「お集まりの皆々様!!
耳の穴かっぽじってよーく聞いて頂こう!!



来たる、十二月二十四日!
日没と同時に!我々は百鬼夜行を行う!!

場所は呪いの坩堝、東京新宿!
呪術の聖地、京都!


各地に千の呪いを放つ。
下す命令は勿論、鏖殺だ。
地獄絵図を描きたくなければ死力を尽くして止めに来い。


思う存分、呪い合おうじゃないか。」










―――――――二〇一七年 師走。
最悪の呪詛師と名高い夏油傑が呪術高専にて宣戦布告を行った。


それにより、呪術高専内は対応に追われる事になる。









静寂(しじま)










「それで、七海にクリスマスの埋め合わせはしてもらうのか?」
「埋め合わせ?」
「クリスマスイブもクリスマスも京都出張なんて、埋め合わせして貰わなきゃ割に合わないだろ」
「勿論、年明けに連休申請して埋め合わせする予定ですよ。」




 


十二月の頭に突然決まった七海さんの京都出張。しかも日程はクリスマスイブとクリスマスを含めた三日間で、場合よっては伸びる可能性もあるらしい。

その出張が一週間前に控えているのだけれど、今日は家入さんに久しぶりに喉の調子を診てもらいに七海さんと一緒に高専に来ていた。



秋頃に五条さんに調理実習を頼まれて以来、何度かわたしも七海さんにくっついて高専に足を運んでいる。
すっかり仲良くなった学生たちに頼まれてお菓子作りをしたことも何度かあった程だ。

繁忙期の夏を越えると少しだけ呪術界も落ち着くらしく、学生たちもみんな揃っていることも多かった。







「七海はこの後、打ち合わせだろ?学長がやたら息巻いてた」
「ええ、準一級以上が集められているようです。
新宿京都どちらでも指揮権を持つのはその辺りの階級だからでしょうが。」
「で、七海はまさかの京都配属か。猪野が落ち込むな。まぁ、京都の方は学生達が多く出るだろうからな、七海みたいなタイプがいた方が何かといいんだろ」
「京都の方にも学校があるんですか?」
「一応姉妹校があるんだよ。年に一度交流会もやってるが、仲がいいとかそういうんじゃないな」
「そうなんですね」



家入さんによる検査が終わり、七海さんが自動販売機で買ってきてくれたお茶を飲みながら、医務室にある革張りのソファに家入さんと向き合って座る。

家入さんはわたしに一言断ってから煙草を取り出したので、お店の癖で火をつけようとすると家入さんに小さく笑われてしまった。







「ごめんなさい、つい癖で..」
「いや、いいよ。むしろ付けて貰えば良かった」
「ふふ..いつでも言ってください」
「今度、可憐の店に飲みにでもいくかな」
「叔母さんと気が合うと思うのでぜひ」
「店のお酒が無くなりますよ、可憐」
「それはもうありがたいことです」
「その時は五条を財布に連れて行くよ」




家入さんの冗談とも本気とも取れる言葉に「待ってますね」と答えると、七海さんが時計を確認してから隣で立ち上がる。




「一時間程で終わるとは思いますがどうしますか?」
「ここにいても問題ないぞ」
「あっ、それなら少し校舎内を散策しても大丈夫ですか?入っちゃいけないところとか」
「特にはありませんが..学生が使う教室があるのは二階がメインなのでそれより上の階は、会議等をしてる可能性がありますね」
「だったら少し二階を散策してから、またここに戻ってきます」
「わかりました、では後で。」



家入さんに頭を下げてから医務室を出て行く七海さんに手を振れば、小さく微笑んでくれる。静かにドアが閉まると、家入さんは楽しそうにこちらを見て煙を吐き出した。






「仲良さそうで、何より」
「えっ」
「ん?仲良くないのか?」
「...そんなことはないです、けど」
「七海はいい奴だからな、この業界には珍しい。」
「みなさんいい人ですよ?」
「変な奴が多いだろ?」
「あはは!それ前に猪野さんも言ってた気がする」
「だから七海みたいなのは希少だよ。」
「周りの人から評判がいい男は間違いないって、よくわたしの叔母が店で話しているので少し安心します」



冗談っぽく話すと家入さんも笑ってくれる。
すると彼女のポケットに入れていたらしい携帯が鳴ったので「どうぞ」と伝えると手短に会話を済ませてから家入さんはため息をついた。


「この後何人か任務から怪我人が来るらしい。そんなに時間はかからなそうだし、暇になったら戻ってきて構わないから。」
「わかりました、ありがとうございます」
「あ、喉の方は問題なかったけどまた半年に一度くらいは念のため診せてくれ」
「はい!それじゃあ、また」





