「男に…身体を…」

「出来ないなら妹を娼婦として売り出す。君が決めろ。」

赤司は酷薄な笑みを浮かべると、カタカタと体を震わす伊月を見下ろした。

金で男の玩具にされるなんて惨めな思いを舞にはさせられない。
まだ、中学生なのだ。これからもっともっと楽しいことや嬉しいことが起こるだろう。
そんな舞の人生を壊すわけにはいかない。
舞に身体を売らせるならいっそのこと…。

「や…やります…。俺が、働きます…」

震える手をきつく握りしめ、伊月は決意を表した。
舞のため、家族のために自分が犠牲になれば救える。
瞳をそらすことなく赤司へ向ければ、面白そうだと不敵な笑みを浮かべた。

「いいだろう。和成」

赤司が名前を呼ぶと奥の部屋から1人の男が入ってくる。
次の瞬間、伊月は息を呑んだ。

「た…かお…?」

懐かしい顔がそこにはあった。
思い出の中にある顔よりもだいぶ大人びてはあったが、
間違いなく、高尾和成であった。
忘れることの出来ない、今までに忘れたことすらない男。
高尾とのあまりにも突然の再会に声が出なかった。

「和成。この子を『月華楼』まで連れていけ。
調教もお前に任せる。知り合いだからといって手は抜くな」

「はい」

赤司はそう言うと、ソファーから立ち上がり、側近と共に部屋を出て行く。
残された伊月は信じられないというように高尾をただまっすぐに見つめた。


伊月が高尾と出会ったのは高校の頃。
バスケをしていた頃に出会ったのが高尾であった。
彼もまたバスケプレイヤーで、何度か対戦したこともある。
そして、そんな高尾に伊月はずっと恋をしていた。

その頃の伊月は自分の持つ特殊な目に嫌悪を抱いていた。
鷲の目と呼ばれるそれは、視界を頭の中であらゆる視点に切り替えて見ることができ、バスケでは役立てていた。
しかし、特殊すぎるそれは周りから敬遠される種にもなっていた。
どうしたって見えてしまう目に、最初のうちは皆面白がっていたが、段々と気味の悪いものでも見るような扱いに変わっていった。
もちろん、部活の仲間はそんな扱いをすることはなかったが、自分の目にコンプレックスを持つのには容易いトラウマであった。
だが、高尾はそんな伊月の目よりさらに視野の広い、鷹の目を持っており、さらにはそれを自分の長所として堂々と誇っていた。
自分よりもすごい目を持つ強い人。
伊月は高尾に興味を持っていった。
その単なる尊敬、憧れの気持ちが、甘く切ない想いへと育っていったのに、時間はかからなかった。

募る想いを抱いたまま卒業し、高尾へと告白を決めた3年前のあの日、突然高尾は伊月の前から消えた。
メールで一言「さよなら」と送られ姿を消した高尾が目の前にいる。

「どうして…高尾が…」

驚きと会えたことへの嬉しさで震える喉から声を出すと、高尾の瞳がスッと細められた。

「久しぶりだね、伊月さん」

フッと浮かべた笑みは、3年前と変わらないどこか子どものような笑顔のままだった。

「高尾…お前、どこ行ってたんだよ」

緩みそうになる涙腺を堪えながら聞くと、高尾の顔つきが変わる。
きゅっと眉間に皺を寄せ、視線を逸らされる。
その様子に伊月が声をかけようとすると、高尾の手が伊月の腕を掴んだ。

「そんなことより、行きますよ。あんた、自分の立場わかってんですか?」

先ほどまで浮かべていた笑顔が嘘のように冷たい目つきで伊月を見下ろす。
掴まれた腕はじんじんと痛みを感じるほどだ。

「高尾…?」

そのまま腕を引かれ、引きずられるように部屋から連れ出される。
車に乗り込み、向かう途中高尾は一度も伊月を見ることはなく、言葉ひとつかけてくれることはなかった。





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