「伊月くん、君が好きなんだ」

森山にそう告げられた時、伊月はとても間抜けな顔をしていたように思う。
実際、意味がわからず困惑していたのは事実だ。
高校2年も終わろうとする冬、W.Cの試合の後でのことだった。

森山に呼び出され、試合の感想だろうかと控え室に向かった伊月を前にした瞬間真剣な顔でそう告げた森山は目尻まで赤く染め、じっと伊月を見据える。

同じバスケットプレイヤーとして尊敬していた。
独特のフォームで3Pを打つ森山に憧れに似た感情を持ってもいた。
持って生まれた才能だけではなく、努力を怠らない森山を伊月は好ましく思っていたし、素晴らしい選手だと思っていた。

だが、それ以上の気持ちを考えたことがなかった。
森山も無類の女好きと聞いていたし、自分も女性に恋したことはないが、男を好きになったこともなかった。

伊月が答えられずに黙っていると、森山ははっきりもう一度同じことを言った。

「伊月くん、君が好きだ」

黙っているままにもいかなくなった伊月は口を開く。

「も、森山さん…俺、男ですよ?」

「わかっているよ。だけど君が好きなんだ」

「女の子大好きだったじゃないですか…!」

「そうだね。でも、俺は君が好きだ」

真摯な眼差しで、何度も好きだと言われ、伊月は戸惑った。
伊月は小学生の頃からバスケにほとんどの時間を費やしていて、真面目に女の子と付き合ったことすらない。
恋愛に関してまったく経験値がないため、同性である森山にいきなり告白され、どうすればいいのかまったくわからなかった。

「男の俺に告白されるのは、気持ち悪い?」

「そんなことは…ないですけど、俺、男だし、森山さんなら可愛い女の子がいくらでも寄ってくれるんじゃ…」

「伊月くんほど可愛い子なんていないさ。君は誰より綺麗で優しくて、頼りになる。」

真っ直ぐ向けられる森山の視線に伊月の鼓動は速まり、伊月はますます混乱した。

「俺、恋とかそういうのわかんないし、…」

「俺と一緒に知っていくのはダメ…?」

逸らすことが出来ない森山の目から本気を感じ取り、伊月は急に森山を意識した。

「俺のことは、嫌い?」

「き、嫌いなわけないじゃないですか…!」

慌てて言うと、伊月はわけもなく頬が赤らむのがわかった。

「そっか。なら、それでいいや。今はね」

森山ははにかむように笑みを浮かべると伊月の頭を撫でる。
その手の暖かさに頬が熱くなる。

「帰ろうか。」

森山は先ほどの告白が嘘のように軽い声で伊月へと声をかけると、促すように控え室の扉を開けた。
すっかり森山のペースに巻き込まれた伊月は、うやむやのまま控え室を後にした。


その後も森山の態度は特になにも変わらなかった。
学校も違うので毎日会うことはないが、たまに試合をした日には、暗くなるまでその日の試合の内容を振り返ったりもした。
そうして一緒にいることが増えていくと、時々向けられる視線の熱さに驚くこともあった。
以前からそうだったのかもしれないし、伊月が森山を意識することで気付いたのかもしれない。
そのくらい、伊月の中でも森山の存在は大きくなっていた。


かじかむ寒さが残る夕暮れ。2人は肩を並べて帰り道を歩いていた。
試合のない日もこうして自分の住むところまで赴いてくれる森山に伊月は小さく口を開いた。

「あの、森山さん…」

「ん?」

「森山さんからの告白のこと…俺、考えてたんです…」

「…そっか。」

森山は先を急かすことなく、白い吐息を
楽しむように深く息をつく。

「でも、恋とかまだよくわからなくて…。でも森山さんと一緒に居るのは…嫌じゃない」

だんだんと語尾が小さくなる伊月にクスッと笑いを漏らすと森山は右手を差し出した。

「嬉しいよ。これからもよろしく」

差し出された右手を伊月は握り返す。
かすかに力を込めて握り返された右手は、どきりとするほど熱かった。




森山の手はこんなに冷たかっただろうか。
あの寒かった日でさえ、冷たいと感じたことはなかった。
夢の続きのようにぼんやりとしている伊月に課長からの声がかけられる。

「わからないこともあるだろうし、昔のよしみで森山くんは伊月くんにここでのことを教えてもらいなさい」

「はい。よろしく」

森山はにこりと笑うと自分の席へと向かっていく。

森山は夢の中でよりたしかに大人びて、精悍な男の顔つきになっていた。
だが、あの頃となにも変わらなさすぎる。
伊月の顔を見ても、ただの昔の知り合いに会った程度の感情しか見せなかった。
平然と差し出された手。あの時と変わらないはずのそれが、酷く冷たいものに感じた。

(もう俺とのことはなんでもない過去ってことか…)

伊月は思考を振り払うように首を振り、自分の仕事をこなすべく席へとついた。






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