murder you

ジュダルの、不機嫌そうな視線。
ジャーファルさんの、驚いたような視線。
シンさんの、何もかも分かっているような視線。
ピスティやヤムライハさんの、動揺している視線。
マスルールからの、いつもの、視線。


『…そうだよ。シンさんたちと一緒に戦うことにしたの』

「はあー?意味わかんねーし…なんで俺の誘いは断っといて、バカ殿なんかの仲間になったんだよ!?」

『前にも言ったでしょ。わたしは、ジュダルの目指す…戦争や世界征服なんかに、興味はないって』


わたしの立ち位置の不安定さに、ぐらりと眩暈がした。
シンさんと共に戦うと決めたとき、わたしは彼らとジュダルとの間の大きな確執のことなんて、つゆも知らなかったのだ。
シンさんから、憎むべき敵である”マギ”がいる、と聞いたときも、その敵がジュダルだなんて、思わなかった。
そして今、ジュダルがシンドリアに侵入したことによって、全てを知ったのだ。
ジュダルは過去、わたしと出会う前に、シンさんたちを大きく傷付け、彼らの仲間を殺したのだと。


「つーかおまえ旅に出るつってたじゃん。何がどーなってバカ殿と一緒にいんだよ」

『…ジュダルと別れたあと、旅に出たよ。それから1年後くらいに、シンさんたちに出会ったの。そこで助けられて…共に戦うことを決めた』

「あー?んだそれ、俺だっておまえのこと助けただろーが。…気に入らねェ」

『…ジュダル。何しに来たの、ここへ』


ジュダルは不機嫌そうな顔で、チッと舌打ちをした。
わたしが、ジュダルの誘いは断ったのに、今はシンさんの仲間になっていることがよほど気に入らないのだろう。
わたしだって、気に入らない。
ジュダルが、敵だなんて。


「何って遊びに来たんだよ。煌帝国暇でさァ。紅炎たちも出払ってるしよ」

『…………』

「んで久しぶりにバカ殿と遊んでやろーと思って来てみりゃ…おまえがいるじゃねーかよ。ふざけんなよ、あれから俺おまえのこと探してたんだぜ?いろんなとこ回ってよォ…」

『…ジュダル。シンさんに近付かないで』


ぺたぺたと歩み寄ってくるジュダルに、わざと冷たい声を出して、シンさんを守るようにして一歩前に出た。
本当はジュダルと争いたくはない。
けれど、わたしはシンさんを護ると決めたのだ。
ジュダルが立ち止まって、真顔でわたしを見つめる。
見たこともない目だった。
かつて共に迷宮を攻略したときの、あの照れた顔を思い出して、悲しくなった。


「…んだよ。おまえも俺を敵だと思ってんのかよ」

『……ジュダルが、シンさんたちにしてきたこと…全部、聞いたよ』

「はっ、だから何だよ。俺がバカ殿の仲間殺したから怒ってんのか?それがおまえに関係あんのか?」

『………』

「おまえだって、戦争で罪もねェ命を散々奪ったって言ってたじゃねーかよ。お前と俺、どう違うんだ?なぁ、なまえ」


じゃり、と、ジュダルがさらにわたしに近付く。
ぐらりと脳が揺れた。
わたしとジュダルの違いが、わからなくなって。
わたしが殺した天人にも、家族はいただろう。
わたしが殺した政府の人間にも、愛する者はいただろう。
ぐらぐら目が揺れて、息が止まるような、そんな気配がした。


「お前と俺は同じだよ。お前がバカ殿に惹かれたのだって、自分とは何もかも違うからだろ?」

『…違う』

「何が違うんだよ?お前、好きで戦争出てたっつってたじゃん。人殺すのが好きなんだろ?愛した人がどうの、とか言いながら…本当は、命奪うことが好きなんだろ?」

『…違う…わたしは……!』

「!」


ぐらぐら脳が揺れて、本当のことがわからなくなった。
わたしは本当は、命を奪うためだけに、刀を振るって、いたのだろうかと。
脳が燃えるみたいに熱くて、震える手で自分の頬に触れた。
それと同時に、ふっと、わたしの前に人影が現れる。
大きな背中が、わたしとジュダルの間に入ってきた。
まるで、わたしを守るように背中に隠したのは、何も言わない、マスルールだった。


