The reason why

「なまえー、飲み行こうぜ!!」

『またですか』


シャルさんが、就業を告げる鐘が鳴ったすぐ後に現れて、肩を組んできた。
九人将になってしばらく経ったけれど、彼の酒癖の悪さには手を焼いている。
しかも毎晩のように酒を飲みに行こう、と誘ってくるので、理由をつけて断るのも面倒だし、正直この人ってすごく面倒くさい。
しかも酔って話す内容といったら、大抵剣のこととか女のこととかヤムライハさんとの喧嘩のこととか、ホントわたしにはどうでもいいことばかりなのだ。


「いーじゃねぇかよォ、今日はスパルトスもマスルールもピスティも来るぜ!」

『…まあ、いいですけど……』


面倒くさいなあ、と思いながら、仕方なく腰を上げた。
最近はわたしも仕事を覚えてきて、普通に外勤も内勤も任されるようになってきたのだ。
仕事は好きではないけれど、まあ楽しくないわけじゃないし、それはいい。
けれど、度々このシャルさんが、手合わせしようぜ!!と、仕事中であるわたしのもとに訪れるものだから、正直言って迷惑である。
今のところ、わたしたちの勝負はわたしの18勝で、シャルさんの18敗。
まあわたしが勝ち越している状況なので、悔しくて挑んでくるのだろう。

シャルさんに肩を組まれたまま、スパルトスさんたちが待っているという城の外へと向かう。
今日はなんでも可愛い女の子のいるお店に連れて行ってくれるそうだ。


『あの、わたし女の子に興味ないんですけど』

「そんなつもりで連れてくんじゃねーよ、店の女の子がお前らに会いたいっつーからさァ…つーかお前、女に興味ねーのは普通だとしても、男にも興味ねぇじゃねーかよ」

『…まあ、そうですね』

「ったく年頃の娘がよォ…結構お前モテてんだぜ?文官から料理人まで、お前に恋人はいんのかとか聞いてくる男が後を絶たねぇしよ」

『へー…そうですか』


そーですか、じゃねーよ!と怒ったふりして飲みに行くのが楽しみそうなシャルさんが体重をかけてくるせいで、肩が重い。
モテるとかモテないとかどうでもいいので、特にシャルさんの話に興味も湧かず、前の世界から持ってきた草履をペタペタ鳴らしながら歩いた。
王宮から出ると、少し離れたところに、スパルトスさんとピスティとマスルールを見つける。
向こうもわたしたちに気付いたのだろう、スパルトスさんとピスティが手を振ってきた。
それに手を振り返しながら、徐々に縮まっていく距離を見つめる。


「お疲れさま、なまえ」

『お疲れさまです、スパルトスさん。ピスティとマスルールも、お疲れさま』

「ああ」

「お疲れなまえ!」

「おいお前ら俺にはないのかよ!」

「シャルにはさっき言ったじゃーん」


合流した三人と言葉を交わす。
短く返事をしたマスルールがじっと見下ろしてくるので、何、と聞く代わりに見上げた。
スパルトスさんとシャルさんとピスティはさっさと飲み屋に行きたいのか、先に歩き出したので、シャルさんに肩を組まれているわたしも、マスルールと目を合わせたまま、その動きに巻き込まれた。


「おーい、お前ら見つめ合ってねーでさっさと行くぞ」

『シャルさん、さっきから言おうと思ってたんですけど』

「おー、何だ?」

『歩きにくいです』

「あー?そりゃお前がチビだからだろ!なぁスパルトス!」

「いや、お前が肩を組んでいるからだろう。離してやったらどうだ」

「いーじゃねぇかよ、なんかなまえっていい匂いすんだもん」

『そういう目的ならやめてください、不快です』

「アハハ!シャル不快だって、振られてるよ!!アハハハハ!!」

「てめっ、ピスティ笑ってんじゃねー!」


ピスティに爆笑されたシャルさんが、やっとわたしの肩から離れて、ピスティと追いかけっこを始めた。
ああ、やっと解放された。
あの人会うたび会うたび肩組んできて、重くて肩がこるんだよな、なんて思いながら、軽く首を回す。
しかし、右手で左肩を揉み解しながら歩いていたら、今度は右肩に、ずしっと重みを感じた。
何故か右側から、マスルールが肩を組んできたのだ。