家入さんに頭を下げてわたしもまた医務室を後にする。

冬は時間が経つのが早い。
まだ夕方までは時間があるのに、廊下の窓から見える空は薄ら暗くなって来ていた。


真っ黒なニットのロング丈のワンピースだけだと少し肌寒かったが、コートもマフラーも、なんなら鞄も駐車場に停めた七海さんの車の中に置いて来てしまっていて、歩けば気にならなくなるだろうと考えて歩き出す。


何処からか聞こえる学生たちの声や、学校の独特な空気の香りがなんだか少し心地良かった。
























学校に流れる空気感が、わたしは好きだ。


とは言っても自分が学生の時は、校舎内の古びた階段とか味のある机とか、いつまでも変わらない椅子とかアナログな黒板とかそういうものに対して魅力を感じていた訳ではないし、日常に当たり前にある風景だった。



実際当たり前の風景になにか思いを馳せるよりも、友達のと関係だとか誰が好きだとか、あの先生はかっこいいだとかそういう話の方がずっとずっと楽しかった。


学校に通っていたのは中学が最後だけれど、嫌な思いがある訳でもないのにどんどん出なくなる声がまわりと自分の間に見えない壁を作っているような気がして、足が遠のいてしまったことは今でもはっきり覚えている。



大人になってからならば、学生時代というのは独特で世界がそこしかないように感じるのだとわかるけれど当時のわたしがわかるはずもなくて。



だから、大人になってから不思議なご縁だけれど高専に来ると学生時代を少し取り戻したような気もするし、タイムスリップしているうような気分にもなれるのだ。






目的地がある訳もなく歩いていると、電気が付いている教室を見つける。
もともと学生の数は少ないと聞いているので消し忘れたのかと思ってその教室の扉を念のため開けてみると、窓際の席で椅子に浅く腰掛けて机の上に足を放り出している五条さんがそこにいて。



五条さんの近くにある窓は開いていてそこから入り込む風は冷たい筈なのに、五条さんは手をポケットに入れたまま窓の外を眺めているようだった。








――――――コンコン、

声をかけていいのか分からなくてノックする。その音に気がついて、五条さんがこちらに顔を向けるとポケットから右手だけを出してこちらに向けた。






「あっれ、可憐じゃん。どしたの?」
「家入さんに喉を診てもらいに来たんです。七海さんは今、打ち合わせに」
「あー、今日か、打ち合わせ。」
「五条さんは打ち合わせには行かなくていいんですか?」
「うん、僕は別にいーの」


手招きをされて、教室に入る。
そこには机は三つしか無くて、五条さんの隣の椅子に腰掛けると少しだけ遠かったので、椅子を少し近づけた。



目元を隠している五条さんは、声こそいつもと同じだけれど何処となく纏っている空気が重たくて何か声をかけようと思ってもうまく言葉が出て来ない。

五条さんは机に乗せていた足を下ろして、身体をこちらに向けて、今度は机に頬杖を付くとわたしの方を見る。







「七海とクリスマス約束してた?」
「えっ?」
「えっ、って。付き合ってんだからクリスマスは約束してるでしょ」
「あっ、いや、五条さんにそういうこと聞かれたのにびっくりして」
「あはは、なにそれ。だってさ、クリスマスも勿論イブも七海京都になっちゃったから先輩としては申し訳ないなーって」
「大切な任務だと、聞いているので大丈夫ですよ」
「...大切、ねぇ」
「それから重い任務だと」
「成程。七海らしいね」








五条さんは言葉を続けずに、今度は顎の下に手をついて教室の前方にある黒板の方に目を向けた。


七海さんはわたしに仕事のことを必要以上に話したりはしない。わたしが呪術師でなくそれ以前に呪いというものが見えるわけでもないのだから、それは当然のことだ。



けれど、出張になれば行く場所も教えてくれるしわたしが知っている人なら誰と行くとか細かい話も聞かせてくれる。


そんな彼が、今回の出張は大切で少々重い任務だと言っていたのだからわたしはそれを信じて彼の帰りを待つほかはない。









「全然話違うんだけどさ」
「..はい?」
「この教室、僕が学生の時使ってたんだよね」
「もしかしてその席ですか?」
「いや、一番廊下側。で僕んとこはたいてい硝子だったかな」
「じゃあ、わたしがいる席は?」
「そこは僕の親友がよく座ってた」
「親友?」
「そう、親友。」
「確か三人なんですよね、五条さんの同級生は。」
「うん、そうだよ」
「だったら今でも親友さんとはよく会いますか?」






七海さんが以前教えてくれた、学生時代の話。一つ上の五条さんたちの世代は三人で問題児揃いだったから、一つ下にあたる七海さんの学年はよく悪絡みをされていたと。殉職してしまった彼の同級生はその悪絡みさえいつも笑顔で素直に受け取る人で、後から入ってきた後輩にあたる伊地知さんも先輩達の被害によく遭っていたなんて、教えてくれた。







