It seems to

長く、眠っていた。
こんなに長い時間眠っていたのは初めてで、頭が痛いし、体の節々が重いし、目はしっかり開かないし、眠り過ぎは逆に良くないのだと知る。
ぼーっとする思考の中でシンさんの声を探した。


「なまえ、君にはまだ、話さなくてはならないことがあるんだ」


昨夜、みっともなく号泣し、シンさんの言葉に心が軽くなったのを感じた。
わたしは愛されている、そう、やっと知ることができたのだ。

わたしは愛されている。

だけどわたしは、まだ、その愛を受け止めることができない。
意気地なしで、まだ、差し伸べてくれる大きな手を、取ることができない。

ああ、わたしはなんて弱いのだろう、そう、自分に嫌気がさしたけれど、シンさんは言ってくれた。
「自分を責めなくていい。焦るな、ゆっくりでいい、想いが重なって初めて、愛は芽生えるのだからね」
と、笑ってくれた。

それから、彼は、わたしの知らない現実を、わたしにゆっくりと話して聞かせた。
シンさんの過去。七つの迷宮を攻略したときのこと。
ゆっくりと仲間が増え、それが今の九人将であること。
「アル・サーメン」のこと。
マスルールの過去。剣奴だったこと、シンさんに出会い故郷に帰り、”ファナリス”がそこには1人もいなかったこと。
そして、シンさんが力を集めて、何をしようとしているか。

世界を変える、そうまっすぐに言ったシンさんの手を、わたしはそっと握り返した。

わたしは貴方に忠誠なんて誓わない。
わたしは貴方の眷属にはなれない。
けれど、貴方を護りたいと思う。
貴方の側で、戦いたいと思う。
主としてではなく、恩人として、貴方を慕い、わたしは刀を握る。
わたしはわたしの「ジン」の王として、貴方のためではなく、わたし自身のために。
わたしが仕えるのは、わたしにだけ。

そう言ったわたしに、シンさんは笑った。
そして、頷いた。
わたしは、大切なものを護るため。
これから先、シンドバッド王の側で戦うと、誓ったのだ。



「おっ!?なまえ!!?」

『あ、シャルさん。おはようございます』

「お前なァ!おはようじゃねぇよ、俺たちがどんだけ心配したと思ってんだ!もう起きて平気なのかコラァ、どこも悪くねぇのかゴラァ!!」


1日と半日、わたしは自室に籠もっていた。
だから、まあ怒られるだろうとは思っていたけれど、自室を出た途端、シャルさんに捕まってしまった。
シャルさんは、怒っているのか心配しているのか安心しているのか、そのどれもが入り混じった表情で、わたしの頬を強く摘む。
両頬を左右に引っ張られ、口が裂けるかと思った。


「てっめぇ〜、呑気な顔しやがってえ…」

『ひゃるはん、はらひへふらはい』


シャルさん離してください、そう言ったつもりだったけれど、頬を引っ張られているせいで上手く発音できなかった。
しかし、シャルさんは聞き取ってくれたらしく、「ったくよォ!」と言いながら、投げやりにわたしの頬から手を離す。
頬っぺた伸びたらどうしてくれるんだ、とシャルさんを睨めば、彼は何故か、へらっと笑った。


「まぁ、なんともねーんなら良かったぜ!」

『……心配かけて、すみません』

「ホントにな!お詫びにお前、今夜奢れよ」

『…いや、後輩に奢らせるのは先輩としてどうなんですか?』

「あ!?」

『シャル先輩』

「な、ぐ…っ!?」


初めて、先輩、と呼ぶと、シャルさんが照れるのが分かった。
ちょろいなこの人。
と思いながら、いい加減お腹が減ったので厨房を目指す。
侍女に言えば食事を用意してもらえるんだけど、昨日わざわざ食事を運んできてくれたのにそれに手をつけなかった手前、罪悪感的な意味でそれは憚られた。


「つーかお前どこ行ってんだ?」

『厨房です。なんか適当にご飯を…』

「あぁ、お前昨日と今日何も食ってねぇんだっけ。そーいうことなら、俺に任しとけよ」

『はい…?』

「俺が用意させて運ばせるからよ、お前は適当に元気になった報告でもして回ってろ。みんなすげぇ心配してたんだからな!!」


そう言って、シャルさんは笑顔でわたしを置き去りにして、走って行ってしまった。
いや、自分で用意しようと思ってたのに。
だけど、シャルさんの言ってることは確かに正しくて、わたしはちゃんとみんなに謝らないといけないのだ。
食事を運んできてくれた侍女たちにも、何度も様子を見に来てくれたジャーファルさんにも、心配してくれた、他の九人将の人たちにも。
そして、マスルールにも。
酷いことをしてしまったんだから。


『…あ、おはようございます』

「……なまえ!?」

『はい』

「ちょ…起きて平気なの!?」


とりあえず、手っ取り早くシンさんの執務室を訪ねた。
そこには、思った通り、ヤムライハさんとピスティ、ジャーファルさんとシンさんが居たので、声を掛ける。
他のみんなは仕事で出てるんだろう、と察しをつけ、執務室へそっと足を踏み入れた。
すると、ヤムライハさんがすごいスピードで駆け寄ってきてわたしの両肩を掴み、すごい剣幕でそう言うので、さっきのシャルさんの姿と重なって、思わず笑う。


「え、なんで笑うのよ」

『いえ、なんでも』

「なまえ、元気になったんだね!良かったー!」


横から、ピスティがそう笑う。
さっきから、心臓がじんじんと痛かった。
少し部屋に引きこもっていただけで、たくさんの人が、わたしをこんなにも心配してくれる。
こんなこと、初めてだった。
わたし、ちゃんとこの人たちの仲間なんだ、なんて、今更そう強く自覚する。


「なまえ…もう平気なんですか?」

『…はい、ジャーファルさん』

「はあ…心配したんですよ」

「ものすごく狼狽えていたからな、ジャーファルは」


ため息をついてわたしの肩に手を置いたジャーファルさんを、シンさんが笑う。
心配されるのって、嬉しいんだな、なんて思いながら、わたしも小さく笑んだ。


『…みなさん、心配かけてすみませんでした』

「本当よ!変な魔法でも掛けられたんじゃないかって、気が気じゃなかったんだから!」

「そーだそーだ、なまえが部屋に閉じこもってご飯も食べずに出てこないって聞いたとき、心配しすぎてシャルのこと叩いちゃったんだぞ!?」

「ピスティ、シャルルカンを叩いたのは、なまえは関係ないでしょう」

「なぁなまえ、俺の言った通りだろう?」


わたしが謝れば、みんな口々に早口で喋り始めて、少し気を取られた。
でも、シンさんがそういたずらっぽく笑うので、堪らなくなって、吹き出す。


『あはは、はは…』

「…?なまえ…?」

「ど、どうしたの…?」

「なまえがこんなに笑ってるの、初めて見ました……や、やっぱりまだ体調が悪いのでは!?」

『いや…なんかそれ失礼じゃないですか…?』


突然笑い出したわたしに、シンさん以外の面々が揃って目を丸くする。
確かに、こんなに声を上げて笑うのは、もう随分と久しぶりだ。
顔を上げれば、微笑むシンさんと目が合う。
きゅっと口角を上げて、もう一度笑ってみせた。


『ほんと、シンさんはすごい人ですね』


わたしはもう、愛されない、なんて思わない。
だってわたしは、もう。
こんなにたくさんの人に、大切に思われているのだから。

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