『え、なに…マスルールはちょっと、体格的にムリがあるよ』

「お前は先輩ともかなり体格差あるぞ」

『まあ、そうだけど…体重かけすぎだよ。潰れるから』


ずし、と体重をかけてくるマスルールは、身長差と体格差のせいで、かなり屈んでわたしの肩に手を回してくる。
その理由は、わたしと密着したいから、なんてもんじゃなくて、ただわたしをおちょくりたいだけなのだ。
そうだと知っているから、特に気にすることもないけれど、筋肉ムキムキのでっかいマスルールに体重をかけられれば、下手すれば怪我をする。
重いってば、と言っても離れてくれないので、とりあえずその身体を押して離れようとするも、さらに肩には体重をかけられ、わたしは中腰になるまでその重みに耐えた。


『ちょ…っと、ほんと潰れるから。やめて』

「鍛錬不足じゃないのか」

『もー、意地悪はいいから、とりあえずやめて、重たいってば』

「おいコラ、マスルール!お前なぁ、いくら俺がなまえにくっついてて妬いたって言っても、暴力はダメだせ?見ろ、なまえが潰れかけてんじゃねーか!」

「はあ。先輩がコイツにくっつこうが別にどうでもいいですけど」

「いやマスルール、シャルルカンのことがどうでもいいのはいいんだが…なまえのことは離してやったらどうだ。潰れかけてるぞ」

「なまえー、大丈夫ー?」

『大丈夫じゃないよ。重たいよすごく』

「ほら、離してやれよマスルール。あんまいじめてっと嫌われるんだぜ?」


シャルさんが潰れかけてるわたしの手を引いて、マスルールの下から解放してくれた。
重かった、あれだったらシャルさんの方がマシだな、と思いながらマスルールを見上げる。
最近、こいつによる嫌がらせの頻度が高くなっているのだ。
たびたび、マスルールはわたしにたいして無駄におちょくっては、その意味のわからない行動について説明もしない。
そこに何かしらの感情があるのならまだわかってあげられるのだけど、なんせマスルールだ、その顔からは全く感情を読み取ることができない。
前に自分で言っていたように、わたしの怒った顔がお気に入りらしいと知ってからは、できるだけマスルールの前で怒らないようにしているけれど、それでも続くのだから尚更わからないのだ。
なんでちょっかい出してくるの、と聞いても、マスルールは「お前の顔が変だから」とかふざけた返答しかしない。
それをマトモに相手にできるか、ということで、大抵のことは無反応に勤めているけれど、それでもやっぱり、暇つぶしのつもりなのか、たびたびちょっかいを出してくる。
わたしはお前のオモチャか何かか?と胸ぐらでも掴み上げてやりたいところだけど、体格差的に考えて不可能だろう。
だからこうして、できるだけ反応をしないように、でも全く無視っていうのも無理があるので、周りに助けられるのを待つことが多い。
マスルールは今も、いつも通りのムスッとしたデフォの表情で、じっとわたしを見下ろしてくる。


「なまえはさー、どんな人がタイプなの?」


飲み屋に着くと、シャルさんの言う通り可愛い女の子に囲まれたソファに座ってお酒を飲むわたしに、ピスティが唐突に問いかけてきた。
シャルさんはさっきからお店の女の子とヘラヘラしながらお話中なので、このテーブルにはわたしとピスティ、スパルトスさんとマスルールしかいない。
お店の女の子はどうしたかと言うと、彼女らの仕事は客に付いて話したりすることなのに、スパルトスさんは女性と淫らに目を合わせることすら嫌だ、とか言って女の子たちと話をしようとしないし、マスルールは話しかけられてもムスッとしたまま何も言わないので、自然とみんなヘラヘラしてるシャルさんのもとへと行ってしまったのだ。
女性客につくよりは男性客について酒を飲ませる、それが彼女らの仕事。
だからこうなるのは当然なんだけど、当然であるから、このメンバーはこういう女の子の居る店に来るには人選ミスだったとしか思えない。
それか、女の子たちを独り占めしたかったシャルさんの作戦だったのかも。

