「あ?何コレ。ゴミ?死んでんの?」
小さい声なのに、嫌に近くに聞こえるなと思って、重い瞼を開いた。
眩しい、世界が白すぎる。
霞む瞳に見えるのは、地面の砂と、わたしから出る血、そして、長い長い、お団子のように結われた誰かの髪の毛だった。
「生きてんじゃん。死にかけみてーだけど」
『……………』
「何か言えよ、つまんねぇ」
『………背中…』
「あ?」
『…いたい……』
おそらく地面に這うようにして垂れている黒髪の主だろうその声に、掠れた声で返事をした。
あれ、ていうか、わたし
『…わたし……死んだんじゃ、なかった…っけ…』
瞼が、信じられないくらい重い。
そして、手も。
重くて持ち上がらない手を、精一杯の力を込めて動かした。
瞳に移ったその手には、わたしの血が、べっとりと付着している。
I protect
「おい、起きろ」
ペチッ
頬に少しの痛みを感じて、目を開いた次の瞬間。
『まぶし…』
太陽の眩しさに、また瞼を下ろした。
しかし、誰かがペチペチとリズミカルにわたしの頬を軽く叩き続けるので、慣れてきた目をそっと開く。
すると、目の前には、見たこともない男の顔があった。
ドアップで。
「おー、お前やっと起きたかよ」
『………あ?はあ…?』
「せっかく傷治してやってよぉ、魔力(マゴイ)も全くなかったから俺の分けてやったっつーのに、お前全然起きねぇんだもん、すげぇイライラした」
『孫…?』
その男は、引くほどに長い黒髪を、三つ編みのような感じで等間隔に結っていて、すごく不思議な格好をして、地べたに座り込むわたしの顔を覗き込んでいる。
ていうか、孫…?まごい…?とは、一体何だ。
なんかこの人がそのまごいをわたしに分けてくれたらしいけど、特に何も持ち物は増えてない。
変わらず愛刀の日本刀だけだ。
あれ、ていうか今、傷…?
わたしの傷治してくれたって言った?
え、あの背中からお腹まで貫通してた、傷を?
そんなこと可能なの?
え?ていうか、わたし、
『…わたし、なんで生きてんの…?』
「はあ?」
『……いや…後ろから刺されて、死んだ…はず…?』
「だから言ってんだろ、俺が治してやったんだって!お前死にかけてたから結構大変だったんだぜ」
『……お医者さまですか』
「は?ちげーけど」
『はあ…?』
わたしの傷を治してくれたその人は、お医者様ではないらしい。
そして、肩に白い布を巻いているだけで上半身は裸、下半身はよくわからないズボンを履いている。
こんな服装珍しい、天人が持ってきたものだろうか。
「つーか、お前さぁ」
『…?』
「ルフが若干黒くなってっけど」
『…るふ…?』
「あ?ルフ知らねーの?」
『はあ…全く』
「…話になんねぇ、面倒臭ぇから説明はしねぇぞ」
勝手に変な質問をしてきて、勝手にしかめっ面になったその人に顔を覗き込まれたまま、わたしにはまだこの状況が全く分からない。
だって、わたしはあのとき死んだはずで、まあそれは、この人がどうにかして治してくれて生き延びたらしいけど、それよりももっとわからないのは、いまわたしがいる、この場所だ。
いま気付いたけれど、わたしは今見たことのない場所にいる。
最後の記憶の戦場でもない、アジトでとない、そもそも、江戸、ではない。
遠くに見える街並みや周りの景色で、嫌でも確信を持った。
ここは江戸ではない、別の、知らない場所だと。
けれど、だったらなぜわたしはここにいるの。
戦場で刺されて倒れてから、一体わたしに何があったの。
ぐるぐると脳みそが回って、気持ち悪い。
『あの、命を助けてくださって、ありがとうございます』
「あー、まぁその分楽しませろよ」
『?はあ…。それで、ここってどこなんですか?』
「どこってお前、煌帝国だよ。端っこだけどな」
『こ…?国?日本じゃないんですか?』
「ニホン…?なんだそれ、聞いたことねぇぞ」
『え?……江戸は?わたし、江戸に居たはずなんですけど』
「…エドぉ?それも聞いたことねぇなぁ」
『……………?じゃあ、天人は?知ってますか?』
「あまんと?なんだそれ、美味いのか?」
ガツーン、頭の中で変な音がした。
日本、江戸、天人、わたしの生きてきた全てを知らない、この人。
言葉が通じるから、日本の人だと思っていた、いや、それよりも。
ここには、日本も江戸も、存在しないの…?
『あの…外国には詳しいですか?』
「まぁな。つーかさっきからお前何言ってんの?変な質問ばっかしてんじゃねぇよ」
ぐるり、世界が回る。
ここは江戸じゃない、日本じゃない。
天人なんて存在しない、そしてわたしも存在していなかったはずの。
何故か、すんなりと理解した。
いつもの、いままでのわたしなら考えも付かなかった、その事実をわたしは理解、してしまった。
ここは、わたしのいた世界じゃない。
わたしが生きた、世界じゃない。
わたしの死んだ、世界じゃない。