『うわっ、うわっ、ぎゃあっ!』
「お前の悲鳴って面白ぇなー」
適当な勘で進んだ右側正面寄りの道。
しばらくは何の問題もなく、ただただ暗い洞窟だった、のに。
のに!!
『いやだ!何こいつら、キモい!!』
「あぁ、お前虫嫌いなんだっけ」
後ろでニヤニヤしているジュダルに返事をする余裕なんて、今のわたしにはない。
何故なら、しばらく洞窟を進んで開けた部屋に出たかと思うと、そこには得体の知れない巨大な虫のような生き物がうじゃうじゃとひしめいていたからだ。
キモすぎて失神しそうである。
しかもそのキモい虫の怪獣は、シャーシャーキモい音を出しながら襲いかかってくるではないか。
キモすぎて泣けてきた。が、こんなキモい生き物に殺されるのは死んでも嫌。
ということで、どうにか岩を蹴って避けていく。
正直、こんなキモい巨大な虫なんかを愛刀で斬るのは嫌だけど、なんかシャーシャー言いながら岩を溶かす粘液を吐き出してくるので、仕方なく刀を抜いた。
あんな危ない粘液に当たったら、絶対溶けてしまう。
岩肌を蹴ってデカキモ虫の頭上へ移動し、柄を握った右手を振り下ろす。
キシャーー、と断末魔を上げた虫の怪獣は、真っ二つになって死んだ。
体液まで気持ちわるい。
続けて、まだ何匹もいるそいつらめがけて岩肌を踏み込み、ジャンプする。
今更情けなど、ていうかこんなキモい奴らに情けなんて湧かないので、構わず何十匹もいた虫の怪獣を斬り続けた。
『……片付いた…かな』
最後の一匹を横半分に斬ってから、やっと地面に足をつけることができた。
巨大虫の体液で汚れている場所を避けて地面に降りると、離れた場所で見ていたジュダルと目が合う。
どうせ斬ったときに虫の返り血が着いてるだろうと思い、着流しの袖で頬を拭った。
「なんだ、お前って強ぇんじゃん」
『え、ありがとう…?』
「ここら辺で死ぬかなーと思ったけど、案外やんなぁ。さっきの結構強い奴だったんだぜ。今まで見た女ん中でお前が一番強ぇかも」
『…そりゃどうも』
不吉なことを言ってくれる。
死ぬかなーと思ったって、助ける気はないのかよ。
とか思いながら、まあジュダルは傍観目的っぽいし仕方ないと、さっさと先に進むため身を翻した。
先に進む道へと足を進めていく。
しばらく、さっきと同じ洞窟のような道をただただまっすぐ歩いていた、が。
『…行き止まりかよ………』
「だからこっちの道じゃねぇっつったろ?」
『……いや言ってないよ。ジュダル何も言わなかったよ』
「まぁまぁ、とりあえず戻ろうぜ。俺お前と違って暇じゃねーからさぁ、さっさと攻略しろよ」
『ならちょっとくらい協力してくれたっていいでしょ』
「ヤダよ、俺が協力したら意味ねぇじゃん」
『なんの意味なの…』
残念ながら、わたしたちの前に立ちふさがるのは壁、壁、壁。
この道の最後は行き止まりだった。
これでまた、さっきの石板の部屋まで戻ってやり直さなければならない。
はあ、と肩を落としながらさっきと同じ道を引き返していく。
さっさと攻略して欲しいと言う割に非協力なジュダルは暇そうに欠伸をしながら、わたしの少し後ろを付いてきている。
『うーん、どーしようかなぁ…勘も役立たずだし…』
何の問題もなく石板の部屋まで戻ってきた。
そして石板の前に立ち、頭をひねる。
全く見たこともない文字だ、頭をひねったところで読めるはずもない。
「仕方ねぇから訳してやろうか?」
『え、ホント?』
「あぁ、いいぜ」
ニヤ、と笑ったジュダル。
ただで動く男ではないと思うから、少しだけ嫌な気になる。
訳す代わりに、と何かおかしな要求をされたらどうしようか、とか。
しかしジュダルは、何も言わずにわたしの前に立つと石板に手を触れた。
パッと、石板が淡い光を放つ。
「”星を追え”、”星が流れるその先”、”水の底に真実はある”…だな」
『星を追え、星が流れるその先、水の底に真実はある…?』
「………………」
『…意味がわかんないな……』
「信じんの?」
『は?』
星を追え、星が流れるその先、水の底に真実はある。
その意味を考え始めるよりも先に、振り返ったジュダルと目が合った。
じっと見つめてくる。
「俺が馬鹿正直に訳したとは限らねーだろ」
『?…騙してるの?』
「さぁな…口ではどうとでも言えるしな」
『まぁ…信じるよ。わたしジュダルのこと信用してるし。それに文字読めないから信じるしかないもんね』
ジュダルが意外そうに目を開くのを見てから、石板の文字のことを考える。
”星を追え、星が流れるその先、水の底に真実はある”
うーん……意味がよくわからない。
頭はあまり良くないのだ、自慢じゃないけど。
『……うーん、星…』
「…………」
『とりあえず星探そうかな』
星を追え、とのことだから、だったらその星を探さないといけない。
でもその星というのは、何なんだろう。
空に浮かぶ星、なんて大きすぎてこの中には無いだろうし、ただ単に星の形の何か、ということだろうか。
部屋の中を見渡してみて、壁や天井、地面をよく見てみたけれど、わたしに見える景色の中に星らしきものはない。
『星無いな…まぁ、こっちの道行ってみよっかな』
「また行き当たりばっかりかよ、せっかく俺が訳してやったのに」
『だって星ないし……こっちの道暗いからランプいるね』
呆れ顔のジュダルを見てから、持ってきた荷物の中からランプを取り出す。
火をつけると、ポッとオレンジ色の明かりが辺りに影を広げた。
星が見つからなかったので、とりあえず勘で今度は左の道へ進むことにする。
石板の文字が読めても読めなくてもどっちにしろ勘頼りか、情けない。
ランプを持ち上げて立ち上がり、左の真ん中寄りの洞窟へと向かう。
一歩洞窟の中に踏み出す。
すると、真っ暗だった盗掘内がランプの光に照らされて、淡く壁が光り始めた。
『あ………星だ』
光に照らされた洞窟の壁や天井は、暖かい光を待っていたかのように、幾千の瞬きを映し出したのだ。
キラキラと、無数の星のように、それは洞窟の奥まで続いている。
石板に書かれていた”星”とは、きっとこの、ランプの光に照らされて浮き出てきた、壁や天井の光のこと。
本当に夜空の星のように光り続ける、瞬く星たちに、一瞬目が眩んだ。
この光を辿り、追っていけば。
”真実は、水の底にある”