a moon

体が引っ張られて、その重力だか何だかの力に、ひきちぎれそう。
これが迷宮の中、カッと光る光を見つけた。
それは、太陽のような月のような、大きくて光る、何か。
その何かに引き寄せられるようにして、わたしは落ちていった。


「おーい、なまえー」


聞き馴染みのある声に、ふと意識が浮上する。
ジュダルだ、そう、わたしはジュダルと一緒に迷宮にーーー


「何泣いてんの?」

『え…?』

「泣いてんぞお前。ホラ」


ごつごつした岩の上に横向きに倒れているわたしの目尻を、親指で拭ったジュダル。
彼の親指には確かに、きらりと光る水滴が付いていた。
自分の頬に触れると、ジュダルの言う通り湿っている。


「泣くなよ、うぜぇ」

『ごめん、なんか昔のこと思い出してたみたい』

「ふーん」


ほらやっぱり、ジュダルには優しさの欠片もない。
普通泣いてる女に、うぜぇとか言う?

岩の上から身体を起こす。
頬と目元を着流しの袖で拭ってから、腰に愛刀があることを確認して、立ち上がった。


『…なんか気持ち悪かった』

「あ?」

『なんか…すごい引力に引っ張られて体ちぎれるかと思ったし、気持ち悪かった、酔ったわ普通に』

「…感想そんだけかよ。やっぱお前って変な奴だなー」


呆れたふりをしながら、嬉しそうにわたしに背を向けたジュダル。
そのしぐさはこどもっぽくて可愛いと思ったけれど、今更迷宮の中にいることを自覚して、少しだけ息が重くなった。


『これからどーするの、探検?』

「宝物庫探すんだよ。正しい道進んでな」

『ふーん…ていうか、そんな協力的でいいの?そんなもん?』

「まぁそんくらいの情報はいまは有名だからな。別にお前が特別とかじゃねーぞ」

『はいはい…案内とかはしてくんないんでしょ?どうせ』


当たり前だろ、と笑ったジュダルを見てから、取り敢えず一本道になっている洞窟みたいな道に進む。
一本道ならまだいいけど、道が分かれると面倒だなぁ。
食料もあんまり持ってこなかったし、出られなくて死ぬかもしれない。
そんなことを考えながら洞窟を抜けると、そこには、思っても見なかった幻想的な世界が広がっていた。


『……………』

「リアクション薄いんだよお前、他の奴はもっと感激してたぜ。キレー!とか言って」

『…キレーだね』

「……………」

『綺麗……』


綺麗だった。
目の前に広がるのは、見たこともないものばかり。
輝く岩壁に、透き通った滝、宝石みたいな水底、嘘みたいに輝く草花。
凍て付くほど、綺麗。
じわり、心臓が冷えていく。


『…いいな……』

「あー?」

『…これになりたい』

「…は?」

『わたし、あの水底の石になりたい』


あの透き通った水の溜まった湖の、底に敷き詰められるようにして落ちている石。
宝石のように輝く石。
羨ましい。
こんなに綺麗で、輝いていて、あそこにある石は、きっと誰にだって愛される。
ただそこに落ちているだけなのに。