「あぁ?なんだよお前…」

「……お前なんかが、なまえを語るな」

「はァ?」


低い声で、マスルールがジュダルに言った。
じわりと心臓が、温度を取り戻す。
マスルールの大きな背中を見て、声を聞いて、わたしはやっと、我に返ることができたのだ。

マスルールの背中に触れて、隣に並ぶ。
ジュダルは、不機嫌な顔でマスルールを睨みつけていた。


『…わたしはジュダルとは違うよ。そんなことくらい、わかってるでしょ?』

「………」

『ねぇ、もう帰って。ここは、ジュダルが来ていい場所じゃない』


ここには、ジュダルを憎む人しか、いないんだから。
じっとわたしを見つめていたジュダルは、何故かいきなり、ぱっと笑顔になった。
何か閃いたみたいに、嬉しそうに笑う。
その意味がわからなくて、わたしは眉を寄せた。


「そーだ、なまえ。お前、煌帝国に来いよ!」

『はあ…?』

「迷宮出たときは、お前が旅に出るっつーから連れて行かなかったけどさ、今はお前旅してねェじゃん!ここにいるより、煌帝国に来た方が強くなれるぜ?強い奴がいっぱいいるんだ!」

『…何言ってんの、ジュダル』

「来いよ。俺と一緒に」


ぺたぺた、ジュダルが近づいて来る。
いきなり表情をがらりと変えるジュダルのことが、わからなかった。
わたしの知っている、無邪気でいたずらげな、それでも優しい、面白いもの好きなジュダルとは、違う人のように見えて、怖くなる。


『行かないよ。わたしはここで、シンさんたちを護るって、決めたの』

「お前が守らなくても十分強いって、そいつら。なぁ、来いよ。俺と来た方が面白いぜ」

『行かない。帰って』

「んだよお前、俺のこと友達だって言っただろ。嘘だったのかよ。次に会ったら飯奢ってくれるってさ、約束したじゃん」


ぐっと心臓が痛くなった。
ジュダルが約束を覚えていてくれたことにも、その約束を、守れなくなってしまったことにも、辛くて、悲しくて。
わたしにとって、あの約束は大切なものだったから。

数歩前に出て、ジュダルとの距離を縮めた。
わたしの目の前でぴたりと立ち止まったジュダル。
後ろで、黙ってわたしたちを見ていたシンさんたちが、慌てた声を出した。
わたしを心配してくれているんだろう。
こんな、わたしを。
もしかしたら、ジュダルの仲間かもしれないって思われても仕方ないのに。


『…今でも、ジュダルを友達だって、思ってるよ』


ざわりと、後ろでシンさんやジャーファルさんたちが、動揺するのがわかった。


『ジュダルは、わたしの命の恩人で…初めて優しくしてくれた人で……ジュダルが助けてくれたから、わたしは今、ここで生きていられる』

「なら、一緒に来いよ。俺と」

『…行けないよ』

「……」

『……ジュダルがシンさんたちにしたこと…許されることじゃない。わたしも、許せないと思う』


涙が、目に浮かんだ。
ジュダルと迷宮を攻略したときのことを、思い出して。
わたしはもう、きっと、ジュダルのあの照れた笑みを、見ることはできないから。


『でも…シンさんたちが、ジュダルを恨んでいても…わたしは、ジュダルを嫌いにはなれない』

「………」

『死にかけてたわたしのお腹の穴を塞いで…魔力を分けてくれて、ご飯を食べさせてくれた。わたしを迷宮に連れて行ってくれた。迷宮でも何度も助けてくれた…友達に、なってくれた。わたしに、生きる意思を与えてくれたのは、ジュダルだから』


