I like you

『…ネコだ』

「ネコ?」


街の外れにネコを見つけた。
野良猫だろうか。
隣を歩いていたピスティが、立ち止まったわたしを振り返って不思議そうな声を出す。
今日は、ピスティに買い物に行こうと誘われて、一緒に市場(バザール)へと行っていたのだ。
ピスティに引っ張られて仕方なくと言った顔でついて来てくれたスパルトスさんと、わたしについて来たマスルールと一緒に。
ピスティが「なまえに似合う!」と言ってたくさんの服をあてがってきたので、断りきれずに何着か買ってしまった。
そして買い物を終え、買い込んだ荷物をマスルールが持ってくれて、それに感謝しながら、ピスティとスパルトスさんとそのマスルールと一緒に王宮へと戻っていた帰り道、ネコを見つけたのだ。
見つけた茶色のネコは、わたしたちに気づくことなく路地へと消えてしまった。


「ネコ好きなのか?」

『はい』


宗教上の問題で女性と目を合わせないスパルトスさんは、例に習って目線を合わせないまま、わたしに尋ねた。
それに頷きながら、昔のことを思い出す。
昔といってもそんなに前でもないのだけれど、今となっては、この世界に来る前に生きていた前の世界でのことが随分昔のように思えるのだ。


『昔、ネコを飼ってたことがあるんです。真っ白な子猫で…戦場に迷い込んでいたのを仲間が連れて帰ってきたんですけど』

「仲間って、戦争を一緒に戦ってた仲間?」

『うん、同じ一派の仲間。そいつがネコとか動物好きで、がりがりに痩せてる子猫をほっとけなかったんだって。それで、わたしたちのアジトで飼うことになって…自分たちの食料もままならないのに、みんなネコにご飯あげてたな』


懐かしい光景を思い出した。
戦いの中疲弊した仲間たちが、みな暖かい笑顔を浮かべて、小さなネコを可愛がっていた。
その中にはもちろんわたしも、”彼”もいた。
王宮への道を歩きながら、昔話をする。
ピスティはニコニコとしながら、スパルトスさんは頷きながら聞いてくれた。
マスルールもいつもの無表情だけれど、じっとわたしを見下ろしながら耳を貸してくれる。


「名前は?ネコにつけた?」

『うん。みんなクロって呼んでた』

「クロ?白いネコではなかったのか?」

『毛は白かったんですけど…目が、灰色のネコで。そこがわたしに似てるって言って、仲間が勝手にわたしにちなんで…』

「なまえにちなんで、なんでクロになるの?」

『…わたし、黒夜叉って呼ばれてたから……なんか、通り名?…二つ名?みたいなやつ』


この世界に来て初めて、自分がかつて呼ばれた二つ名を明かした。
別に秘密にしていたわけじゃないんだけれど、黒夜叉なんて、中二病丸出しで恥ずかしいのだ。
完全にわたしの黒歴史である。
もちろんわたしが名乗ったわけじゃなくて、わたしの戦いぶりを見て誰かが勝手に付けた通り名なのだけれど。
ふと、前の世界で活躍していた同士である、白夜叉のことを思い出した。
本名さえ知らない彼は、今何をしているだろう。
わたしが、白夜叉と呼ばれ恐れられた彼と、対の二つ名を充てがわれた理由は今でもわからないけれど、戦場を駆ける彼の姿を思い出して、少し笑った。


「カッコいい〜!黒夜叉かぁ、いいなぁソレ!!」

『そう?勝手に付けられてわたしは恥ずかしいけど』

「…黒夜叉なんてお前に似合わない」


今まで黙っていたマスルールが、隣で口を開いた。
似合わない、と。
見上げると、マスルールの真っ赤な目と視線が絡んだ。


「じゃあマスルールくんは何ならなまえに似合うと思うの?」

「……天使…とか」

「アハハハ!!天使!?アッハハハハ!マスルールくんが!天使って!!」

「ぐっ…ピスティ…わ、笑ってやるな…ぐふっ…」

「………」

『………』


マスルールの発言に一瞬思考が停止した。
ピスティが爆笑しているのを止めようとしているスパルトスさんも、笑いを堪えきれていない。
マスルールは無言で二人を見下ろしている。
わたしといえば、笑うに笑えず、かといって喜べるわけでもなく、複雑な心境だった。


「相変わらずなまえにベタ惚れだなマスルールくんは!」

「天使か…まあ、マスルールにとってはなまえは天使なのかもな」

「ね、マスルールくんの天使のなまえ!」

『変なあだ名で呼ばないでよ』


ピスティにからかわれる始末だ。
天使、って、きっと語彙の少ないマスルールが頭をひねった精一杯の表現だったんだろうけど、やっぱり彼の頭は残念な作りらしい。
まあ、嫌な気はしないけれど、少し恥ずかしかった。

からかってくるピスティをかわしながら、マスルールを見上げる。
わたしの買った荷物を持ってくれているマスルールは、わたしの視線に気付くと、顔を綻ばせて見下ろしてきた。
真っ赤な瞳にじっと見つめられる。
わたしを好きだと言う、愛おしげな瞳。
その目を、わたしも見つめ返す。
わたしもきっと、マスルールと同じ目をしているんだろう。

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