森の中に、マスルールのお気に入り昼寝スポットである、湖がある。
水の澄んだ綺麗な湖で、マスルールはよくそこにいて、昼寝をしていたり湖に足を突っ込んでいたり、湖の水を浴びたりしている。
そして今、昼ご飯を食べ終えたわたしは、マスルールに腕を引かれてその湖に連れてこられていた。
『昼寝するの?』
「いや…おまえに見せたいものがある」
森の中腹、開けた湖のほとりで、マスルールはそう言ってわたしを見た。
わたしに見せたいもの、とは何だろう。
この湖には結構マスルールに連れられて来るので、今更新発見も何も無いのだけど。
とか不思議に思っていたら、マスルールに手を引かれて、湖のほとりに座らされた。
冷たい水にマスルールが素足を突っ込むので、わたしもサンダルを脱いで足を付ける。
冷たくてさらさらと流れる水が、わたしの肌を撫でていく。
『気持ちいいね』
「ああ」
『見せたいものって何?』
「そのうち来る」
そのうち来る?
クエスチョンマークが頭に浮かんだ。
湖の水をちゃぷちゃぷと手で弄んでいるマスルールの言う、わたしに見せたいもの、が何なのか見当もつかない。
でも、昼下がりに森の湖で、足を冷たい水に浸けて休憩というのは、わたしも好きな時間だ。
よくマスルールと一緒にここに水遊びに来るのだけど、慣れても楽しいことに変わりはない。
澄んだ水と空気に、心がすっきりする感じがした。
「……来た」
『え?』
「見ろ」
呟いたマスルールが、二人で足をつけている水の中を指差した。
促されるまま水の中を見下ろせば、澄んだ水の底に、小さな魚が三匹ほどいることに気付く。
その魚は、金魚くらいの大きさで、鱗が虹色に光っていて、すごく綺麗だ。
ゆらゆらと泳ぐその魚を見て、やっとわかった。
マスルールがわたしに見せたかったもの、とは、この虹色に輝く小さな魚のことだと。
人間に怯えもせず寄ってくる小さな魚を見てから、顔がほころぶ。
『綺麗だね』
「気に入ったか…?」
『うん、かわいい。ありがと、マスルール』
「ああ」
マスルールの赤い目を見て、笑った。
マスルールも、顔をほころばせてくれる。
たまらなく嬉しかった。
綺麗なものを見た感動を、わたしと共有したいと思ってくれたことが。
『よく見つけたね、こんなに小さいのに』
「この前、足浸けてたら寄ってきた」
『よく来るの?』
「ああ、最近よく見る」
『ふーん…綺麗だね、鱗が虹色で…』
「…飼うか?」
『え?』
「捕まえて…」
マスルールが真顔で言うので、面白くて笑った。
何でもかんでもわたしに与えようとするのは、マスルールの悪いクセだ。
『ううん。ここに来ればいつでも見れるし…魚だって、綺麗で広いところにいるのが一番幸せだよ』
「…そうか」
『うん』
「……なまえ」
『…ん?』
「好きだ」
『…うん……』
そっと優しくわたしの頭を撫でて、マスルールが言う。
とびきり甘くて優しい声で。
柔らかく髪の毛をなぞられながら、幸せな気分になりながら、同時に切なくなった。
わたしも、と返せたら。
わたしはいつまで、マスルールの初恋を信じられないのだろう、と自分が酷く情けなくなる。
マスルールばかりに頑張らせて、わたしは何一つ、返せていない。
『ありがとう、マスルール』
「ああ」
『…うれしいよ、すごく』
マスルールが優しい目で、わたしを見る。
その瞳が、愛おしくて。
ぎゅっと心臓が痛くなった。