駅から近いオフィス街の一角にあるビルの前に伊月俊は立っていた。 隣には妹の舞が少し怯えた表情で兄である伊月の手を縋るように握っている。 伊月は、安心させるように握られた手に力を込めると、意を決しビルの中へと入っていった。 伊月が訪れた場所は極道と呼ばれる組織の組事務所だ。 組事務所といっても大々的にヤクザという看板を掲げているわけではなく、登記上は普通の会社だ。 室内も応接室も小綺麗で感じ良く、一見極道の会社とは思えない。 ただ、そこにいる人物の雰囲気でそこが極道の場所であることが察せられる。 伊月と舞は案内され、中央に置かれるソファーに座る。 ローテーブルを挟んだ向かい側には この事務所のボスである赤司が腰かけている。 目の前の赤司は小柄ながらただならぬ威圧感を伊月は覚えた。 赤司が座るソファーの後ろには2mは越えているであろう大男と だるそうにあくびをしながらも鋭い視線を向ける青い髪の側近が立っていた。 隣に座る舞もその威圧感に怯えたのか、仕草がぎこちなく緊張を隠せていない。 「あの、お話とはなんでしょう…」 伊月は怯みそうになる自分を叱咤しながら震える声を出さないように意識しながら口を開いた。 「君たちの両親にお金を貸してるんだけどね、先日返してもらおうと思ったら返せないなんて言われてしまって困ってるんだ」 「借金…ってことですか?」 赤司は小さく口角をあげると言葉を続けた。 「親の借金は君たちに返してもらおうと思ってね。利子含めて1億。返してもらえるかな」 「い、1億…」 伊月の瞳が驚きで大きく見開く。 親の借金をしてたということも、それを返してなかったというの初めて聞いた話だったが、 借用書を見せられそれが事実だとはっきり理解できた。 伊月は竦みあがりながらも目の前の赤司を見つめた。 「すぐには、返せないのですが必ず返します。もう少しだけ待ってください」 凛とした声で頭を下げる。 ぎゅっと目をつぶり返事が返ってくるのを待った。 「僕は金を借りる奴の待ってください、は信用してないんだ。いますぐ返せないならそうだな。妹?この子に働いて返してもらおうか」 伊月は顔を上げると突然話を向けられ青ざめる舞を気にしながらも、戸惑い気味に赤司を見つめ返した。 「妹はまだ中学生なんです。働くなら俺が…」 「中学生?若いな。尚更働かせたら稼げるだろう。 娼婦として身体を売って稼ぐか?」 戸惑う伊月に赤司はククッと笑いを漏らす。 「身体って…」 思いがけない要求に伊月は一瞬言葉を失った。 「そ…んな…」 必死に絞り出す声は驚愕に震えてしまう。 隣の舞を見つめると瞳に涙を浮かべながら伊月を見つめていた。 「顔も悪くないし、年だって若い。 君の妹はきっと、客をたらし込んで相当稼ぐだろうね」 「たらし込むなんて…妹を侮辱するのはやめてください!」 伊月は湧き上がってきた怒りを抑えきれず、勢いよく立ち上がった。 部屋が一気に張り詰める。 喧嘩を売るのかと、赤司の側近たちが伊月を警戒したのだ。 赤司の目も険しくなる。 伊月はすぐに後悔した。 いくら無茶なことを言われたって相手は極道だ。 ここで苛立つなんて悪い結果にしか繋がらない。 伊月はすみませんと呟くとソファーに座り直した。 「妹に…舞にそんなことさせられません…。 お願いします。それだけはやめてください」 伊月は膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。 そして意を決して、ソファーから降りて床に土下座する。 「お願いします…」 「お兄ちゃん…っ、」 床に額を擦りつけ赤司の返事を待つ。 赤司はそんな伊月を興味深げに見下ろしていた。 それも一興だとでも考えているのか。 やがて赤司は土下座する伊月に近づいて 靴先で顔をあげるように指示するとしゃがみ込んで伊月の顎を掴むとそのまま上に持ちあげる。 「へぇー。君も綺麗な顔してるな。いくつだっけ?」 赤司はスッと目を細めると見定めるような視線で伊月を見つめた。 そのオッドアイに恐怖を感じながらも震える唇で答える。 「21歳です…」 「そう…。成人してるのは残念だけど悪くない」 赤司はフッと笑うと後ろに構える大男に目配せをする。 「敦」 「はーい」 敦と呼ばれた男は赤司の意図に気付くと、ソファーで涙目になりながら青ざめる舞の腕を掴み持ち上げる。 「きゃっ!」 「舞!!」 ハッと舞を振り返ると担がれるようにして玄関へと運ばれて行く。 「妹は無事家まで送り届けてあげよう。 君が妹の代わりに働くと言うならばな。」 「え?」 赤司は立ち上がり、再びソファーに腰かけるとゆっくりとした動作で足を組んだ。 「条件はひとつ。僕のシマの遊郭で君が働くこと」 「ゆ、遊郭…?そんなのが…?」 「確かに昔のような地区としての遊郭はもう存在しないが、 売春宿としてなら今も存在するんだよ。 まぁもっとも表の商売ではないけど」 「そこで…俺が働くんですか…?」 黒服として働け、と言ってるのではないことが赤司の口ぶりから伝わる。 その意図を察し、額から嫌な汗が流れてくる。 「そう。男娼として男の客の相手をして身体を売って、金を稼げと言ってるんだ。」 → (17/35) ← |