友達になった、あのとき。
ジュダルは嬉しそうに、照れ臭そうに笑ってくれた。
あの笑顔が大好きだった。
でも、わたしたちの進む道は、惹かれる運命は、違いすぎた。


『わたし、ジュダルのことが大好き』

「!」


目の前のジュダルも、後ろにいるマスルールやシンさんたちも、みんな驚いたように、息を飲んだ。


『今でも、これからも…ジュダルのこと、友達だと思ってる』

「…なら、」

『だから…今から、わたしたちは敵だよ。ジュダル』

「………!」

『…友達っていうのはね。もし、片方が間違ったことをしてしまったとき、もう片方が…嫌われてでも、死んでも止めるのが、本当の友達なの』

「は…」

『だから、わたしは…ジュダルに刀を向けてでも、ジュダルを止める』


たとえこの命、もしくはジュダルの命を、奪うことになっても。
時雨に手をかけ、ジュダルを見上げる。
ジュダルは動揺した表情のまま、わたしを見つめていた。
わたしがジュダルを、嫌いになれるはずがなかった。
ジュダルは、わたしの大切な人だから。
同じ道を進むことはできないけれど、いつか、別った道が重なったとき。
そのときは、きっと約束を守るから。


『……いつか、わたしがジュダルを止めることができたら』

「……」

『そのときに、約束を守るよ。だから…』


ジュダルの手が、ぴくりと動く。
きっとジュダルも、わたしとの約束を、大切に思ってくれていたんだと思う。
本当はもう、守れないかもしれない。
嘘になるかもしれない。
でも、このただの口約束が、大きな意味を持っていると、そう信じて。


『…わたしの大切な人たちを、傷つけないで』


その中に、ジュダルも入っていることを、分かって。


「……なぁ、おまえ、迷宮でジンに言ってたよな。”愛されたい、それだけでいい”って」

『…うん』

「それ、叶ったか?」


落ち着いた様子のジュダルが、静かな声でわたしに尋ねる。
もう攻撃してくる様子はない。
ジュダルの目を見て、思い出した。
迷宮の宝物庫で、シトリーに、愛されたいと願ったことを。
シトリーの宿る時雨に触れて、柄をそっと撫でた。


『…うん』

「………」

『わたし、愛されてるよ』

「………」

『…ジュダルの、おかげだね』


小さく笑ってそう言えば、ジュダルも、懐かしい顔で、少しだけ笑った。
これがきっと、彼が私に向ける、最後の穏やかな表情になるだろう。
ついっと指を動かしたジュダルのそばに、空中に浮かんでいた絨毯が舞い降りてくる。
ひょいっとそれに乗ったジュダルは、さっきの穏やかな笑みを消し、ニイッといつもの、悪どい笑顔を浮かべた。


「なまえ、今度会ったときは容赦しねェからな!俺を止めれるもんなら、止めてみろよ!!」

『そっちこそ、次会ったら、三枚におろしてあげるから。覚悟しといてよ』


わざと笑って見せて、空へと浮かんだジュダルへそう言う。
ありがとうとさようならを、そっと心の中だけで呟いて。
わたしから目を逸らして、シンさんに目をやったジュダルは、大きく手を振りながら空へと消えていく。


「んじゃーなーバカ殿!今日のところはなまえに免じて帰ってやるよ!!」


最後にそう叫んでから、ジュダルの姿は見えなくなった。
次に会うときは、敵同士だ。
ざわりと心が痛む。
けれど、わたしたちは友達だ。
これまでも、今も、そしてこれからも、ずっと。
綺麗な思い出にそっと蓋をした。
わたしはこれから、シンさんたちと一緒に。
ジュダルに、刀を向けなくてはいけないから。

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