子供たちとの練習が終わったあと、伊月は森山を食事に誘った。 少しの間のあと森山は了承してくれた。 行きつけの料理屋に着くと、適当に注文をする。 森山は次から次へと運ばれてくる料理をみるみると平らげた。 「今日はありがとうございました」 伊月は箸を置くと森山へと頭をぺこりと下げた。 「いや、いい暇つぶしになったよ」 森山も腹が満たされたのか箸を置く。 「でも久々にバスケしたから明日は筋肉痛になりそうだ」 ぽきぽきと肩をまわしながら森山が言う。 「第一日曜日と第三日曜にあそこでやってるんです。 よかったら次も来てみませんか?」 昔と同じように会話が出来たことが嬉しくなった伊月が笑顔で誘うと、森山の顔が一瞬曇る。 「俺も忙しいからね。今日はたまたま暇だったけど」 「そうですよね。じゃあ、いつか暇があったら…」 「いつか、ね」 森山が薄っすらと笑う。 それはもう来ないということなのだろう。 伊月の幸福感は急速に薄れていった。 それでもまだ伊月には、一緒にバスケをした興奮が残っていた。 「久しぶりに森山さんのプレーが見れて嬉しかったです。少しも変わってないですね」 「そんなはずないだろ。7年間一度もボールに触ってないんだ。 もう二度とやる気もないけどな」 急に不機嫌な顔になり、森山は近くの棚から雑誌を手に取り読み始める。 そのまま伊月の存在など忘れてしまったかのように、顔を上げもしない。 無言の拒絶にあったようで、伊月は唇を噛み締めた。 あの頃のことは、伊月にとっては懐かしい大切な思い出だが、森山には違うのだ。 それは悲しい現実だった。 森山がバスケをやめてしまったのは自分のせいかもしれない、と思うことは何度かあった。 だが、そんな風に思うことすらおこがましくて、なるべく考えないようにしていた。 森山は本当はどう思っているのか。 聞くのが怖くて、否定されるのが怖くて聞くことが出来なかった。 こんな風にコートに引っ張り出したのは無神経すぎただろうか。 森山が自分の誘いを断らなかったので、いい気になりすぎてしまった。 こうして森山に拒絶されてしまえば、もう声をかけることすらできない。 沈んだ気持ちで沈黙していると、ふいに森山が声をあげた。 「あれ、この映画始まってたのか」 伊月は俯いていた顔をあげると話題に食いついた。 「なんの映画ですか?」 「これ。俺、観に行こうと思ってたんだ」 森山が雑誌の映画欄を伊月に見せた。 「森山さんこの監督の撮る映画好きでしたもんね」 「そうだったか?」 森山と出かける場所を考えた時、伊月はかなり真面目に森山の好きそうなものを考えていた。 そして、考えた末に落ち着くのが大抵映画だった。 「あの、もしその映画行くなら、俺と一緒に行きませんか?」 「伊月と?」 森山が妙な顔をしたので、伊月は慌てて付け加えた。 「あ…俺も行こうと思ってたんです。だから、今日付き合ってくれたお礼に奢ります。 予定は俺のほうが合わせるんで…」 「別にいいけど、いつ行けるかわかんないよ」 「構いません。いつでも連絡ください」 伊月は手帳を取り出すと携帯番号とアドレスを書いたメモを渡した。 きっと昔の番号など森山のメモリーから削除されているだろうし、携帯番号も昔と変わっている。 森山はメモを受け取って、それをひらひらと振った。 「とりあえず受け取っておく」 僅かに揶揄するような笑みを浮かべてみせる。 よく女性からこうやって連絡先を渡されるのだろう。 自分もその中の1人のような気がして、伊月は思わず視線をそらせていた。 ←→ (30/35) ← |