「んー、いや?」
「そうなんですか、」
「というか、喧嘩してそれっきり。」
「...喧嘩?」
「もう十年くらい経つけどね。もう時効かな」





いつものように軽く笑いながら、五条さんが目隠しを外して、背もたれに身を預けるとポケットにまた両手を入れる。
こちらを見るわけではなかったから表情は分からなかったけれど、何処となく声が寂しい気な音を帯びている気がした。








「学生時代の喧嘩をさ、今更、どうにか出来ると思う?」
「大変だとは思うけど、出来ると思いますよ」
「もう生きる道も全然別だとしても?」
「そうだとしても、五条さんが仲直りしたいって思っているんだからそれはちゃんと伝わるし、きっと仲直り出来ると思います」
「なにそれ。僕が仲直りしたいって思ってるって?」
「違いますか?」
「なんでそう思うの?」
「だって、そんな前から喧嘩して会ってないのに、ここの席にいたのは親友ってわたしに教えてくれたから。」
「えー、引っかけ問題みたいなこと言うじゃん」
「もう一人の同級生とか、言い方はいくらでもあると思うし。だから、五条さんの中ではまだ大切な人なのかなって」

「でもさぁ、」
「なんです?」



小さな子供が駄々をこねるように唇を尖らせる五条さんがなんだかおもしろくて小さく笑ってしまう。
「馬鹿にしてるでしょ」と言われてしまって咳払いしてそれを誤魔化した。




「僕が守りたいものを、そいつは壊したいんだよ。どう頑張っても多分もう交わらない」
「交わらないならそれはそれで、別々の道を歩いてるのじゃ駄目ですか?」
「それ仲直りって言う?」
「言うと思いますよ。だって、どんなに仲が良くても、ずっと同じ道を歩き続ける方が難しいってわたしは思うから。」
「...なるほどねぇ」
「でも同じ道がいいなら、それはちゃんと二人で話さなくちゃ」





何処かで不貞腐れた様に話す五条さんに小さくそう笑って言えば、やっと目が合う。いつ見ても綺麗な蒼く海のような眼は、いつもより何処か寂しそうだった。








「ちゃんと話せるなら、伝えたらいいんです。まだ足りないならちゃんとぶつかって、最後に話せたらそれで大丈夫ですよ、きっと。」
「大丈夫じゃなかったら、どうする?」
「その時はもう一回、頑張りましょ」
「もしかしてそれ大丈夫になるまで繰り返せってやつ?」
「だって、大切な人と仲直りしたいならちゃんとわかってもらえるまで粘らなきゃ。」
「簡単に言ってくれるねぇ。こっちは世界をかけてるっていうのに」







わたしには、彼等が生きる世界のことはわからない。
まして、彼が背負うものなんてわたしの想像の中では分かり得ないものだと思う。

だからきっと、わからないけれど彼の言う喧嘩はわたしが想像できる範囲なんて超えるくらいに重くて大きなものなのかもしれない。


けれど、目の前にいる五条さんという一人の男性が親友の仲直りをしたいというのなら、どんな状況だとしてもきっとやることは一つなのだ。







「世界がかかってようとかかってなかろうと、これは五条さんと親友さんのふたりの問題ですから。


それ以外のことは、どうだっていいんですよ、きっと。」

「最強の男はそうはいかないんだよ」
「どうして?」
「...さぁ、最強だから?」
「最強の前に、五条さんは五条さんじゃないですか。」






わたしのその言葉を聞いて五条さんは、ポケットから手を出してこちらを向くと少しだけ驚いたように目を見開く。何も言わずに彼の方を見ると、少しだけ困ったように、けれど力が抜けたように表情が緩むのが分かった。









「...可憐はさ、僕の事、一人の人間として見るんだね」
「五条さん、おばけじゃないでしょう?」
「見方によっては化け物なんじゃない」
「最強、ってやつですか?」
「そ。」
「わたしには、呪術の世界のことはわからないから。五条さんはヒーローみたいだなって思うこともあるけど、今目の前にいる五条さんは友達との仲直りを悩んでる普通のお兄さんですよ」

「...ほんと?」
「はい、もちろん」
「じゃあ、今なんかしんどいのとかも普通?」
「普通ですよ。

だって、誰かと喧嘩したらモヤモヤするし、不安とか色んな気持ちになってしんどくなるのが普通です。それが親友相手なら尚更です」

「...もしさ、どうしようもできなかったら?」
「んー..そしたら五条さんの中でけじめをつけたらいいと思います。」
「けじめ?」
「また明日から、ちゃんと切り替えて生きていけるように。けじめをつけたらいいんですよ」

