「郭くんのばーか」

「…君には言われたくないんだけど」



昇降口を出ると、校庭には数センチ雪が積もっていた。



「ていうかなんなのいきなり」

「…そんなにわたしと一緒に帰るのが嫌なんですか」

「そうじゃなくてさ」



卒業式を間近に控えた校舎は、近頃毎日忙しない。ただでさえ受験が終わったばかりで、合否の通知が未だに届いていない者もいるのに、生徒たちは残り少ない学校生活をいかに充実させるかに躍起になっていた。兎にも角にもわたしもそのうちのひとりだ。もう少ししたら、会えなくなってしまうから。だから、それまでの期間にどれだけ片思いしてる彼との思い出を作れるか。今更、付き合いたいなんていう願望はない。いや、やっぱ嘘。あわよくばなんて、いつも妄想してる。けど、ただ一緒に居られれば、いい。だから、今まで一緒に帰ったことなんてなかったけど、「一緒に帰ろうよ」なんて言ってしまった。彼は驚いた顔で「いいよ」って言ってくれたけど、そのあとに「用事があるからちょっとだけ待ってて」とも言った。だからわたしは教室で、うるさいくらいに心臓のリズムを刻みながら、彼を待った。なんだか落ち着かなくて、顔になにか付いてないかと鏡で確認しようとトイレに行こうとしたら、見えてしまった、告白現場。そりゃあそうだよなあ、格好いいもん。近寄りが
たいし、滅多に女の子と話してるところは見ないから、安心してた。声が聞こえたけど、言葉は聞き取れなかった。わたしは早足でその場を後にした。その数分後、郭くんは教室に戻ってきた。「帰ろっか」



「嫌なんて一言も言ってないけど」



その言葉に期待してしまいそうになる自分がいやだ。彼はさっきのあのこになんて返事をしたんだろうか。真剣な、だけど泣きそうなあのこの瞳を見つめて、なんて言ったんだろう。



「……寒いね」



振り絞った声は掠れていた。最近風邪気味で、のどが痛いし、鼻声になってしまう。恥ずかしくてマフラーに顔の半分を埋めた。横目で彼を盗み見ると、何かを考えているような、でも何も考えてなさそうな顔で歩いていた。なんだか自分がバカみたいに思えてきて、でも未だ顔はマフラーに埋めたまま、目線を前に戻した。



「見てたでしょ」

「!…な、なにを」

「さっき、廊下で」



どうやらたった今のことではないらしい。



「あ、ああ、そういえば」

「なんで動揺してるの」

「ぶべべ別に!」



通学路にはあまり雪が積もっていなかった。所々白い箇所もあるけど、校舎の影になっている校庭よりも、確実に雪の量は少なかった。



「…あの子と付き合うの?」

「なんでそうなるの」

「なんでも!」

「……」



呆れた顔で溜め息を吐いた郭くん。やっぱ格好良いなあはは。好きだ。はは。



「断ったけど」

「まじですか」

「好きでもない人間と付き合うほど暇じゃないし」



ですよね。好きでもない人間と付き合うほど暇じゃあないですよねえ、そりゃあ。郭英士だし。じゃあ、郭くんは、好きでもない人間と一緒に帰るんですか。好きでもない人間と口を利くんですか。好きでもない人間にそんな情報教えるんですか。好きでもない人間だからそんな情報教えるんですか。わたしのことが好きじゃないから「郭くんは、」



「居るの、好きなひと」

「逆に訊くけど、そっちこそ居るの?」

「…居るよ」



わたしの鼻の頭は多分赤い。でも郭くんは顔のパーツのどこを取っても真っ白だった。顔だけじゃなく、わたしの目線からちょうど見える首筋とか、学ランの袖から覗く綺麗な手とか、全部。まるで人造人間だ。郭くんは実は、未来から来たアンドロイドで、脳はどこぞの博士みたいな人に支配されてるんだ。だから基本的に彼自身はわたしの気持ちなんてわからないし、わたしも彼の気持ちなんてわからない。わからなくて当然だ。だって、彼に、心なんてないだろうから



「そっか。俺はいない」



もう、忘れなきゃいけない。



彼と別れた交差点で、横断歩道を渡りきってから、一度振り返った。彼は居なかった。わたしは春を迎えに行くために、走り出した。





別離の言葉を嚥下して





110820

花天の下で彼女の魄はさま提出





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