wished

『どうしてジュダルは、わたしに良くしてくれるの』

「あ?」

『だってジュダル、偶然死にかけてた人間を助けてあげるようないい人には見えないよ』


ずっと気になっていたことを問えば、ジュダルはぷっと吹き出した。
ご飯屋さんのソファに並んで座っているわたしたち、そしてわたしだけを包む違和感。


「お前正直だな、つーか馬鹿!普通命の恩人に”いい人には見えない”とか言うか?」

『あ、ごめん』

「別にいーけど、面白いし」


テーブルに置いてあった果物を掴むと、ジュダルは大胆にそれに噛り付いた。
桃に似ているその果実から、そっと果汁が滴る。
に、と歯を見せて笑ったジュダルは、一体どういう人なんだろう。


「確かに俺はいい人じゃねーよ。お前のことだって最初は放っとこうと思ったし」

『……………』

「でもよく見たら変な服着て変な武器持ってっし、話しかけてみたら生きてたからよ。なんか面白そーだったから拾った、そんだけ」

『…そう。あんまり面白くなくてごめんね』

「いや、おもしれーよお前」


きっとジュダルはいい人ではないし、むしろ悪い人の匂いがする。
けれど、命の恩人だ。
その重みがわかるだろうか。
わたしは会ったばかりのこの男に重いくらい感謝しているし、信頼を置いてしまっている。
それを態度に出すかは別だけれど。

ふと、ジュダルが何か思いついたようにわたしを見た。
ニヤッと笑って、桃のような果物の果汁の付いた手のまま、わたしの頬を軽く叩く。
ぺちょ、と変な音を鳴らして離れた大きな手。
果汁が頬に付着したので、もちろん不愉快になる。


『なに…』

「なまえ、俺と迷宮攻略行こうぜ!」

『…だんじょん?攻略?』

「オイさっき話しただろーが、迷宮ってのは……」


突然のお誘いに、頭がうまく回らなかった。
いや、迷宮についてはさっきジュダルが長々と話してくれたから知ってるし、それを攻略する意味も分かる。
でも、わからない、わたしには。


『なんでわたしが…?』

「お前見込みあるよ、マギの俺が言ってんだぜ?」

『見込みって何』

「見込みは見込みだよ、お前面白ぇし、お前が迷宮攻略したらもっと面白ぇよ。俺最近暇でよぉ、迷宮攻略する奴探してたんだよなー」

『…いや、それ行ったら死ぬんでしょ』

「お前は死なねーんじゃねーの?」

『適当だねジュダルくん…』


ていうか、マギって何だろう。
一人で迷宮攻略だのと盛り上がっているジュダルにそれを尋ねると、これまたペラペラと説明してくれた。
え、マギって、すげぇすごい人なんじゃん…。


『え、ジュダルはマギなの?』

「そーだっつってんだろ」

『…わたし大丈夫?マギってすごい偉い人なんだよね、こんなお友達みたいな態度でオッケーなの?敬語にしようか?』

「はぁ?今更改まってもキモいだけだし、そのまんまでいいぜ。それより、迷宮攻略行こうぜなまえ」

『え、うーん…それってわたしに良いことあるの?』

「良いことだらけだよ、迷宮攻略すれば金も地位も名誉も手に入る。んで、強くなれる」

『…強くなれる?』

「あぁ」


強く。
その響きはわたしの心臓を震わせた。
わたしは弱い、何一つ護れない。
護るものすらありはしない。
強くなりたい、そう何度思ったことだろう、願っただろう。


『…………』


けれど、わたしはこの世界で、強くなる必要はあるの?
この世界で、大事なものは出来るの?
この世界で、護るべきものは、出来るの?
作れるの?
こんな弱い、わたしに。


「明日、武器持って第12迷宮の前に集合な」

『は?何それどこにあるの』

「案内人付けとくからよ、俺そろそろ帰んねーと怒られんだわ」

『は…?』


楽しそうな顔のまま立ち上がったジュダルは、そのままお店の外に出て、大きな布に飛び乗った。
不思議なことに、その風呂敷みたいな布は、ジュダルを乗せて空へと浮かぶ。
あ、魔法って、ホントにあるんだ。


「じゃーななまえ、明日遅れんなよ!」


それだけ言い残して空へと消えたジュダルは、ご飯代にくわえて、近くにわたしを泊める宿まで取ってくれていた。
なんていい奴なんだジュダル。


『ダンジョン、攻略ね…』


けれど、わたしはなんとなく気付いていた。
ジュダルがわたしに良くしてくれるのは、良心とか親切とかではない、ということに。
彼にとってこの施しは、ただの暇つぶしに過ぎないのだ。
きっと飽きたらすぐに捨てられるなり、殺されるなりするんだろう。

まぁ、それでも別にいい。
だってここはわたしの世界じゃない。
わたしが生きるべき、世界じゃないんだから。

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