声が出ないことで
わたしが諦めたことはいくつあるだろうか。




自分では自覚ないけれど
小さなことをたくさん諦めていると思う。

友達とショッピングに行くこと
大学へ通うこと
料理教室へ通うこと
好きな人と電話をすること

きっとなんてことない日常の中に、わたしが足踏みをしてしまうことはたくさんあって。そんな足踏みがわたしの中では当たり前になっているのも事実だ。







とはいっても、時には新しいことを始めてみたりもするわけで。






「お菓子作り上手くなったわね、ほんと。店に来る女の子が習いたいって何人か言ってるわよ」

もともと興味があったお菓子作りを始めたのは年末年始の繁忙期を抜けてからで、ここ数ヶ月の話だ。

お店で作れば最後の口直しに食べてくれる人も多いのでつい試作を頻繁にしてしまい、もともと凝り性な性格なので休みの日に家でも作って七海さんに食べてもらったりしていた。

今日はだいぶ仕上がりが安定して来たマカロンを営業前に仕上げていると、叔母さんがひょいっとつまみ食いする。






「料理だって美味いんだから、意外と料理教室の先生とか出来るんじゃない?」

叔母さんはいつだってわたしに、この店で働く以外の選択肢をちゃんと探す様に言ってくれる。だからといって無理強いする訳でもなく、ただわたしが諦めているのは良くないと諭すのだ。






『声が出ないのにどうやって教えるの』
「その辺りを色々考えるんでしょ。創意工夫よ、人間が工夫する事をやめたら駄目じゃないの」
『わかってるって』
「あ、もしマカロン余るなら今日の常連さんの手土産にしてもいいかしら」
『いくつか差し入れで持っていくけど、たくさん作ったし余るよ。いくつか詰めてラッピングしておく?』
「そうね、五個ずつくらい入れたのを三箱くらい用意してくれたらいい感じかも」
『了解、やっておくね』
「ありがとう、助かるわ」
『お口に合えばいいけど』
「あんたが作ったってだけで喜ばれるわよ」
『そんな訳ないでしょ』



叔母さんのふざけた言葉に苦笑すると「あれ、そろそろよね?七海さん迎えに来るの」と思い出した様に叔母さんが時計を確認する。







『うん、三時過ぎには。ごめんね、営業手伝えなくて』
「何言ってるの。準備は完璧だし問題ないわよ。たまにはゆっくりしてらっしゃい」
『ありがとう』






三時まではあと一時間ほど。
マカロンをラッピングして片付けをしてから身なりを整えたらちょうどいいだろう。
今日は先日わたしを助けてくれた五条さんの所へ七海さんと一緒に話を聞きに行く約束をしていた。
午前中から任務があった七海さんはそれを終わらせてから三時に店まで迎えに来てくれることになっている。













「もし、呪いが原因で声が出ないならまた君は話すことが出来るようになるかもしれない。 

それを望むなら、僕がちゃんと解呪してあげるから安心しなね。」



ふと五条さんに言われた言葉が頭の中で反芻した。約八年程わたしは声を出して話していない。もう声が出ていた頃の記憶も、幼い子供だった訳じゃないのにあやふやだ。









『叔母さん』
「なに?」
『またわたしの声が出るようになるって言われたらどうする?』
「声?んー、あなたがそれを望むならどんな事でもしたらいいって思うわよ。勿論。出来ることは協力する」
『望まないなら?』
「望まないなら今のままでもいいんじゃない?」



煙草に火をつけながらあっけらかんとそう言う叔母さんにわたしはずっと助けられて来ている。叔母さんには何も言わずに灰皿だけ渡した。









「気が効くわね。さすが私の自慢の姪っ子」
煙を吐いてそう笑う彼女は、いつだってわたしの味方をしてくれるのだ。













花影(かえい)











「先日はきちんと挨拶が出来ず申し訳ありませんでした。

東京都立呪術高等専門学校にて、補助監督をしております伊地知潔高です。よろしくお願い申し上げます。」


いつものベージュのスーツに汚れは一つもついていない七海が店まで迎えに来て可憐を、店からは少し離れた裏路地まで案内する。そこに停められた黒塗りの車の前で伊地知が待っていて、二人が来ると律儀に挨拶をした。






『藤堂 可憐です。声は出ないので筆談か手話か、七海さんを介しての会話になってしまいますがよろしくお願い申し上げます。』


可憐は黒の丈長い細身のワンピースに綺麗なピンク色のシャツを羽織って、白いトートバッグを持っていた。その鞄の中からいつも使っているノートを取り出すと、予め書いて来ていたページを伊地知に見せる。すると伊地知は柔らかく笑って「了解しました」と答えてから二人を車の中へ誘導した。







