「そういやぁ、明日が何の日かなまえは知ってるか?」
『明日?何かあるんですか?』
海上警護の仕事中、ふと思い出したようにヒナホホさんが豪快な声で言う。
マスルールよりも大きな彼を見上げるのは一苦労だけど、目を合わせるためその顔を見上げた。
それにしても、明日、とは。
何かあるのだろうか。
考えてみたけれど全く心当たりがない。
「シンドリアに来たばかりだから知らないよなぁ、明日はな、ある記念日なんだ!」
『記念日…?』
「ああ。シンドリアができて間もない頃、あるカップルが結婚してな。文官の男と花売りの女なんだが」
『へぇ…』
「そいつらの結婚式が、シンドリアでは初めての結婚式だったんだ。そりゃもう盛大に祝ってなぁ…それで、そいつらが式を挙げた日がシンドリアの記念日の一つになったんだ。バレンタインデーって言って、恋人同士や好きな相手に贈り物をするっつー習慣が根付いたんだよ」
『バレンタインデー、ですか』
「あぁ。バレンタインデーには毎年、恋人同士がお互いにプレゼントを贈り合ったり、好きな相手にプレゼントと一緒に告白したりすんだ!」
楽しそうに話してくれるヒナホホさんの話を聞きながら、素敵な記念日だとわたしも頷いた。
バレンタインデー、なんて初めて聞く単語だけれど、シンドリアで初めて結婚式を挙げた二人を祝してそれを国の記念日の一つにするなんて、ロマンチックだと思った。
それが明日なのだと教えてくれるヒナホホさんに笑い返しながら、頭の中でマスルールのことを考えた。
マスルールは、記念日とかそういうの、気にするタイプなんだろうか、と。
無骨な態度からはそうは思えないけど、案外律儀な奴だし、と思いながら、波打つ平和な海に目をやる。
バレンタインデー、素敵な記念日だ。
だったらわたしもマスルールに何か贈りたい。
けれどマスルールが喜ぶものなんて食べ物以外に思いつかなかった。
でもそんな記念日に食べ物を贈るなんてなんだか色気がないし、などと考えて、うーん、と頭の中だけで悩む。
そもそもわたしたちは恋人同士ではないのだから、あげなくても問題はないんだろうけど。
でも、贈りたいと思ったのだから、その気持ちには素直になりたかった。
「マスルールへのプレゼントで悩んでんのか?」
『…えっ』
「ん!?違ったか!?すまん、なんか悩んでそうな顔してたから」
『あ、いや…違くはないんですけど。言い当てられたんで、ちょっとびっくりして』
「ハハハ、そうか!でもお前らが付き合ってるのは見てて丸わかりだぞ?」
『…付き合ってないですよ、わたしたち』
「…えっ付き合ってねぇのか!?」
『はい』
「あんだけ人目も憚らずイチャイチャしといてか!」
『え、してな…』
…してなくも、ないな。
と思ってしまったので、否定しようとしていた口を閉じた。
マスルールは人前でも構わずベタベタしてくるし甘ったるい言葉を声を潜めることなく言ってくるので、こういう勘違い…というか、あながち勘違いでもないけど、そういう関係だと思われていることが多いのだ。
別に嫌というわけではないし、自分で言うのもなんだけど満更でもないので、そう思われても仕方ないのだけど。
でも人前では、と少しは思う。
控えてと言っても当のマスルールが言うことを聞かないのでなんともならないが。
「まぁ、若い二人のことだからなァ、いろいろあんだろ!」
『はぁ、まあ…』
「お前今のマスルールにそっくりだぞ!ハハハ、いつも一緒にいるから移ったんだな!」
『………』
これもたまに、言われることがある。
もともとマスルールとテンションが似ているところがあるんだけど、最近相槌とかがよく似てきた、と言われて、少し複雑な心境なのだ。
この前も、シャルさんに「似たような相槌打ちやがって…お前らは夫婦か!?」と酔っ払いながら積極されたばかりだ。
これからは少し気をつけよう。
『…男って何を貰ったら嬉しいんですか?』
「ん?そうだなぁ…まぁ、人それぞれだろうが……お前らの状況はアレだろ?マスルールが据え膳食らってんだよな!だったら、思い切って”プレゼントはわたし”なーんてのはどうだ!?」
『…いや、なんか…シャレにならなそうなんで…』
「…確かにマスルールなら、冗談と思わずに襲いかかりそうだな」
『…普通に物でお願いします』
「んー…マスルールの奴、あんま物欲とかないから難しいな」
『はい』
「…まあ、なまえからのプレゼントなら、何でも喜ぶんじゃないか?マスルールは。極端なこと言えば、その辺に落ちてる石とかでもな」
本当に極端なことを言い出したヒナホホさんは、冗談を言っているくせに妙に本気っぽい顔をするので、笑えばいいのかわからなくなった。
さすがに石じゃ喜ばないだろう、とは思うのだけど、さらに悩む。
何がいいんだろう、男に贈り物をしたことなんてほとんどないから勝手がわからない。
マスルールはいつも同じ金属の輪っかを二の腕とか足とかに嵌めているなぁ、と思い出して、アクセサリーは難しいか、と思った。
「上手いことアドバイスしてやれなくて悪ぃな!」
『いいえ、相談に乗ってくれただけでもありがたいです』
「まぁ、こういうのは気持ちが大事だからな。好きな奴が自分のために選んでくれた、っつーのが嬉しいんだ男は」
『…そうですか』
にかっと笑ってくれたヒナホホさんを見上げてから、港に戻ったらプレゼントを探すために街へ出よう、と決めた。