わたしは、あんなに必死に生きたのに、誰にも愛されることはなかった。


「はあ?お前変な奴過ぎるだろ、石になんかなったら話せねーし面白いこと何もねーじゃねーか」

『でも、ジュダルも綺麗だと思うでしょ?』

「…まぁ汚くはねぇよな」

『…水の底に在るだけなのに、みんなに綺麗だって思ってもらえて、欲しがられて、愛されてるなんて』

「……………」

『羨ましい』


羨ましい

過去のわたしの泣き声と、重なった。
どうかしている、ここは人を狂わせる。
いや、わたしを。
何をわたしは、石なんかを羨望しているんだ、馬鹿みたい。


「…お前……」

『…行こう、ジュダル』

「……あぁ」


きっとジュダルに伝わってしまった。
わたしが愛されなかったこと、誰にも愛されなかったことが。
だから何だって、笑い飛ばせればいいのに。
そんな風にわたしも強ければよかったのに。
ジュダルの視線に気付かないふりをして、透き通った水底の中に足を突っ込んだ。
じゃぶ、と音を立てたその水は、驚くほどに冷たい。
何故、洞窟を抜けて右側にある新たな洞窟のような道ではなく、湖の向こう、滝の裏を目指しているのかと言うと。
輝く滝の向こうに、きらりと光るもう一つの道を見つけたからだ。
湖に見とれていなければ、きっと見つけることはできずに、過去にここで死んだ多くの人間と同じように右側の洞窟へと向かっただろう。

じゃぶじゃぶと水底の宝石を踏みつけながら、滝の下へと辿り着いた。
着流しの裾が水を吸って、重くなっている。
少し後ろについてくるジュダルは何も言わない。
滝の裏側へと行くには、輝く苔で覆われた岩を登らなくてはならない。
この岩滑るだろうな、なんて思いながら、滝の中へと身体を進めた。


『さむっ…』

「そりゃ滝に打たれればな」


強い水圧の滝に打たれながらどうにか滑る岩を登り、裏側の道へと登ることができた。
滝修行のように真上から水を浴びたので、頭の先からつま先までびしょ濡れになってしまったが。
着流しの裾を絞りながら、開けた道を進む。
今のところ変な虫とか怪獣とかは出てきてないけど、やっぱり奥にいるのだろうか。
きっとそういう敵が出てきても、ジュダルは手助けなんてしてくれないんだろう。
着流しの水分をできる限り絞ってから、最後にながったらしく腰まで伸びた髪の毛を絞る。
ポトポトと地面に水が落ちた。


「なんでお前、すぐ決めたんだ?」

『ん?』

「迷わず滝の裏の方選んだだろ。大抵迷うんだぜ、引っ掛けなんじゃねーかって」


ニヤニヤ笑いながら、済んだことについて尋ねてくるジュダル。
ならさっき、わたしが滝の方を選んだときに言って欲しかったけど、気にしたって仕方ないので足を進める。
前方に、大きな石板のようなものが見えた。


『滝の裏にある道のほうが綺麗だったから、こっちに行きたいって思っただけ』

「…そんだけ?」

『うん』

「こっち来たら死ぬかもとか考えねーのかよ」

『考えなかった』

「…俺、何も考えずに迷宮攻略しようとする奴初めて見たわ」


呆れたような声音のジュダルに耳を貸しながら、目の前に迫った石板に触れる。
何かの文字が書いてあるけれど、当然ながら読めない。
言葉は同じなのに文字は違うとか、少し意地悪なんじゃないですか。
誰に言うでもなしに心の中で非難した。
けれど、石板の文字が読めないことに変わりはない。
絶対こういうのって、攻略するのに大事なこと書いてあると思うんだけどな。
困った。


『…………』

「…何だよ」

『…訳してくれない?』

「はあ?読めねぇのかよお前』

『うん、ちんぷんかんぷん。お願いジュダル』

「ヤダね」

『ケチ…』


まあ初めから期待はしていなかったけど、ジュダルは全く教えてくれる気はなさそう。
石板のあるこの場所は、何やら大きな部屋のようになっていて、正面と右、左にそれぞれ5つの道が伸びている。
石板の文字が読めないわたしにはどれに進めばいいかなんてわからないし、そもそもこの石板にどの道に進めばいいかなんて記してあるのかすらもわからない。
ならばもう勘で進むしかないだろうと、石板に触れていた右手を下ろした。
昔から、わりと勘は当たる方だ。
けれど命掛けのこの場所で勘で動くなんて、我ながら馬鹿らしい。

まあ、それでも。


『……よし、じゃあこっちにしよ』


一度は死んだ身、今更命など惜しくない。
この世界には、生きる希望も意味も護るものも、わたしには何一つとしてないのだから。


「(そっちじゃねぇけどな…)」


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