「何か甘い匂いがしますね」
『マカロンを作っていて。多く作り過ぎたので少し持って来たのですが、甘いもの食べる方いますか?』

緩やかに発進した車の中で七海にそう聞かれて可憐は手話で答える。七海は納得した顔をして鞄とは別に彼女が持っていた紙袋を覗き込めば簡単に包装されたマカロンが目に入った。






「差し入れのマカロンだそうです」
「マカロン!甘いものでしたら五条さんは大好物なので喜びますよ」
伊地知がそう言うと、可憐は安心したようにミラー越しに彼を見て頷く。




「五条さんを餌付けしたら駄目ですよ」
『どうして?』
「すぐ調子に乗るからです」
『でもこの前お世話になったし、今日もお世話になるしそのお礼にと思って。あっ、お店の近くの百貨店で有名なところのお菓子のほうがよかったですかね?』
「...問題ありません。貴方が作ったマカロン、喜びますよ」
『ならよかった』
「お菓子作り得意なんですか?」
「彼女が店の料理は殆ど作っていてるんですが、数ヶ月前からお菓子作りに少し凝っているんですよね」
『はい、もともとお菓子作りには興味があったので始めたらつい熱中してしまって』



七海が伊地知に可憐の手話で話した内容を伝えれば「素敵ですね」と言われて彼女は少し恥ずかしそうに笑った。




「そういえば、藤堂さんはと七海さんは何処でお知り合いに?」
『苗字で呼ばれるの慣れないので名前で大丈夫ですよ』
「名前で呼んで問題ないそうですよ」
「あっ、じゃあ失礼して..。」
「サラリーマン時代に、たまたま上司に連れられて彼女が働いているお店に行って知り合ったんですよ。」
「そうだったんですね!非術師の方と聞いていたので不思議だったんです」
「呪術師になるとなかなか非術師の方と会うことも少ないですからね」
『そうなんですか?』
「呪いが見えない方に呪術師なんて職業を言ってもピンと来ないでしょう?」
『確かに』
「そういえば可憐さんはすんなり、私が呪術師という事を受け入れて下さりましたね」
『お店のパソコンで、呪術師って何回も検索しましたけどね』







楽しそうな可憐の言葉に七海が驚いていると伊地知も不思議そうな顔をする。



「呪術師をパソコンで検索したそうですよ」
「それは面白いですね!」
「何かわかりましたか?」

『いいえ、何も。だから、お仕事のことは置いて、目の前の人のことを考えることにしたんです』








可憐の手話を七海が読み取ってから彼が答えるまでには少し間があった。

「ありがとうございます」と小さく七海が答えれば可憐は肩をすくめて笑うだけ。そんな二人の様子をミラー越しに眺めて、伊地知が何かを聞くことは無かった。




















伊地知の車で一時間程で到着した呪術高専。彼はまだ仕事があるとのことで入り口で別れ七海と可憐は二人で医務室へ向かうことになった。


神社のような、日本家屋のような、なんとも不思議な建物の殆どが張りぼてだと言う事を可憐は知る余地もないのだが、たまに聞こえる学生の声に此処が学校なのだと少々驚いた様子だ。






「此処は呪術師を養成する機関も兼ねています。その為寮も完備されていて、此処で学び訓練し学生のうちから呪術師として働いていいるんですよ。」
『七海さんもここに?』
「...ええ。卒業してから一般企業へ就職する事にしましたがここで学生時代を過ごしています。」
『それなら五条さんも?』
「五条さんも家入さんもひとつ上の先輩なので、学生時代は被っていますよ。人数も少ないので学年関係なく知り合う事になりますし」
『運転して下さった伊地知さんも?』
「ええ。彼は私の一つ下の後輩ですよ」
『そうなんですね』




教員室、資料室、学生時代なら一度は目にしたことがある教室をいくつか通過した先に医務室がある。ノックして中から声が聞こえると七海は扉をゆっくりと開けて可憐を先に中へ通す。







