※微裏表現ありです。自己責任でお願いします。













「けーんと、」


自分の夫である七海の名前を少しだけ甘えたような声で呼ぶ可憐の頬は紅い。先に帰宅した彼女が作った料理はにんにくの効いたトマトソースのパスタで少しだけ辛い。それに合わせて、赤ワインにしてはあっさりしているそれを選べば、珍しく可憐がグラスを煽るペースが早くなった。





「飲み過ぎでは?」
「えー、そう?」
「水を持ってきますよ」
「いいのにぃ」

空になったパスタが乗っていた皿やカトラリーをまとめて持ち七海がキッチンへ行けば、可憐はワイングラスを持ってソファに座る。窓の外を見つめる彼女の横顔をキッチンから見てから、七海は皿を水につけるとグラスに水を注ぐ。





「何かありましたか?」
「ははっ、過保護過ぎ」
「やけにペースが早かったので」
「ワインが好みだっただけだよ」

キッチンから戻った七海にワイングラスと水の入ったグラスを交換されてしまい、少しだけ不満そうな顔をしたが可憐は何も言わずに水を口に運んだ。





「建人は心配しすぎ。そんなにわたしの人生は大変なことに溢れていないよ」
「心配しすぎることが悪いわけではないでしょう」
「奥さんに過保護すぎると嫌われるよ?」
「誰にです」
「わたしに」
「それは困ります。」
「はは、素直。」


揶揄うようなひとつ歳上の彼女の言葉に今度は七海が不満そうな顔をしてソファに寄りかかり、先程取り上げたワインを自分が煽った。そんな彼を可憐は少し面白そうに笑いながら横顔を見つめている。





「何ですか」
「意外とすぐ拗ねるよね、建人」
「うるさいですよ。」
「案外お酒回ってるでしょ?」
「貴女ほどじゃありませんよ。」
「ふぅーーん?」


グラスの水を飲み干して、トンっとソファの近くの小さなテーブルにグラスを置けば可憐は七海が持っていた空のワイングラスを取り上げてそれもテーブルに置いた。

すると七海が可憐の腕を引き、後ろから抱きしめるように彼女をソファに座らせる。首筋に七海が顔を埋める少しだけくすぐったそうに可憐が小さく笑った。





「わたし、知ってるよ」
「何がです?」
「建人が今日は疲れてるってこと」
「..別にいつも通りです。」
「時間外労働した上に、伊地知くんに電話で泣き付かれて一件追加で任務に行ったのに?」
「何で知ってるんですか..」
「高専から帰ろうと思った時に伊地知くんに会って任務が追加になったって聞いたから。それで高専で残業してから帰ってきたの」

「そうでしたか、」
「だから充電してもいいよ?」


くるりと、七海の方に顔を向けて悪戯をする子供のように無邪気に笑う可憐。そんな彼女を見て七海は溜息を吐いてから額に軽くキスをした。





「...明日は休みでしたか?」
「きゃー、わたし何されるのー」
「..充電させてくれるのでは?」
「拗ねない、拗ねない。おやすみだよ、明日は。」
「...分かりました。」


ふわっとソファに可憐を座らせると七海は立ち上がり空のグラスを持ってキッチンへ向かう。それから洗い物を始めたので可憐は「真面目か」と笑った。







腕の中にあった温度













「....ちょ、..まっ、て」
「駄目です。」



嘘でしょ、と頭の中で呟く。

夕食の片付けをきっちりしてくれて、建人はすぐにシャワーを浴びに行ったので、帰宅してすぐにシャワーを済ませていたわたしは読みかけの文庫本をお供に寝室のベッドに横たえた。

時間にしたらそこまで経っていないかもしれないけど文庫本に夢中になっていたわたしからひょいとそれを取り上げたのは、少し濡れた髪をそのままに肩からタオルを掛けて、身体にフィットするボクサーパンツだけ身につけた建人で、すぐにわたしの両手は優しくシーツに縫い付けられてそのまま奪われるようにキスをされる。酸素が足りなくなって口を開ければ、すぐに温かい舌が入り込んできて、わたしからまた酸素を奪う。わたしの制する声はなんの意味もなさなかった。

あれよあれよという間にわたしも纏うものが心許ない下着だけになってしまい、ベッドサイドにある照明をひとつ暗くするように建人に目配せする。





カチッと言う音共に、互いの顔が見えるか見えないかの暗さになれば身体を密着させるように抱き締められて、肌と肌が触れ合い生まれる熱に身体が少し熱くなるのがわかった。



「...可憐」
「んー..?」
「申し訳ありませんが、余裕がありません。」



でしょうね。
下着だけで寝室に来たの初めてでしたよ、なんて真面目な顔して謝る彼に言えばもしかしたら拗ねるかもしれないから飲み込んで「知ってる」とだけ答えた。



普段は、しつこさの塊の様な、いや優しさ故なのかもしれないけれどこちらとしては勘弁してほしい程に念入りに前戯をされるし、どちらかと言えば自分の欲よりもわたしを優先した行為をする。だから、こんな風に建人が自分本位で、余裕がないなんて言うのは本当に珍しい。



だから、仕方ない。
たまには甘やかしてあげようと思うのだ。
張り詰めた環境で、今日も昨日も命を危険に晒して身を削り戦う彼が、また懸命に生きていける様に、共に明日からまた生きていけるように隙を見せてくれない彼がたまに甘えてくれるなら、とことん甘やかしてあげるのが正解だと思うから。










「建人、」
「何です?」



「気が済むまで充電、どーぞ」









すぐに何かを言ってくれない建人に、もしかして引かれたかなんて少しだけ不安になるが優しく額にキスをされて、耳元で小さく愛の言葉を囁かれる。


その言葉を聞いて、久しぶりの休みは昼過ぎまで寝てることになるだろうななんて思ったけれど、逞しくて優しい腕に抱き締められて彼の温もりが近くなると、どうだって良くなってしまった。









「...後悔しても、知りませんよ?」


「可憐..愛してます」












貴女の腕の中で感じる熱はいつだって心地よくて。いつまでもその中にいたいとさえ思ってしまう。だからどうか、いまは離さないでいてほしい、気が済むまでずっとどうかこのままで。
















「....起きれますか。」
「..無理に決まってんでしょ。」

翌日、寝室に入り込む太陽の光が強くなっても可憐は七海に後ろから抱きしめられたままベッドの上にいた。自分を抱きしめながら少し申し訳ない様な声を出す七海の手を握るとまた目を閉じる。







「あとちょっと、このまんま」
(貴方の温度の中で溶けてしまいたいの)









fin.



prevnext


- ナノ -