Good-bye for a while

「やっぱり、一緒に迷宮を攻略したというマギは…ジュダルだったんだな」


ジュダルの去った王宮は、皆てんてこ舞いだった。
おもにヤムライハさんの破られた結界の修復で。
大勢の部下とともに、必死に修復をしている。
そんな中、わたしはシンさんとジャーファルさんとマスルールと共に、シンさんの部屋にいた。
ジュダルとの関係を伝えるためだ。
怪しまれたっておかしくない。
なのに、シンさんもマスルールも、ジャーファルさんさえ、わたしを疑うような顔は一つもせずに、ただ気遣いの込められた視線を送ってくるだけだった。

侍女の淹れてくれた紅茶を飲みながら、シンさんが小さな声で言った。
彼はやはり、わたしと共に迷宮攻略に行ったマギが、ジュダルだと見当つけていたらしい。


『…はい。わたしが戦争を終えて負傷して、煌帝国まで逃げたのはお話ししましたよね』

「ああ」

『煌帝国の端っこで、わたし、死にかけてました。そこにジュダルが通りかかって…魔法で、命を救ってくれたんです。それから、ジュダルはご飯と寝床を与えてくれて…誘われて、一緒に迷宮に行きました』

「…そうか。ジュダルが……」

『黙っていてすみませんでした…まさか、シンさんが話していた”マギ”が、ジュダルのことだとは思わなくて』

「ああ、いいんだ。なんとなく分かっていたんだよ。だが、なまえは共に迷宮攻略したマギをかなり大切に思っていたみたいだったから…それがジュダルだと確信を持つのが、俺の方が怖くてね」

『…わたしが、ジュダルの方に付くかも、って思ってたってことですか?』

「…そういうことだ。それに、過去の確執を抱えたマギがジュダルだと言ったら…なまえが傷付くんじゃないかと思ってね」

『……まあ、ショックでした、確かに』


シンさんは、わたしと共に迷宮攻略した友人が、ジュダルであるとなんとなく分かっていながら、名前を伏せて、過去の話をしてくれたのだ。
気を遣わせてしまって申し訳ない。
暖かい紅茶を飲みながら、頭の中を整理する。
何も知らずにいたかった、というのが本心だけれど、そんなことは言っていられない。


「…知っての通り、ジュダルは敵だ。アル・サーメンと煌帝国のマギだからね。この先、対峙することもあるだろう…なまえはジュダルを友達だと言うが、本当にその時は…ジュダルに、その”刀”を…力を、向けられるか?」


シンさんが、真面目な顔で言う。
一度、さっきのジュダルの笑顔を思い出してから、目を閉じた。


『はい。ジュダルは、わたしが止めます。ジュダルが、シンさんやみんなを傷つけようとするのなら…そのときは、迷わず斬ります』


それが、ジュダルのため、わたしのためでもある。
まっすぐに目を見て言えば、シンさんは優しく笑った。
まるで、わたしが出す答えを初めから知っていたみたいに。


「…ジュダルが言っていた、自分もなまえを誘った、というのは…煌帝国で戦え、と誘われたという意味ですか?」


ジャーファルさんが、穏やかな表情で言う。
さっき、ジュダルを見ていた冷たい目とは、大違いの。
それほどまでに、ジュダルのことが憎いのだろう。
きりっと胃が痛んだ。


『煌帝国に、というか…迷宮を出るときに、一緒に来い、って誘われたんです。一緒に世界征服しよう、って。たぶん、それを断ったのに、わたしが今シンさんたちと一緒にいるから、ジュダルは怒ったんだと思います』

「ほう、ジュダルらしいな。よほどなまえを気に入っているんだな…それを何と言って断ったんだ?」

『え…と……”わたしは別に、世界はいらない”って』

「何故?」

『…え?』

「何故、世界がいらないんだ?君ほどの力があれば、世界を我が物に…とか考えてもいいように思えるが」

『いや、そんな。買いかぶりすぎです』


シンさんが、真面目な顔で変なことを言うので恥ずかしくなった。
どれだけわたしの力を買いかぶっているのか知らないが、わたしに世界を納めるような力はない。
そもそも世界なんて、誰かのもの、になるような代物じゃない。


『…世界は、誰のものでもないから、面白いし…美しいんですよ』


迷宮で、ジュダルに言ったのと同じセリフを、シンさんに言った。
シンさんは、綺麗な瞳を少し見開いて、わたしを見つめる。
わたしはこの世界が、大好きだ。
前の世界よりもずっと。
全てが輝いて見えた。


「…君は眩しいな」

『…え?』

「君の目に映る”世界”は、きっと他の誰のものよりも美しいんだな。俺には眩しいよ…マスルールにやるのがもったいないくらい、欲しくなるくらいに」

『……はあ…?』

「…シンさん、横取りはやめてほしいんスけど」

「ハッハッハ、冗談さマスルール。男が滅多なことで嫉妬するもんじゃないぞ!」

「マスルールは案外、独占欲が強いみたいですね」


シンさんの言っていることが理解できずに首をかしげると、ソファに座るわたしの後ろに立っていたマスルールが、唐突に恥ずかしいことを言い出した。
マスルールの、わたしに好意を信じてもらうための努力はまだ継続中なので、シンさんやジャーファルさんに対してもこれだ。
勘弁してほしい。
シンさんがマスルールを笑うと、ジャーファルさんもおかしそうに言うものだから、わたしはいたたまれなくなる。


「そうだな、なまえが来てから、マスルールは前よりも人間らしくなったな!」

「表情も増えましたよね。特になまえといる時なんかは」

「いいことだな、若者の恋路を見守るってのも中々粋だ」

『横槍いれてるだけじゃないですか、シンさんは』

「ちょっとくらいちょっかいも出したいじゃないか!なあジャーファル!」

「シンは首を突っ込みすぎです。前にも余計なことをしてなまえを泣かせたでしょう」


ジャーファルさんの言う通りだ。
変に気を回してくるから、シンさんのせいで変にこじれたりする。
でも、わたしがマスルールの気持ちを受け入れて前に進もうと、信じようと決めたのは、紛れもなくシンさんのおかげなのだ。
きっとシンさんに言われなかったら、マスルールは自分のわたしへの気持ちが恋心だなんて気付きもしなかっただろう。
そして、わたしも。
シンさんが言葉をくれなければ、マスルールを愛することができないままだったと思う。
今でも毎日、マスルールはわたしに好きだと言ってくれている。
それがわたしの日常の中で、一番幸せな瞬間だってことは、きっとマスルールすら知らない。
いつかこの気持ちを素直に言える日が来ればいい。
そう思いながら、口喧嘩を始めたシンさんとジャーファルさんを眺め、後ろにいるマスルールを、そっと見上げた。

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