それよりも、と、ピスティに尋ねられた質問について考えてみる。
どんな人がタイプ、か。


『…わかんない』

「わかんないの?なんでー?どんな人がいいとかあるでしょ?」

『いや、別に…』

「ないのー?じゃあじゃあ、今まで付き合った男はどんな人だったの?」


お酒を口に含んで、身を乗り出して聞いてくるピスティを見る。
ピスティはこんなに子供じみた見た目をしているのに、意外とわたしと年は近いし、しかも王宮内で何人も男を作っては争いごとを起こしているらしい。
この間ジャーファルさんが、ピスティのせいで荒んだ男関係によって血を見た、とか言って怒っていたのを思い出した。

しかし、これまで付き合った男、と、言われても。


『うーん…どんな、って言われても…普通の…人だったよ』

「普通ってなによ、顔は?年は?背は?気になるのー、教えてよー」

『…顔は、普通の顔だったかな…年は、わたしより五つ上で…背は、わりと高め…?だったような気がする』

「なまえって美人なのに、一人としか付き合ったことないなんて、信じられないよねー」

『…まあ、いろいろあったからね』


あまり思い出したくないことを思い出してしまった。
ピスティの質問攻めのせいだけど、わたしの過去を知らない彼女を責めるわけにもいかないので、黙ってお酒を飲む。
意識的に、思い出さないようにしているのだ。
”あの人”のことも”あの男”のことも、”彼”のことも。
思い出してしまえば、わたしは途端に息がし辛くなる。
怖くなる、普段は平気な、服越しに感じる人の体温が。
軽く触れ合うだけでも、怖くて泣きそうになるから。

けれど、意識的に思い出さないようにしている、ということは、常に過去のことを考えている、ということと同じで。
わたしはいつまで経っても昔のことを忘れられないし、”彼”に縛られたままなのだ。
弱くていやになる。


「じゃあさー、王宮の中で付き合うなら誰!?」

『…え、付き合わないよ』

「付き合う、な・ら!だよ。もしもの話、if!!強いて言うならでいいからさー!」

『うーん……王宮の中…?』

「いっぱいいるじゃん、いい男!王様でしょ、ジャーファルさんでしょ、マスルールでしょ、シャルルカンでしょー。スパルトスに、ドラコーンさん、ヒナホホさん!」

『後半二人家庭持ちなんだけど』

「もしもの話だからいいのー!ほら、もしこの中の誰かと付き合わなくちゃいけなくなったら、誰と付き合う?付き合わない、とかはナシだよ!!」


なんでピスティは、こんな話が好きなんだろう。
こんなもしもの話して、何が楽しいんだろうか。
スパルトスさんは呆れたようにピスティを見ているし、わたしも呆れるほかない。
興味なさげにお酒を飲んでいるマスルールを見てから、ふうと小さく息をついた。


『じゃあ、マスルールかな』

「えっ、そーなのー?やだぁ、なまえってばダイターン」

『何言ってんの…』

「でもなんでマスルールなの?いっつも意地悪されて困ってるじゃん!」

『だって、シンさんは付き合っても他の女といろいろするでしょ。ジャーファルさんは一緒に居れる時間少なそうだし、シャルさんは酒飲んで他の女と何するかわかんないし、スパルトスさんは進展できるかわかんないし、ドラコーンさんとヒナホホさんは人のものだったりするし論外』

