I do not cry, I am not weak

「喜べ、親愛なるシンドリア国民よ!!我らの仲間となる新たな戦士を紹介する!!」


大きな声でそう言ったシンさんに背中を押され、大勢の国民の前に立った。
本日、予定されていた通り、王宮の前に国民を集め、わたしを紹介するためのセレモニーが行われているのだ。

わっと湧く国民たちを見下ろしながら、バルコニーの端で、刀を抜く。
今日は大事な日だからと、八人将はみな、いつも自由に着こなしている官服をきちんと着用している。
所謂、正装だ。
それに習ってわたしも、いつもは着用しない中に着るシャツを着込み、太い帯を巻き、黒い靴を履いている。

バルコニーの下には、大勢のシンドリア国民が、わたしをじっと、見上げている。
期待や羨望の眼差しを一身に受けたわたしは、伏せていた目を開く。
太陽の光を受け、ぎらりと光る時雨。
その切っ先を見つめながら、大きく息を吸った。


『ここに誓う!シンドリア王国、国民、そして王のため、戦うと!……よろしくお願いします』


正直に言おう、すごく恥ずかしい。
ここに誓う、から、戦うと!までのセリフは、ジャーファルさんが考えてくれたのだけど、こんなに大勢の前で宣誓なんてしたことがないので、死んでしまいそうなくらい恥ずかしい。
そのせいで最後の挨拶は小さな声になってしまったけれど、そんな羞恥心をかき消すくらい、城下に集まる国民は、わっと一気に湧いた。
こんなわたしを、受け入れてくれている。
じん、と胸が熱くなったのを、確かに感じた。

そして、後ろに並んでいた八人将のみんなが、揃ってわたしの隣に並んだ。
みな、両手を胸の前で合わせる、おきまりのポーズを取っているので、わたしも手筈通りそのポーズを取る。
シンさんが一歩前に出て、声を張り上げた。


「八人将は今日、この時を持ち、なまえという新たな戦士を加え、九人将と成った!!今後、さらなる飛躍を期待してくれ!!」


わあっと、国民の湧き騒ぐ声が聞こえる。
わたしは今日、この時をもって、正式にシンドリアの八人将、あらため九人将となったのだ。
じわりと息が苦しくなる。
ここは、そう、わたしの居場所だ。
わたしが存在していても良い、皆に認められた場所。

わたしは本当はここに、居るべきではない人間なのかもしれない。
けれど、嬉しかった。
わたしがこの世界に、この場所に、居ても良いと言うことが。
堪らなく、嬉しい。
心臓が震えた。
わたしはここで、シンさんやみんなを護りながら、愛すべき人を探すため、生きていく。

そうすることが、きっと、わたしに与えられた運命。
そう、信じて。



「ねえ、なまえ」


セレモニーが無事に終わり、わたしは一人、バルコニーで街を眺めていた。
みな、それぞれの仕事に戻ったからだ。
ぼんやりと活気溢れる街を見下ろしていたら、後ろから、やって来たヤムライハさんがそう、声を掛けてきた。
振り返れば、彼女は何か言いにくそうに、口を開く。


「初めて会ったときから、思っていたのだけど…」

『?』

「…あなたのルフ、少しだけど…黒に染まっているわ」


彼女はそう、悲しげな顔で言った。
知っている、そのことは。
ジュダルに言われたときには意味はわからなかったけれど、ガロシュ師匠が、ルフが黒く染まることについて、詳しく教えてくれたから。
真っ白なはずのルフが、黒に染まる。
それを、堕転と呼ぶそうだ。
全てを裏へ、後ろへ、下へと運命を変えようとする、黒い気持ちから、堕転は始まる、そう教えられた。
それは悪いことだ。

だけど、と、師匠の声を思い出す。


『知ってます。わたしの師匠、魔法使いなんですけど…その人が教えてくれました』

「堕転、しかけたのね」

『…はい。…前に、いろいろあって…だけど、わたしは気にしてませんよ』

「……だけど、…」

『知ってます、堕転することの意味も、それがどういうことなのかも……でも、』


でも。
師匠は言ってくれた。
わたしのルフは、美しいと。
銀色だ、と。


『師匠が言ってくれたんです。全てに裏切られて黒に染まりかけたけど、それでも白でいることを諦めなかったわたしのルフは、美しいって。銀色に輝いてる、って』

「……そうね。確かに、綺麗だわ。貴方の剣によく似た、銀色ね」

『…だから、別に…白じゃなくたって、いいです』


きっと、これ以上黒に染まることなんて、無いから。
それに銀色なんて、わたしにぴったりだ。
わたしの大事な刀の色。
わたしの瞳の色。
シトリーの髪の毛の色。
わたしの好きな、色。

かつて生き、死んだ世界で、共に同じ方を向き戦った、戦友を思い出した。
言葉を交わすことは一度だってなかったけれど、お互いがお互いの存在を知っていた。
戦場を駆けるあの姿に、見惚れたことだってある。
彼の二つ名は、わたしとは対の名前だった。
黒夜叉と呼ばれたわたし。
そして、彼は、白夜叉と呼ばれた。
彼の髪の毛もまた、銀色だったな、なんて思い出して、少しだけ泣きそうになる。
いま、あの世界に居るだろう彼らは、何をしているだろうか。
生きているだろうか。
願わくば、どうか、生きていて。
幸せになってほしい。
わたしの居ない、あの世界で。

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