I want to sleep

市場(バザール)には、たくさんの輸入品が並んでいる。
それは衣類だったり属品だったりアクセサリーだったり食品だったり、実に多種多様だ。
声をかけてきてくれる国民の人たちに挨拶を返しながら、それらを眺めていく。
明日のバレンタインデー、マスルールに贈るプレゼントを選ぶために。


「なまえ様じゃないですか!いらっしゃいませ、何をお探しですか?」

『あ…いや、ちょっと悩んでて…』

「何か気になるものがありましたら何でも声をかけてくださいね!」


ある店の男店主が、元気よくそう言ってくれる。
お礼を言ってから、陳列されている貴金属類をじっと眺めた。
金や銀がきらきらしていて、どれも同じに見える。
けれどよく見ればどれもデザインが違っていて、おそらく一つ一つ手作りで作られた一点物なんだろう。
ふと、ある銀細工のチョーカーのようなものに目が止まった。


『…あの、これは何ですか?』

「おおっお目が高い!そちら、遠い東の国で作られた珍しいアクセサリーでして…後ろの金具で装着と調整ができる優れものなんですよ。チョーカーといって、首に嵌めるものですな!この紋様が綺麗でしょう!」


テンション高めに語る男店主の言う通り、手に取ったひとつのチョーカーには、手彫りで不思議な紋様が刻まれている。
宝石なんかは付いていなくて、彫られた紋様の溝に、黒い塗料で細く模様が施されている、綺麗なものだ。
首に嵌めて後ろで留めるんだろう、かちり合わさる金具も美しい。
多分頑丈な作りになっているから、戦闘中に壊れたりもしなさそうだ。
すごく気に入った。
でも、ひとつだけ気がかりなことがある。


『…調整できるって言っても、やっぱりこれ以上は大きくなりませんよね』

「はい、そうですね。それが一番大きいところですので…贈り物ですか?」

『はい。でも、贈ろうと思ってる相手、すごいムキムキというか…首太いんで、入らないと思います…』

「それは残念ですなぁ…」


本当に残念だ、気に入ったのに。
でも自分では着けようとは思わないし、買っても仕方ないので棚に戻す。
考えてみれば、普通より体の大きいマスルールに見合うアクセサリーなんて見繕うほうが難しいのだ。
チョーカーがダメだと気付いたので、またプレゼント選びは振り出しへ戻った。
うーん、と悩みながら、同じ店の棚を眺める。


「シンプルなのがお好みですか?」

『そうですね…宝石とか着いてないほうが…』


ニコニコ笑ってくれる店主と話しながら、棚をごそごそ漁った。
そこで、手に当たったものを見て思い付く。

指輪なんてどうだろう。
マスルールは指輪は一つも着けていなかったし。
でも指輪を着ける趣味じゃないから着けていないのかもしれない。
でも別に持ってないから着けてないだけで、あげたら普通に着けるのかも。
でも、でも、と色んな考えが頭に浮かんで、なんだか面倒くさくなってきた。
でも、とまた思う。
でも、やっぱり、何かあげたいのだ。
できるだけ素敵な、喜んでもらえるものを。


『……これ、綺麗ですね』

「はい、綺麗でしょう!そちらは暗黒大陸の植物から作った指輪でして!」

『……暗黒大陸…』

「はい!でも植物と言いましても、腐ったりはしませんよ。暗黒大陸にのみ存在する大木の深層部の木だけを使ったもので、丁寧に水を抜き乾燥させ、丁寧に形を整え…丁寧に丁寧に紋様を彫った、素晴らしいものでございます!」


じん、と心臓が熱くなった。
偶然、他のアクセサリーに埋もれていた木製の指輪を見つけて、その美しさに感動すると、店主がたくさんのことを教えてくれたから。
この深い黒に近い茶色の木製の指輪は、暗黒大陸の木で作られたもの。
暗黒大陸は、マスルールの故郷だったはずだ。
じわりと、熱くなった心臓の熱が頬へと溶け出すような感覚がした。
これしかない、そう思った。
だって、この指輪に施されている彫刻は、シトリーの身体に浮かび上がる紋様にそっくりだから。
つまり、わたしが全身魔装したときに身体中に浮かび上がる黒い紋様にそっくりな彫刻が、暗黒大陸の木でできた指輪に彫られているのだ。
感動で、しばらくその場を動けなかった。


「表面は特殊な塗料でコーティングしてありますから、何十年経っても、この美しさがくたびれることはありません!」

『…これって、手荒に使っても大丈夫ですか?』

「もちろんです!なんせあの暗黒大陸の木ですから!」


この指輪、マスルールに似てる。
そんな馬鹿みたいなことを思った。


『…これと同じの、もう一つないですか?』


無意識に微笑んで尋ねたわたしに、店主の男性は嬉しそうに笑ってから、棚という棚を端から端まで探してくれた。

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