「(進展できるかわかんない…?)」

「えー、マスルールも体格的にいろいろ無理があるよ?」

『まあ残ったのがマスルールなだけだよ。マスルールも愛情表現してくれなさそうでヤダけどね』

「確かに、マスルールは好きとか大好きとか言いそうにないよね。そこんとこどーなの、マスルール!」

「はあ。まあ、言ったことないスね」

「うわー、ダメだよそれじゃー。好きな人にはちゃーんと言わないと、ただでさえマスルール表情ないんだから伝わんないよー?」

「はあ…」

『言葉でも行動でも示してくれなそうだよね』

「うん、ぎゅー!とかチュー!とかしてくんなそーだよねぇ、アハハ!」

「そもそもマスルールは恋愛なんかしたことがあるのか?」

「いや、ないスね。多分」

「えー、好きな人もできたことないのー?」

「ない」


スパルトスさんの問いに、きっぱり”ない”と答えたマスルールは、お店の女の子に目もくれずに、シャルさんが言ってた通りブスッと酒を飲んでいる。
確かにこの男が甘い言葉を吐いているところなんて想像もできない。
隣でピスティが「ありえなーい」と爆笑しているのを聞きながら、わたしも少し笑った。


「なまえ、お前、のんでんのかァ〜?」

『はい?なんて?』

「だあらァ、のんでんのか、って!」

『シャルさん…飲み過ぎですよ。呂律まわってません』


女の子たちに囲まれていたはずのシャルさんが、どかっと隣に腰掛けてきた。
いつものように肩を組んでくるも、酔っているせいでその距離は近い。
酒臭い、と思いながらその胸を押すけれど、シャルさんは呂律の回らない口でへろへろ何かを喋り倒すだけで、離れてくれる気配はなかった。


「なまえおまえ、かっわいいなァ!!」

『耳元で大声出さないでください』

「なまえ〜」

『近いです、離れてください。不快です』

「なまえ、シャルのお気に入りだからねぇ〜」


こっちは迷惑してるというのに、絡みついてくるシャルさんから助けてくれようともせずにピスティが笑う。
スパルトスさんも苦笑いするだけで手は差し伸べてくれないし、お店の女の子たちも笑うだけで何もしない。
敵しかいないのか、そう顔をしかめたときだった。


「ぐえっ!!」

『!』


いきなりすくっと立ち上がったマスルールが、わたしにまとわり付くシャルさんの首根っこを掴んで引き上げたのだ。
ゆるく着こなしている服を持ち上げられ首が絞まったのか、シャルさんは潰れたような声を出しながら、マスルールによって強制的にわたしから離れた。
シャルさんの首根っこを掴んで持ち上げているマスルールは、ブスッとした顔のままシャルさんを見ている。

助かった。
シャルさんが苦しげに文句を言っているけれど、同情もなにも湧かないので、とりあえず向かい側のマスルールが座っていたソファへ移動する。
ぽい、と捨てるようにシャルさんから手を離したマスルール。
どさ、と、床にシャルさんが落ちた。


「おい、いってェなマスルール!何すんだよォ!!」

「先輩、絡む女間違えてますよ」


マスルールがそう言ってシャルさんに背を向ける。
すると、床に倒れるようにして座り込んでいるシャルさんの周りに、お店の女の子たちが集まっていく。
やーん、シャルルカン様大丈夫ですかぁ?
とか、高い声を出しながら。
可愛い声ですね、と思いながらその様子を眺めていれば、元々座っていた場所にわたしが座っているからだろう、マスルールはわたしの隣に腰掛けた。
正面のソファで、ピスティがなにやらニヤニヤしながら見つめてくるけれど、どうせ恋愛絡みのくだらない話だろうと無視を決め込み、グラスを手に取るマスルールに目をやる。


『ありがと』

「ああ」

『女の子と遊ばなくていいの?』

「興味ない」


短く返事をするマスルールに、ふーんと短く返してから、足を組み直す。
なんだか不機嫌そうに見えなくもないけれど、逆にそれがいつも通りにも見えて、やっぱりわたしにはまだマスルールの表情から感情を読み取ることはできないと知る。

もうそろそろ眠くなってきたので、適当なとこで切り上げて帰りたい。
けれど、スパルトスさんとピスティはまだ飲んでるし、シャルさんは女の子たちとキャッキャキャッキャと騒いでるし、きっとまだ、帰ろうなんてことにはならないだろう。
ソファの上に両足を乗せて膝を抱く。
体育座りって、なんだか落ち着く。
そういえば昔から、この座り方が好きだったなあ、なんて思いながら、膝に頬を乗せて目を閉じた。

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