When there even is this love.

『何ヶ月くらいで、帰って来れるかな』


泣いたせいでいつもより少しばかり浮腫んだ瞼。
手をつないだまま、隣り合ってベッドに腰掛けているわたしたちは、お互いの体を寄せ合い、話をしていた。
これまでのことや、これからのことを。
やっと、自分の素直な気持ちを正直に、マスルールに伝えることができたのだ。
それを受け入れて許してくれたマスルールは、繋いだわたしの指を、そろりとやさしくなぞる。


「…わからない」

『……』

「……俺もついて行けるように、シンさんに話す」

『…そんなわがまま言っちゃ、だめだよ』


一緒に行けるように、と言ってくれたのはすごく嬉しいけれど、やはり仕事に恋愛の問題を持ち込むのは憚られる。
マスルールだって、シンさんにわがままを言うのは望ましくないだろう。
マスルールの腕に頭を預けて、わたしの手を握る大きな手を、空いている手でそっと撫でた。
肌や骨を確かめるように、やさしく。


「……お前は、確かに強い。俺なんかいなくても、一人でどんな奴とも戦えるくらいに」

『………』

「…けど、もし…お前に何かあったら、俺は耐えられない」

『……うん…』

「考えただけで、おかしくなりそうだ」


繋いだ手をぎゅっと握って、マスルールは言う。
そんなの、わたしだって同じ。
マスルールに何かあったら、なんて考えたくもない。
きっと、同じことを同じだけ、わたしたちは思い合っている。
それがすごく嬉しくて、たまらなくなる。
マスルールがわたしを、一番に心配してくれていることも、わたしも一番に、マスルールのことを思っているという自覚も。
そんな感情に確かな証なんてものは存在しないけれど、心の奥底で、わたしたちは確かに、繋がっているんだ。


『…わたしだって、同じだよ』

「……なまえの、そばに居たい」

『……』

「お前が剣を握るとき、俺が一番近くで、戦いたい…」

『…!』


マスルールが、強い声音で言った。
その瞬間、腰に差したままの時雨が、熱くなったような感覚を覚えた。
驚いて時雨に目を落とす。
今確かに、時雨の様子は普通ではなかった。
それなのに、触れてみても、柄にも鞘にも、何の変化もない。
マスルールが、不思議そうにわたしを見下ろした。
時雨の違和感は、気のせいだったのかと視線を彼に移す。
マスルールの目は、炎みたいにゆらゆらと揺れていた。
わたしのそばで、一番近くで戦いたい。マスルールのそんな思いが、嬉しくて、幸せでたまらなくなる。

すぐ隣に密着して座る、マスルールの腕に頭を寄せた。
三日後からは、わたしとマスルールは離れ離れ。
声も聞こえなければ、顔も見えない、触れることもできなくなってしまう。
涙が出そうになって、息を吐き出した。
けれど、と思う。
けれど、離れたって、わたしはきっと大丈夫だと感じた。
それはマスルールも同じで、だってわたしたちは、さっきまでのわたしたちではない。
もう、曖昧な関係を断ち切って、わたしたちは確かに思いを重ねた。
長く、待たせてしまったのはわたしだ。
マスルールが不安を感じているのなら、それを取り除くのは、わたしでなければならない。


『大丈夫』


マスルールの大きな手を強く握って、不安げに揺らめく瞳を見つめた。
大丈夫、根拠なく言ってるわけじゃない。


『…大丈夫だよ。マスルール…わたしたちは、離れていても』

「………」

『マスルールのそばにいられることが、わたしにとっても、一番幸せ。離れたくなんか、ないよ』

「………」

『…だけど、わたしは大丈夫だって、思う。離れていても、マスルールはわたしを…変わらず、想ってくれるでしょ?』

「……当たり前だ…」

『わたしも、同じだよ。離れていたって、わたしもマスルールを、想ってる』


マスルールの赤い目が、わずかに細められる。
柔らかくてあたたかい、あの瞳を見つめるたび、愛おしいと感じる。
まるで、愛してると言っているみたいな、あの優しい眼差しを受けるのが、どうかわたしにだけであってほしい。
他の誰にも、そんな目を見せないでほしい、なんて、身勝手なわがままが胸に募る。


『マスルール、わたしたちは、恋人になったんだって、思ってもいい?』

「!…」

『………』

「…ああ……おまえは俺の、恋人だ」

『…マスルールは、わたしの……たったひとりの、最愛の人』


ぐっと目を細めたマスルールに、そっと胸に抱き寄せられる。
答えるように腕を背中に回しながら、厚い胸板に頬を寄せた。
何度、抱きしめられても、きっとわたしはその度に、思うだろう。
この人を愛していると。
今が一番、幸せだと。
マスルールも、そうであったらいい。
この人に、幸せになってもらいたい。
世界で一番、幸せな人に、マスルールをきっと。
わたしが、幸せにしてみせる。


「…俺の、最愛の人も…なまえだ。ずっと前から、そうだ。これからも、ずっと…なまえ、だけだ」

『……マスルール…』

「………」

『…わたしの愛は、重いよ』

「……ああ…」

『たぶん、世界で一番、重いよ。…受け止めてくれる?』

「…当たり前だ。どんなに重くても…全部、俺のだ」


ぎゅっと、わたしを抱きしめるマスルールの腕の力が強まる。
わたしも同じように、精一杯の力で、マスルールを抱きしめた。
わたしはこれから、この人のために生きる。
最も愛しくて、最も尊い、最も、わたしを愛してくれるマスルールのために。
やっと、見つけられた。
ジュダルがくれた、この世界で生きる意味を、かつて生きた世界で見失った、大切なものを、何度も諦めた、わたしだけの愛を。
愛されるということは、あたたかくて切なくて、たまらなく幸せで、少しだけ、痛い。
愛してる。
心の中でもう一度呟いて、そっと目を閉じた。


『…待ってて欲しい。絶対に、帰ってくるから』

「……ああ…」

『待たせてばかりで、ごめんね。マスルール…』

「…いい。……お前を待つのは、嫌いじゃない」

『………』

「……すぐ、帰って来い」

『…うん……』


確証のない、口約束だというのに、幸せで胸がじわりと熱くなった。
マスルールは、待っていてくれる。
ここで、わたしの帰りを、いつまでも。
それだけで、わたしは強くなれる気がした。
わたしの居場所は、ここだと強く思った。
マスルールの、隣にいたい。
何があってもわたしは、絶対に、ここに帰ってくる。

そう、強く決意した。
きっと大丈夫。
わたしたちには、絆がある。
愛という、恋人という、確かな絆が、左の手の薬指と、足首と、胸の中に。
わたしたちはもう一度、キスをした。
確かめるように、唇をそっと重ねて、愛情を紡ぐように。
ひとつひとつが、愛おしかった。
マスルールの、柔らかな唇。時折唇の下に当たる、冷たいピアス。高くて硬い鼻、優しい息遣い。閉じられた瞳、赤色のまつ毛。わたしの背を抱く、あたたかな両手。
ずっとずっと、求めていた。
わたしが死ぬほどまでに焦がれていたものは、これだったんだ。

そっと、目を開けてみる。
小さく揺らぐ視界には、燃ゆるような、わたしだけの紅色が、わたしだけを見つめていた。

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -