Is tepid

「なまえ〜、宴だぜ〜、飲もうぜ〜」

『シャルさんもう飲んでますよね?』


シンドリア王宮では、たびたび宴が催される。
それは特に意味もなく、謝肉宴や何かの祝いの宴ではなく、ただ九人将や官たちが集まって酒を飲む、みたいな、まあ飲み会だ。
みんな宴と酒が好きなのだろう。
まあ、わたしも普通に酒は好きだけど、酔ったシャルさんやシンさんに絡まれるのはどうも面倒臭い。

そしてひとつ、わたしはある問題を抱えていた。
いや、問題というほど大したことではないんだけど。
酒の入ったグラスに口をつけ、ちらりと隣に目をやる。


『あのさ、マスルール』

「なんだ」

『なんでわたしにつきまとうの、こないだから…』


それが問題というか、疑問だった。
この間、森でマスルールと話をして、マスルールのわたしへの好意を受け止めて理解して、信じたい、そう、自分の中で感情の変化を認めた。
マスルールにもそれはきちんと伝わったと思う。
わたしがマスルールを信じられるように努力する、とまで言ってくれたのだ。

そう、あの日から、マスルールは暇さえあればわたしのところへやって来て、何をするでも話すでもなく、ただわたしの隣や背後に立っている。
わたしが移動すればマスルールも一緒について来て、仕事中や就寝中、鍛錬中以外の自由な時間は、どこへ行くにもわたしの側から離れようとしないのだ。
あの、わたしの中では大きな意味を成す会話をした日から、もう6日ほど、それが続いている。
いい加減その行動が不可解すぎて、理由を考えてみてもわからなかったので、今日になってやっと尋ねることができた。

マスルールは、ブスッとしたまま酒を飲んでいた手を下ろし、わたしをじっと見下ろした。


「信じてもらうための努力の一つだ」

『…わたしの後をついて回ることが?』

「ああ」

『?へえ…?』


よく意味がわからない。
わたしに好意を信じてもらうために、わたしにくっついて回っている、ということは、無理をしてわたしにつきまとっているということだろうか?
無理をして側にいる、ということは、本当はわたしの側にはいたくない、ということ?
あれ、それはわたしのこと好きってことにはならなくないか……?

考えれば考えるほど、マスルールの言動はわたしには理解不能だと思い知らされる。
思考回路が違う作りなんだろうか。
感情に従い、不思議そうな顔を作りマスルールを見上げると、マスルールは閉じていた口を開いた。


「できるだけお前の近くに居たい」

『…え?』

「他の男に触られるのを阻止したい。お前をできるだけ見ていたい…」

『…………』

「と言うことだ」


と言うことだ、??
いきなり何を言っているんだコイツは、他のみんなもいる酒の席で。
マスルールの向こうにいるスパルトスさんが驚きすぎて口開けたまま固まっているじゃないか。
そしてわたしも、驚きのあまり思考がストップした。


『……な、何言ってんの?』

「だから、信じてもらうための…」

『いや、わかったよ。わかったわかった、うん』


これ以上恥ずかしいことをみんなの前で言わせるわけにはいかず、喋り出したマスルールの口を手のひらで押さえた。

マスルールは、できるだけわたしの側にいたくて、わたしが他の男に触られるのを事前に阻止したくて、できるだけわたしを見ていたくて、この間からわたしの後をついて回っているらしい。
それを努力、というのは、つまり、そういう理由を持ってわたしにつきまとうことが、わたしへの好意の証明だ、ということなんだろう。

顔がじわっと熱くなるのを感じる。
当たり前だ、普段は寡黙で不躾な男に、あんな甘ったるい口説き文句を言われて、照れないほうがどうかしている。
しかも嬉しい、だなんて、わたしは酔っているのだろうか。

マスルールの向こうで未だに驚いた顔のまま停止しているスパルトスさんに目を移す。
そりゃ、驚くよね、マスルールってこんなこと言うキャラじゃないよね…。


『……みんなの前でそういうこと言わないでよ。恥ずかしいよ』

「恥ずかしいのは俺の方だ」

『じゃあ言わなかったらいいでしょ…』

「努力の一つだ」


みんなの前で、わたしのことが好きだと仄めかすのも、その好意を隠さないのも、わたしに信じてもらうための努力だと言う。
正直、マスルールの言っていた”努力”が、ここまでのものとは思っていなかった。
熱い頬に冷たいグラスを押し当てて、マスルールから目を離す。

マスルールの態度や言動の変化に、もちろん恥ずかしいし、戸惑ってもいる。
けれど、それ以上に、わたしを好きだという証拠を行動に示してくれているのが、たまらなく嬉しかった。


「どうした?頬が赤いぞ」

『…べつに……』


はあ、とため息をついて、テーブルに顔を乗せた。
恥ずかしいけれど、すごく嬉しいし、それなのに信じきれない自分が嫌いだし、色んな感情が入り混じって、わたしがわたしでなくなるような、おかしな感覚がする。

やっと我に返ったのか、隣から、スパルトスさんがマスルールを気遣うような会話が聞こえてくるのを、ぼんやり聞いた。
「マスルール、酔ってるのか…?」と、不思議そうな声を出している。
それをマスルールが否定するのを聞きながら、少しだけスパルトスさんに申し訳なくなった。


「なまえ、お前マスルールなんかと飲んでねーで俺と盛り上がろうぜ。そいつ酔わねーし盛り上がんねーしつまんねぇだろォ〜?」

『酔っ払いの相手するよりはマシです』

「冷てぇこと言うなよ…お前ってなんか、俺に対して当たりきつくね?」


どかっと隣に腰掛けてきたシャルさんが、当然のように肩を抱いてきた。
この人は挨拶代わりに肩を組むクセがあって、最初こそ嫌だったけれど、もう何十回と繰り返されて、今では大分慣れてきている。
まあ当たりがきついと言われたけれど、気を許しているからこその扱いだと思ってもらいたい。
しかし酔っ払いの相手は好きではないので、無視して酒を口に含む。
シンドリアの酒にもだいぶ慣れたな、そう思い呑み下したとき、シャルさんが体重をかけてきて重たい肩が、ふっと軽くなった。


『?』

「お?何すんだよマスルール!」


見れば、マスルールがわたしの背中から手を回して、シャルさんをわたしから引き剥がしてくれていた。
わたしの肩を抱いていた腕を掴まれているシャルさんは、不満げにマスルールに絡み始める。
わたしは図体のでかい男に挟まれて、身動きが取れなくなった。


「先輩、あんまコイツに触らないでもらえますか」

「はあ?なんだよお前、一丁前に彼氏気取りかァー?いつからなまえはお前のモンになったんだよ!」

「いや…なまえも嫌がってるんで…」

「…は〜ん、なんだお前、そーいうことかァ?」

「なんすか」

「さてはお前、ヤキモチ焼いてんなァ?」

「はあ。まあ、そうスね」


当たり前のように肯定したマスルールに、ピシィッと、シャルさんが動きを止めた。
余程衝撃的だったのか、半笑いの顔のまま、目を点にして固まっている。
さっき、そういうことみんなの前で言わないで、と言ったばかりなのに、マスルールはわたしの言うこと聞く気がないのだろうか。
きっとこれも”努力”の一つ、なんだろうけど、シャルさんにそういうこと知られると、いろいろ面倒臭そうで嫌だ。


「えっ、なに、お前らってもう、デキてんの…?」


シャルさんが、心底驚いた、みたいな声で言う。
面倒臭いなあ、と思いながら、酒をもう一口飲んだ。


『できてませんよ』

「でもよォ…マスルールがデレるなんざ、ただ事じゃねぇぜ?」

『そうでしたっけ。じゃあ、わたし向こうで飲むので、あとはお二人で楽しんでください』


言い訳するのも面倒だったので、ベンチから立ち上がる。
ベンチを跨いでシャルさんとマスルールの間から抜け出すと、向こうで飲んでいるヤムライハさんとピスティのところへ向かった。
もとはと言えばマスルールが原因なので、シャルさんの後処理は彼にお任せしよう。

ピスティの隣に腰掛けると、向かいの席で酒を片手に、机に突っ伏して落ち込んでいるヤムライハさんと目が合った。


「なまえ…なまえー!聞いてよぉー!」

『…どうしたんですか?』


しまった、こっちはこっちで面倒くさそうなことになっている。
泣きながらしがみついてきたヤムライハさんが、うだうだと何か言っているけれどほとんど意味がわからないので、助けを求めて隣に座っているピスティに目をやる。
ピスティは笑いながら、ヤムライハさんがヤケ酒している理由を話し始めた。


「ヤムねぇ、いっつも好きになった男の人と上手く会話できなくて、うまくいかないんだってー」

『へえ…』

「なんか、好きな人の前では緊張して魔法のことしか話せなくなるらしいよ」

『…それは…すごいですね』


緊張して魔法の話しかできなくなる、って、すごいな。
そりゃ、魔法の話しかしない女と付き合おうなんて男、あまり居ないだろう。
でもその様子が頭に浮かんで、申し訳ないけど少し引いた。

向かいの席で泣きながら、「わたしなんて一生誰にも添い遂げられずに死んでいくんだわ!」と嘆いているヤムライハさんを見ながら、わたしもお酒を飲む。


「この前なんて、君と居ると安らげない…って言われたの……もうわたしどうすればいいのか……」

『……黙ってニコニコしてればいいんじゃないですか…?』

「うわぁ冷たいなぁなまえってば!」

「そぉよぉ…もっとタメになるアドバイスしてよ…」

『タメになるアドバイスなんか、わたしできませんよ』

「グス…じゃあ、なまえは好きな人の前では何を話すの?」


ヤムライハさんが余りにも泣くので、なんだかかわいそうになってきた。
お酒を飲みながら、考える。
好きな人の前で何を話すか…?
うーん……昔、何話してたっけ。
思い出したくもないけれど、ヤムライハさんのためになるならば、と、唯一の恋愛経験を思い出してみる。
ああ、嫌だ。
思い出しただけで、気分が沈んでいくなんて。


『………わたしは、その日あったこととか…』

「「うんうん…」」

『…早く戦争終わればいいのに、とか…』

「「………うん」」

『…敵が使ってる意味のわかんない武器についての考察とか……』

「「……………」」

『…好きとか愛してるとか…』

「「………!?」」

『あとは、相手にも好きとか愛してるとかひたすら言わせてましたね…』

「「!?」」

『?』


とりあえず、思い出せただけの思い出を話してしまえば、大してなんてことはなかった。
胸の中では、思い出したくないことを掘り返して、気持ちが落ちているけれど、声や表情には出なかったので、まあ大丈夫だろう。
ヤムライハさんの参考になれば、と思って言ったけれど、顔を上げた先で、ピスティとヤムライハさんは目を点にしてわたしを見つめていた。
そこまで驚くことか、と、逆にこっちが驚く。


「えっ、なまえって、す、好きとか言うの!?」

『?言いますよ毎日』

「まっ、毎日ぃ!?」

『(うるさ…)』

「えーっ、なまえそんなキャラじゃないよ?!男を好きとか思うの?!」

『そりゃ…思うから言うんだよ』

「しかも相手にも言わせるって、なんでなの??」

『?言って欲しいからに決まってるじゃないですか』

「いや…それはわかるけど……そういうのって強要して言ってもらうことじゃないわよ…」

『強要なんかしてないですよ』

「……なまえって、男に甘えたりするの?」

「確かにそんなイメージないなー、ツンツンしてそう!」


なんか若干、ピスティとヤムライハさんに引かれている気がするのは気のせいだろうか。
グラスのお酒が空になったので、テーブルの上のピッチャーから紫色の酒を注ぐ。
たぷ、と揺れたそれを見てから、顔を上げた。


『まあ……たまには…』

「「………(四六時中甘えてたりして…)」」

『?…なんですかその目は』

「なんでもないわ、で、わたしが男性と上手くいくにはどうすればいいのかしら?」

『…そう言われても』

「不思議だよねぇ、ヤムってなんでモテないんだろうねぇ。美人だしおっぱい大きいのにねぇ」

『……うん、美人でおっぱい大きいのにね…』

「なまえも十分大きいじゃん!」

『………え、そう?』

「大きいよ!サラシ外したら巨乳じゃんか!」

「そういえば、なんでなまえはいつもサラシ巻いてるの?胸潰すのってどうして?」

『ああ…刀振ってるときに、胸が揺れて邪魔なんです』

「……それはそれで、見てみたい」

「ピスティ、何言ってるの?」

『ヤムライハさんに走ってもらえば済むでしょ』


サラシで胸潰してないと、走ったりするだけでゆさゆさ揺れてちぎれそうになるし、集中するためにも巻いているのだ。
ヤムライハさんが走れば、それはもうぶるんぶるんとお胸が揺れるだろうから、そう提案して酒を飲むと、ヤムライハさんからチョップを頂いた。
冗談なのに、と言うと、更にもう一発。
中々痛かった。

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