高尾に連れられやってきた『月華楼』は、大使館や億ションが集まる都心の一等地にあった。
周囲を白い塀とうっそうと茂る高い木に囲まれた日本家屋だ。
元は高級老舗旅館だった建物が経営母体が赤司の組に代わってからは『月華楼』は
身体を仕込まれた美しい男娼たちが客に性的サービスを行う、会員制高級男娼館として存在している。

一見するとただの和風旅館にも見えるこの建物も、玄関のさらに奥、豪華な扉の向こう側はまさに遊郭であった。

建物の真ん中を貫く長い廊下の左右には、朱色の格子で仕切られた牢があり、その中では三、四人の男娼が客を待っている。
客は中央の廊下からそれぞれの牢の中を覗き、男娼を選ぶ。
男娼は客に選ばれると牢の奥にある個々の部屋に客を招き入れるという仕組みだ。

一通り店のシステムを聞かされた伊月は
与えられた緋襦袢に着替えるよう言われ、専用の個室へと向かっていく。

緋色の襦袢に身を包むといよいよ自分が男娼になったのだと自覚していく。
その恐怖にガクガクと膝が震えた。

「大丈夫だ…。舞を、みんなを守るためなんだ…大丈夫…」

自分を抱きしめるかのように腕をまわし震えを堪えていると
障子窓の向こうから人影が覗く。

「『月乃』奥の間へ来い」

襖の向こうにはここの黒服であろう男が
伊月を案内するため待機していた。

伊月は月華楼で働く掟として、
苗字から一文字取った『月乃』という源氏名を与えられた。
その名で呼ばれ続けるかぎり、男娼なのだとここの支配人には言われた。

「はやくしろ、月乃!」

「は、はい!」

急いで男の元へと駆け寄ると長い廊下を歩いていく。
複雑に入り組んだ廊下を渡り、ミシミシと音の鳴る階段を上っていくたび、恐怖で心拍数が上がっていく。
やがて暗い回路を曲がると、そこは窓のない真っ直ぐな廊下だった。
その突き当たりにある部屋が奥の間と呼ばれる部屋である。

「高尾様、月乃を連れてきました。」

「あぁ、入れ」

「わかりました。ほら、さっさと入れ」

伊月を連れてきた男が襖を開き、伊月の背中をトンっと押し込む。
よろよろと畳に倒れ込むと、背後でピシャリと襖が閉まった。

俯いていた顔を上げ部屋を見渡すと、そこには時代がかった煽情的な空間が広がっていた。

間接照明に照らし出された和室の広さは8畳ほどだろうか。
壁の色は淡い赤色をしていて、箪笥や机など生活に困らない程度の家具が用意されている。
部屋の真ん中には大きな緋色の布団が敷かれていて、
高尾はその傍らに、スーツのジャケットを脱いだ姿で座っていた。

「へぇ。綺麗だな。あんたは肌が白いから緋色の襦袢が似合うね。
容姿の美しさはここの娼妓の売りのひとつだし、あんたはある意味逸材なのかもな」

(逸材、って…)

高尾の口から男娼として逸材と言われるとは思わなかった伊月は黙ったまま俯く。
そんなことを言われても嬉しくないということは高尾にだってわかっているはずだ。
それなのにわざわざ口に出して言うなんて、よっぽど嫌われているのか。
黙ったまま返事のない伊月に察したのか、高尾がさらに続ける。

「容姿褒められて傷ついてんの?そんなん意味ないからやめなって。
ブッサイクな野郎より綺麗な奴の方が売れるんだからそのほうがいいだろ?
あとは中身の問題な。」

「中身…?」

疑問に思い聞き返すとあの頃にはない、冷めた笑みが返ってくる。
高尾の変貌に戸惑いを隠しきれない伊月は面影を探すようにじっと見つめると、ふいに高尾の視線がそらされる。
一瞬だけ苦しそうに顔を歪ませると、再び冷たい笑みを宿して伊月に向き直った。

「中身ってのは抱かれるときの仕草だったり、テクニックだったり。
それを俺があんたに躾けてくってわけ。」

「え、…高尾、が?」

高尾の言葉に驚いて、絶句してしまう。
ずっと淡い想いを抱いていた高尾に
そんなことをされるなんて思ってもみなかった伊月の目からは、とうとう耐えきれず一粒涙が溢れる。

「たか、お…」

俺はお前が好きなんだ…。
言葉に出せない代わりに次々と涙が零れ落ちた。

高尾は伊月を見つめるとなにか口を開きかけ、思い直したように口を閉ざしてしまう。
だが、小さく「泣くな」と聞こえたのは伊月の幻聴だろうか。

「とにかく、そういうわけだから。俺も本気でやるから、あなたもそのつもりでいなよ」

困惑する伊月をよそに、高尾がよどみない口調で言って低く続ける。

「じゃぁ、はじめるか。ここに来て横になって、月乃。」





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