「さーっ、仕事終わったことだしさっさと帰って飲み行こうぜ!」
今日は1日、商業船を守り海を見張るという海上警護の仕事をしていた。
任されたメンバーはシャルさんとわたしとマスルール、その他部下だ。
日が沈みかけたころ、就業時間を知らせる鐘の音が聞こえたので、シャルさんが伸びをしながら言う。
まだわたしたちは海に浮く船の上にいるというのに、気が早い人だ。
海上警護の仕事はわりと好きなので楽しかったな、なんて思いながら、陸へ向かう船の上、シャルさんを見る。
『わたし今日はやめときます』
「あー!?なんでだよ、お前がいねぇと始まらねェだろうが」
『始まりますよわたしがいなくたって。昨日シャルさんにしこたま飲まされたんでまだ酒抜けてないんですよ』
ぎゃあぎゃあ騒ぎながらわたしに絡もうとするシャルさんから逃げるように離れる。
昨日も「飲もうぜ」と半ば無理やり酒を飲まされたせいで若干二日酔いなのだ。
今日飲んだら明日の仕事に差し支えそうなので、今日のお誘いはお断りする。
「二日酔いとか弱っちいこと言ってんなよ、お前まだ若ェんだから」
『あーはいはい、また今度飲みましょうね』
「てめっ、なんだそのテキトーな態度は!?最近お前マスルールに似てきたぞ!お前ら一緒にいすぎなんだよ!」
わたしのテキトーな発言に機嫌を悪くしたシャルさんは、わたしの隣に立っていたマスルールを指差してそう怒鳴った。
怒りの矛先がマスルールに向いてしまったらしい。
シャルさんがマスルールに絡みつくのを見ながら、ため息を吐く。
「オイコラ、なんだかんだ誤魔化してっけどお前ら、ホントはもう付き合ってんだろ!?吐け、俺に隠し事は許さん!逐一報告しろ!!」
「なんで先輩に報告しないといけないんスか…」
「なんだと!?てめー生意気なんだよ!海に落とすぞ!」
「くっついて来ないでください…暑苦しいんで」
「あぁ!?おまえ、今日という今日は許さねーからな!いつもいつも俺を馬鹿にしやがって!!」
「別にしてないスよ」
マスルールに殴りかかりながら怒っているシャルさんを、マスルールが後ずさりしながら躱しているので、二人は徐々にわたしから離れて行っている。
それを見ながら少々複雑な気持ちになる。
二人が言い争うというか、シャルさんがマスルールに絡むのはいつものことだけど、今マスルールが絡まれてるのはわたしのせいでもある…のかもしれないからだ。
止めた方がいいかも、と思い、仕方なく甲板の端に移動しているシャルさんとマスルールに近づく。
『シャルさん、マスルール放してあげてくださいよ』
「あーん?なんだよお前マスルール庇うのかァ?ラブラブだなぁコラ?」
『別にそういうわけじゃないですけど。仕方ないんで飲みに行ってあげますから、機嫌直してくださいよ』
「飲みに行ってあげるってなんだ、あげる、って!上から目線かコラ!」
『うわ…っ』
マスルールから絡みつくシャルさんを引き剥がし、仕方ないから飲みに行ってあげようと誘いに乗ってあげたのに、何が気に入らないのかシャルさんは今度はわたしに絡みついてきた。
いつもの挨拶みたいに、体重を掛けて肩を組んでくる。
そのとき、ずるっとわたしの足が滑った。
いつもなら肩を組まれたくらいでバランスを崩したりしないのに、ここが船の上で、波しぶきに濡れた甲板の上だったからか、ずるりと滑った足にバランスを崩し、わたしの身体は後ろに倒れた。
「!」
「おわ…っ!?」
ここがもし船の上じゃなかったら、わたしはただ後ろに転んで尻餅をつく、程度のことだっただろう。
しかしここは船の上だ。
後ろに倒れ、シャルさんの腕が離れていくのを他人事みたいに感じていたわたしは、マスルールが驚いた顔をしてわたしに手を伸ばすのを見たと思ったら、シャルさんの慌てる声を聞くこともなく空中に投げ出され、次の瞬間には海水に飲み込まれていた。
ドボン!!
身体が水面に叩きつけられ、海水に身体が包まれた。
驚きのあまり口を開くと、こぽこぽと体内の空気が水上へと登っていく。
そこでわたしはやっと、自分が船の上から海に落ちたんだと理解した。
シャルさんに肩を乱暴に組まれて、濡れた床に足を滑らせて海に落ちてしまったんだ。
甲板の端で取っ組み合いなんて、我ながら馬鹿なことをした。
そう冷静に考えてから、身体の力を抜いた。
そうすれば、わたしの身体はゆっくりと水面に浮上していく。
急ぐこともないし、泳ぐのは面倒だったのでぼんやりと浮かんだ。
息を止めて浮かびながら、ジュダルと行った迷宮で水の底を目指したことを思い出した。
ザパン!!
もうすぐ水面に上がる、というときだった。
塩水が目にしみるなぁ、と思いながら、キラキラ光る水面を見上げていたら、いきなり、わたしのいる海の中に、ドボンと何かが落ちてきたのだ。
それは細かい大量の泡を水面へ登らせながら、海に沈む。
何事だとそれを見下ろしたら、その落ちてきたものが人間だと気付いた。
真っ赤な髪が海の中で揺れている。
わたしのいる場所から少し離れたところに飛び込んだのは、マスルールだった。
もしかしてわたしを助けに海に飛び込んだんだろうか。
わたしよりも下の位置にいるマスルールは、泳いでわたしのもとへと上がってくる。
泳ぎは得意だと前にマスルールが言っていたのを思い出して、息を止めたまま少し笑った。
近付いたマスルールの赤い目を見つめていると、海水の中で、マスルールの腕に抱き寄せられる。
逞しい腕がわたしの背中を抱いて、ぐんぐんと水辺へと浮上していった。
わたしはマスルールの胸に抱き付いて、目を閉じる。
『…っぷは!』
「……大丈夫か…?」
水面に上がって、ざば、と海水から顔を出す。
息を大きく吸って、未だにわたしを抱きしめて心配してくれているマスルールを見上げた。
濡れた赤い髪の毛が額に張り付いていて、いつもより色っぽく見える。
二人でぷかぷかと水面に浮かんだまま、手を伸ばしてマスルールの濡れた髪の毛を分けてあげた。
『大丈夫。ありがとう、マスルール』
「…あぁ」
マスルールの頬を撫でてから笑うと、マスルールも微かに微笑んで、わたしを見つめた。
「おーい、お前ら大丈夫かー?」
近くに停まっている船の上から、シャルさんが甲板から体を乗り出して叫ぶ。
それに手を振って答えると、わたしたちを引き上げるために部下たちが甲板へと集まったのが見えた。