「それ簡単?」
「すーーごく、難しいです。
でも五条さんなら大丈夫ですよ。」
「なんでわかんの」
「大丈夫になるまで、ちゃんと応援しますから。きっと大丈夫なんです。」
「応援って..可憐が?」

「一人より二人の方が少しは気が楽でしょ。それにわたしみたいに五条さんを普通のお兄さんって言う人は珍しいみたいだし」

「んーでも、そもそも可憐には関係ない話じゃん。まして僕と親友の喧嘩なんて」
「もう聞いちゃったので、関係ありますよ」
「だから、応援してくれんの?」
「何も出来ないけど、それだけは出来るから。」







そう言って、まるで迷子の子供のように何処となく不安そうな彼の目を見てからもう一度「だから、大丈夫ですよ」と伝える。

それからわたしが立ち上がり冷たい風を通してしまう窓を閉めると、五条さんもまた立ち上がりわたしの手を握った。









「....駄目だったらさ、また励ましてくれる?」
「...え?」
「僕のそばにいてさ、大丈夫って、言ってくれる?」







手を引かれて向き合う形になる。

繋がれたままの手に、彼の言葉に、うまく頭が回らなくて言葉が出なくなってしまう。





あまりにその声が、消えてしまいそうで。
この手を離したら、冷たい空気の中に溶けてしまいそうな程、自分の手を握る彼の手が冷たくて。



何も言えずにいると、手を離されて少し安心する。しかしすぐに今度は腕を引かれて抱き寄せられた。












「..五条さん?」
「あのさ、」
「え?」
「今だけでもいいから側にいてよ」










抱き寄せられた胸の中から見上げて、消えてしまいそうな声に対して返そうとしたわたしの言葉は彼の唇によって奪われた。












(きみがほしいって、思ってしまったんだよ)












逃げることなんてないとわかっていたけれど、華奢な腰に手を回して口付けをする。

その時、きっと打ち合わせも終わり可憐を探しているのであろう七海が廊下にいた事に気が付いていなかった訳じゃなかったけれど、自分の中の衝動を止める理由にはならなかった。






驚きと状況が飲み込めないせいで、身体が動かない可憐を僕から引き剥がしたのは、廊下から僕達に気が付いて教室に入ってきた七海。


手加減はしているだろうが、それにしても強過ぎる力で可憐の腕を引く。僕の方を見る眼光は、呪霊を見る時と同じ位に鋭利だった。







「..な、なみさん」
「帰りますよ。」

腕を掴んだまま僕には何も言わず、可憐を連れて行こうとする律儀で真面目な後輩に声をかける。








「おつかれ、七海。」

その言葉に一瞬足を止めてこちらを見ると、舌打ち混じりに「お疲れ様です」とだけ返答があった。



可憐は何度も瞬きをしながら、僕と七海の方を交互に見て僕に何かを言う前に七海によって教室から連れ出されてしまう。







僕しかいない教室で、また椅子に腰掛ける。
どうしてキスなんてしたんだろうか、気が付いたらしていたと言う表現が正しいと思うけれど。










――――――最強の前に、五条さんは五条さんじゃないですか。







媚を売る訳でもなく、機嫌を取るわけでもなく。
真っ直ぐに、言ってしまえば当たり前のように伝えられた言葉が頭の中で反芻する。









全てを放棄する度胸も、自由もない。
だから自分の心には自由に勝手にしてきた筈なのに。
今更、普通の人間と同じだなんて言われても普段なら一瞥するだけなのに。









目を背けて来た見たくない自分が少し顔を覗かせた気がして、また目を背けようと外していた目隠しをつける。








「...あーあ、参ったなぁ」




そんな僕のぼやきに、何かを言ってくれる親友がここに居たらいいのになんて柄にもない事を考えてしまいそうになるから。

馴染みが深い椅子から立ち上がり、僕もまた教室を後にする。







師走の風は冷たく痛い。
何処かの窓が開いているのだろう、廊下もひんやりと冷たくて、ふわふわとする頭を冷やすのに丁度良かったと自分の気持ちをまた誤魔化した。










(無かったことに出来たなら、それが良かったのに)










□□□












はい!百鬼夜行編始まりました!
なんとも不穏なはじまり。笑
今回の五条さんとの絡みは、映画で教室で考えことしてる五条さんのシーンを見て考えたものです(映画見た方に伝わってほしい!笑



ある意味で誰にも弱みを見せない五条さんが、ぽろりと弱みを見せてしまうのはこういう時なのかなと思ってます。

さて、百鬼夜行編まであと一週間。
何があるのか、また次回も読んで頂けたら幸いです。





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