えている。

「気になってんなら、聞けよな。とは言っても、答えてやれることは限られてるんだけどさ。でも、お前だって、仲間だろ? こんなふうに、一人で外にいる必要なんてねぇんだよ」

──なんで、何も言ってないのにわかってしまうんだろう。
恐らく、茶を運びに来たときの千鶴の表情から、話の内容を気にかけていることを窺ったのだろう。

「……でも」

「でもとか、なし。お前は、此処にいるんだから、俺達の仲間なんだよ」

平助の言葉は素直に嬉しかった。そう言われることを望んでいたのだ。いつしか、此処が居心地のよい場所へと変わっていったから。

そしてそれは──目の前で優しく笑う平助がいるから。

「……ありがとう」

千鶴が涙を堪えて笑顔で言うと、平助は照れ臭そうに笑ってくれた。

寂しいと感じていた想いが、地面に雪が溶けるように、一瞬にして消え去った。

だけれど、雪は草の上には積もり始めていて、それはまるで、想いが静かに積もるのとよく似ていた────。





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