「はあ?お前ってホントに何も知らねーんだな、変な奴!」
可笑しそうに言うその人は、ジュダルと名乗った。
耳に新しいカタカナの名前に、もう戸惑うこともない。
何故なら、わたしは19年間と少し生きた世界で死にそうになり、瀕死状態のまま、何故か違う世界、今いる世界に来てしまったと理解したから。
そして、ジュダルは今、ご飯を奢ってくれながらこの世界についていろいろと教えてくれている。
今いるのは煌帝国という国で、他にはレームとかシンドリアとかバルバッドとか、いくつも国があるそうだ。
そして、この世界では、ルフというものが空、海、大地全てに存在していて、生物すべての中にも宿っているらしい。
そして魔力(マゴイ)とは、ルフが生み出す力のことだとジュダルは言う。
なんでもこの世界では、魔法やら魔力やらが普通に存在しているらしいのだ。
マンガでしか読んだことのないそのファンタジーっぷりに吐きそうになる。
しかも、違う世界から来たイレギュラーなはずのわたしにも、きちんとルフは存在しているらしいし、さっき死にかけていたときに、魔力が全くと言っていいほど無かったわたしにジュダルが魔力を分けてくれたのだと言う。
そして、わたしのルフは、若干黒く染まっているというのだ。
普通は白いらしいそれ。
黒いと悪いのかと尋ねても、ジュダルはニヤニヤ笑うだけで何も言わなかった。
「お前いままでどーやって生きてきたワケ?出身国も意味わかんねぇしよぉ…話すのも飽きたし、今度はお前が話す番な」
『え、うん……えーと、わたしの居た国、閉鎖的な国だったんだけど…ずっと国内で戦争してたの。二つ勢力があって。一つは、国のため民のために”新しいもの”を受け入れようっていう国軍で、もう一つは、国や民、自分の大事なものを護るために、”新しいもの”を排除しようっていう、反乱軍』
「ふーん、で、お前はどっち側だったんだよ。お前も兵士だったんだろ?」
『うん。わたしは、反乱軍の方。わたしたちの国を侵略しようとする政府と…外から入ってくる”新しいもの”と戦ってた……その、”新しいもの”を、わたしたちは”天人”って呼んでた』
違う世界から来た、なんてことは言えないので、とりあえずこの世界で生きてきたかのように嘘を交えて話す。
ジュダルは、わたしの話を面白そうに聞いてくれた。
閉鎖的な島国で、外の国とは一切関わりがなかった、と話せば、わたしの行き過ぎた”世間知らず”も、そこまでおかしな事ではない。
ジュダルもそう納得してくれたようで、特に突っ込んでくることはなかった。
「なら俺も、お前にとっちゃ天人なわけ?」
『うーん、まあ、そうだけど…』
「お前は天人嫌いなんだろ?」
『…べつに、天人が嫌いな訳じゃないよ。わたしは国のためとか、民のためとか、仲間のためとか…そういうので戦ってたわけじゃないの。だから、天人のことは正直どうでもよかった』
「じゃあなんで戦ってたのお前」
じっと、ジュダルの深い色をした鋭い目が、野菜を食べるわたしを射抜く。
咀嚼してから、思い出した。
過去を。
『…さあ…もうわかんなくなった』
「はぁ?なんだそれ」
『初めは、一人の”ひと”を護りたかっただけだったんだけど…護れなかった。結局、死なせた』
「ふーん…」
『だから、わかんなくなった。何のために戦ってたのかも、何のためにたくさんの命を奪ってたのかも』
「………そんで?どーなったんだよ、その戦いは。どっちが勝った?」
面白そうにジュダルが言う。
どきりとした。
そんなの、今のわたしにはわからない。
そもそも、この世界にはわたしの戦った世界なんて、無い。
だけど、気付く。
この世界に存在しないのならば、何とでもできる。
わたしの好きなように、あの、世界を。
『どっちも負けた』
「は?」
『戦が国を滅ぼしたの。国軍も反乱軍も、ほとんどの人間が死んだ。そんなことしてれば民たちも、もちろんほとんどが死んだ。護ろうと戦ったあげくに、国までが死んでしまったの』
「…つまんねーの」
『よくある話でしょ。それで、残った者は方々へ散った。国が無くなったからね。…いつまでも死んだ男が忘れられなかったわたしは、彼の死んだ戦場でぼんやりしてたら、生き残ってた天人に後ろからグサッと殺られて、なんとか逃げてきたけど知らない国まで来て倒れて、今に至る』
わたしの都合で、元いた世界を終わらせた。
それをジュダルは、ふーん、と面白くなさそうな顔をする。
わたしだって、全然面白くない。
だって嘘だもん、作り話だもん。
そして世界を裏切り、未知の世界へと生き逃れたわたしに残ったのは。
血に染まった着流しと晒し、帯に草履、そして、日本刀だけだった。