「お疲れサマンサー!」
「よく来たね、可憐。そのあと体調は大丈夫か?」

テンションが高い五条はベッドに腰掛けていて、家入は自分の椅子に座っていた。可憐は軽く頭を下げてから、家入にオーケーサインを見せる。




「まぁ座って。七海もおつかれ」
「ありがとうございます。可憐さんはこちらに座って下さい。」

七海に促されて医務室の奥にある向かい合って置かれた革張りの茶色いソファに可憐が遠慮がちに座ると隣に七海が腰掛けた。

五条と家入がその向かいに座ると、可憐は七海の方を見てから紙袋に入っていたマカロンを取り出してソファの間にあるテーブルに出す。





「何これ!美味しそう!」
「彼女が作ったマカロンです。この前と今回のお礼だそうですよ」
「え、お菓子作れるの?やば。また作ってきてね。」
「お前はチロルチョコでいいんだから食うなよ」
「なんでよ!食べるよ!」
「お前には勿体ない」

『迷惑じゃなければまた作って七海さんに預けます』





楽しそうに五条と家入のやり取りを見てから可憐が手話をすれば七海は少しだけ不服そうにその言葉を二人に伝えた。それに対して五条も家入も「よろしく」と笑う。









「じゃあ、とりあえずさくっと本題入ってから可憐のマカロンを食べようかな」
「あまりに自然で何も言いませんでしたが、お二人ともすぐに名前で呼べるの才能ですね」
「七海、それはもう私達に言っても無駄だな。ついでに私は苗字より名前の方が呼びやすいからそうしたが、五条には気をつけろよ」
「そんな取って食ったりしないっての!」
「どうだかな。」
「最強の僕をなんだと思ってるんだかー。

まぁいいや。
じゃあ可憐、今から君の声のことに関して僕の見解を話すよ」






急に声のトーンが少し下がった五条が身を乗り出し、手を組む。可憐が緊張したように姿勢を正すと七海が「大丈夫ですよ」と声をかけた。家入はソファにゆったりと座り脚を組んでいる。










「確認だけど、声は急に出なくなった訳じゃなくて段々出なくなったで合ってる?」

五条の言葉に可憐が頷く。




「なら、僕の仮説は当たっていると思うよ。
僕の目は少し特殊で、わかりやすく言えば呪いとかそう言うのが他の人よりよく見える。

だから同じ術師でも気が付かない様な弱くて小さな呪いも見つけることが出来るんだ。




で、君にかかった呪いのイメージは、声帯から弱い呪いが糸のようにたくさん出ていてその糸が身体のあちこちに繋がっている感じ。

蜘蛛の巣を作るみたいに声帯を中心に糸が張り巡らさせている。」


「私や家入さんでも分からないレベルならかなり呪いとしては弱いですよね?」
「そうだよ。かなり弱い。でも彼女の声を奪うだけなら十分効力はある。現に声が出ない以外、君はずっと健康で他に問題はないでしょ?」





可憐は膝の上で拳を握りしめながら頷く。その弱い呪いを自分にかけた人間に心当たりがない訳ではないのだろう。






「弱い呪いが時間をかけて蓄積されて来てる。だから、一つ一つその呪いの糸を解いていけば君の声は出るようになるよ」
「どうやってそんな弱い呪いを解く?かなり繊細なコントロールがいるだろ」
「僕の呪力を彼女の中に流し込んで相殺すればいいだけだよ。六眼があれば繊細なコントロールなんて十八番だしね」
「...リスクは無いのですか?」
「勿論あるよ。」
「どんなものが?」
「身体のあちこちに糸がいってるからね、ゆっくり一つ一つ糸を消して行ったとしても、身体にダメージはあると思う。

とは言っても一時的に体調が悪くなったり、身体を動かしにくくなったりするレベルかな。」

「呪い自体に耐性がない以上慎重にやっていかないと、五条の呪力を流し込むだけでも彼女の身体はきついかもな」
「そういうこと。
だから硝子にも七海にも様子を見てもらいつつ、半年くらい掛けてゆっくり解いていくしか無いね。」


「全ての糸を無くさなくても声が出る可能性は?」
「あー、それはあると思うよ。でも声が出たり出なかったりするんじゃないかな。

だから、解くか解かないかを決めて中途半端にはしない方が身体の負担的にもいいと思う。


あとは、可憐が決めることだね」






下ろしている長い黒髪を耳に掛けて可憐は真っ直ぐに五条の方を見る。
その目は迷いがあるようには見えなかったが五条は優しく微笑んで「やる?」と尋ねれば、きゅっと、拳をまた握りしめて彼女は隣の七海の方を見れば少し不安そうな顔をする彼と目が合った。








「私は可憐が決めた事なら、どんな事だって支えますし応援しますよ」
「だってさ。どうする?可憐」




『ひとつ、質問いいですか?』
七海が五条に手話の意味を伝えれば、すぐに「何でも」と返答があり可憐は少し考えてからゆっくり手話を始める。









『わたしが呪いを解いてもらうことで、七海さんや五条さん、それから家入さんや他の方たちには迷惑は掛かりませんか?』


可憐の質問に七海は驚いた顔をしてから何も言わずにいると五条に急かされて内容を伝えた。すると五条は包帯を外して何処か楽しそうに笑うと「大丈夫」と両手を合わせてパンっと音を立てる。








「迷惑だなんて思うなら、初めから呪いを解いてあげるなんて言わないよ。

それに僕や硝子は会うのは二度目だけど、七海の彼女が困ってるときたら助けてあげたいしね。ね、硝子」

「まぁな。困っている一般人を助けるのは呪術師の大切な役割でもあるし、その辺は君が気を使うところじゃないよ」






目の前にいる二人にそう言われて可憐は安心したように息を吐いてから隣にいる七海を見る。彼もまた柔らかい表情でなにも言わずに頷く。










「よし、じゃあ決まり。

とりあえず来週あたり、体制を整えて最初の解呪を始めよう。」



五条のその言葉に、七海と可憐が揃って頭を下げれば家入が「そんなかしこまるな、五条だぞ」と揶揄った。










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その日は買い出しをしてそのまま七海の家に帰宅して、可憐が夕食を作ることになっていた。店で出す新しい料理の試作も兼ねているそうで、七海に試食を頼みたいと話していたのだ。


しかし高専から車で帰っている時も可憐はなにやら考え事をしているのか窓の外を見ているばかりで、帰宅しても手洗いをしてからソファに腰掛けるとそのままなかなか動かなかった。


いつもテキパキと動く可憐を知る七海は彼女の隣に座るとそれまで声をかけずにいたが「どうかしましたか」と尋ねる。






可憐は七海の事を見上げてから寄りかかると少しだけ考えてからゆっくり手話で言葉を紡ぎ始めた。







『声、出るようになるかもしれないって言われたのがまだ信じられなくて』
「解呪の件悩んでいるなら、」
『違います違います。そこに迷いはないんです。ただ、声が出ないのが当たり前になり過ぎてて声が出たらどうなるんだろうって考えちゃって』
「怖いですか?」
『どうします?わたしがすごい変な声だったら』
「何も問題ありませんよ」
『それは嘘』
「好きな人の声を変だなんて思う筈ありませんから」



七海があまりにさらりというから可憐は恥ずかしくなって手話をやめて両手で顔を隠してしまう。そんな彼女を愛おしく眺めてから、その手を退かして七海は手の甲にキスをした。









「声が出るようになったら、何をしたいですか?」

その質問に顔を赤くしたまま可憐は身体を起こして向き合うように座り直すと首を傾げる。






「叔母さんのお店で働く以外に、何かしたい事があるなら私は応援しますよ」
『お仕事についてはまだ想像がつかないけれど、ひとつだけしたいことあります』
「何です?」






自分の髪に触れる七海を見上げてから可憐は彼の頬を両手で包んだ。暖かい掌に頬を包まれ驚いた七海と目が合えば彼女はゆっくりと口を動かす。











――――――― な な み さ ん













声は出ないけれど自分の名前を呼ぶように動く可憐の唇を七海は彼女の手を制してから奪う。そのままソファに優しく押し倒し、深い口付けをしてなら唇を離すと顔を赤くした彼女と目が合った。手をそっと離せば何故か可憐は勝ち誇った顔で笑う。






「..あまり可愛らしい事を言うもんじゃありませんよ」
『だめ?』
「駄目とは言っていません」
『じゃあ良いじゃないですか』
「顔を赤くしてるのに随分強気ですね?」
『だってキスされると思わないし、質問に答えただけですし』
「質問の答えにはなってないですよ」
『うそ!』
「私は何をしたいかと聞いたんですよ」
『知ってますよ。だから、わたしは七海さんの名前を呼びたいって意味で言ったんです』










