翌日、伊月はあちこちに頼みまくり、無事定時に仕事を上がると、映画館へと向かった。 残りの仕事は休日出勤ですることになるかもしれないが、伊月はそれでも構わなかった。 伊月は20分前には映画館に着き、2人分のチケットを買って待っていた。 最終上映ということもあってか、それほど混んではいないようだった。 ガラスに映る自分の姿がおかしくないか確認してると、まるで恋する乙女のようで恥ずかしくなり目を逸らした。 5分前に森山の長身の姿が見えた。 思わず手を振りかけて、その手が止まった。 森山は1人ではなかったのだ。 彼の隣にいる女性には見覚えがあった。 「伊月さんだぁ!わたしのこと知ってますかぁ?」 その女性は伊月の姿を見つけると駆け足で寄って、嬉しそうに言った。 「あ、秘書課の…」 森山と交際の噂がある秘書課一の美人だという女性が伊月の目の前に立つ。 「そうです〜。河内さゆりです〜! 伊月さん秘書課じゃとっても人気なんですよ〜?だから今日こうして一緒に居られるなんて光栄です〜!」 食い気味な河内に押された伊月は助けを求めるようにチラリと森山を伺うと、興味なさげにそっぽを向いていた。 「ねぇ〜由孝。はやく中入ろうよ〜」 「さゆりはほんとにせっかちだな。」 さりげなく河内の腰に手をまわすのが見えてしまい、伊月の胸がツキリと痛んだ。 2人の親しげなやりとりにいたたまれなくなった伊月は声をかけた。 「あ、あの。俺がチケット買ってくるので待っててください」 伊月はチケットを1枚追加し、3人で中に入った。 伊月と河内で森山を挟んだ形で座ると、館内が暗くなる。 伊月は映画に集中しようとしたが、そうできなかった。 途中から河内が小さな声をあげるようになった。 伊月が視線を向けると、森山の手が彼女の足のほうへ伸びてるのが見えた。 だめよ、と河内は囁いたが、森山はスクリーンを見たまま、僅かな笑みを浮かべている。 河内の身体が椅子の中で跳ね、鼻にかかったような甘い声が漏れた。 何をしているのかは一目瞭然だった。 館内は空いていたし、他の客は離れて座っているので、気づいた人はいないようだった。 隣に座る伊月以外には。 森山の膝にネイルを綺麗に施された指がかかる。 それに応えるように森山の手が重ねられると2人の唇が重なる。 くちゅり、と水音を漏らしながら、森山の手がするりと動く。 森山の手の動きに合わせるように河内の口からは甘い声が漏れた。 囁き声、戯れる音、甘い息が、まるで拷問のようで、 伊月は画面を見つめることでそれに耐えることしかできなかった。 ←→ (32/35) ← |