彼女のその言葉が予想外だったのか七海は何も言え無くなってしまう。そんな彼の反応に可憐は楽しそうに笑ってから立ち上がると、またしても勝ち誇った顔で手話を見せる。






『ご飯作って待ってますから、お風呂入って来てくださいね。』


そしてキッチンの方へ下ろしていた髪を結い上げながら歩いていく彼女に七海はもう何も言えなかった。














―――――――きっと私は、彼女には敵わないのだろう。どんな時でも無邪気に笑う貴方に心を奪われているのだから。









心の中も貴方になら、透かして全て見せてしまってもいいと思えるよ。包み隠さず、全てを知ってほしいと思うから。














七海さんの家のキッチンはわたしの家より広くて料理がしやすい。そのせいかいつもより料理が捗るのは気のせいじゃないと思う。

普段お店では和食系のつまみを作ることが多い。場所的にも少し年上のお客さんが多いのと和風のものの方が作り置きとしてとっておけるのがいいのがその理由。

けれどたまには洋食を作ってみたくて七海さんに試食を頼んだ。彼がよく飲むワインに合うかなと思ったのは秘密だけれど、今日作ったメニューは比較的良くできたような気がする。




アヒージョにガーリックトースト
それからアラビアータとプチトマトのサラダ。

もう一品くらい作れたらよかったけれどタイムオーバーだった。
テーブルに並べてから、彩りが少し偏ってる事に気が付いたけれど今日は目を瞑ろうと思う。



彼の家で料理をすることにも慣れて、お皿やカトラリーを出すことにも慣れている自分に少し驚く。何だか擽ったくて、グラスに水を入れて流し込んだ。


するとシャワーを浴びてヘアセットも崩れてる髪が下りている七海さんが黒いシルクのシャツタイプのパジャマの上からグレーのカーディガンを羽織って現れる。テーブルの上を確認してワイングラスを出して冷蔵庫からワインを出してくれた。







「美味しそうですね」
『好きなものありますか?』
「アヒージョは好物ですよ」
『プレッシャーだなぁ』
「貴方が作るのはどれも美味しいですよ」
『でも今日は初めて作ったものばかりですからどうかわかりません』


自分もダイニングテーブルの方へ向かえば七海さんが椅子を引いてくれてそのままわたしは腰掛ける。彼も向かいに座るとグラスには赤ワインが注がれた。





「作って頂いてありがとうございます。」
『いえ、試作も兼ねてるので厳しいダメ出しも受け付けますのでよろしくお願いします』
「ダメ出しなんて必要無さそうですが、心得ました」

どちらからともなくワイングラスをぶつければ心地よい音が響く。いただきます、と七海さんに言われて肩をすくめてからグラスを煽れば口に葡萄の香りが広がった。
















「どれも、とても美味しいですよ」
『ほんとう?』
「ええ。

ただ、お店で出すならばサラダ以外は温かいうちに出さなくてはいけないのが少し忙しい時間帯だと大変ですかね」
『そこが洋食は難しいところなんですよね。やっぱり時間がある時だけのメニューかなぁ』
「アヒージョもお店で出すには少しスーツに飛ぶのや匂いが気になってしまいますかね」
『ですよねぇ、、わたし作ってる時にこんなにオリーブオイルが飛び散ると思ってなくてお店のドレス汚しそうです』
「それは大変だ。」
『でも七海さんが好きならこれは自宅メニューにします』
「ありがとうございます、嬉しいです」
『やっぱりお店的にも和食がいいんですかね』
「洋風のおつまみを頼まれていたんですか?」
『いえ、そういう訳じゃないんですがワインも最近よく出るようになったので洋食のメニューがあってもいいかなぁって』
「でしたら、ピザを作って冷凍にしておくのはどうですか?」
『ピザ?』
「生地から作って具材やソースを乗せて冷凍しておけば、焼くだけでいいので便利かもしれませんよ。ピザ生地を作るのは少し大変かもしれませんが」
『それはいいかも!楽しそう!』





料理もほとんど食べ終わり、ワインを飲んでいると七海さんからアドバイスを受けて、心が弾む。早速携帯でレシピでも調べてみようと思えば、向かいから手が伸びてそれを制される。そのまま手を握られて、顔を上げればお酒のせいなのか分からないけど少しだけ顔が赤い彼と目が合った。






「今度一緒に作りましょう」
その言葉が嬉しくて、わたしはもちろん頷く。すると彼は満足したように手を離してまた少しだけ残っていたテーブルの上のプチトマトをフォークに刺した。











わたしだけが知っているのだろうか。


時に少しだけ恥ずかしそうに、
罰が悪そうな顔をする彼のことを

時に心配性で過保護すぎるけど
いつもわたしの不安を先取りしてくれることを


時に不安そうな顔もするけれど
誰よりも優しい目で、わたしを見てくれる彼のことを。












―――――――あなたの優しさに助けられていると、あなたが大好きだと、声が出るようになったら伝えたい。



もちろん、その時はあなたの名前もいっしょに声出して呼びたいと思うの。









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