「スパルトスは外勤ばっかなんだぜ。アイツの武器飛び道具だから遠距離戦に強いからなァ」
『確かに海上警護は遠距離戦に強い方がやりやすそうですもんね』
シャルさんが隣を歩きながら、ペラペラと八人将の仕事について語ってくれる。
スパルトスさんは主に外勤が多く、港で敵船相手に戦っているそうだ。
わたしたちの後ろを歩くマスルールは、さっきから何も言わずにペタペタとついてくる。
「八人将の仕事つったらこんぐらいだよなァ…ドラコーンさんとこも行ったし、ヒナホホさんとこも行ったし…ピスティんとこもジャーファルさんとこも見ただろ…」
『ヤムライハさんのとこはいいんですか?』
「ああ…いいよアイツんとこは。どうせ魔法の研究してるだけだし。お前も魔法興味ねェだろ?」
『まあ…あんまりないですけど』
さっきまで、シンさんに言われた通り八人将のみなさんの仕事を見て回っていたのだ。
それはわたしには出来そうもない、ジャーファルさんの政治や事務的な仕事から、スパルトスさんのような警護の仕事まで。
そして唯一見学していないヤムライハさんの仕事について、シャルさんが嫌そうに顔を歪める。
「行ったってどうせ、水魔法について語りつくされるだけだぜ」
『え…水魔法?』
「?おう、アイツ水魔法が得意だか好きだかで」
水魔法、そう聞いて、ヤムライハさんに興味を持った。
優秀な魔導士だという彼女について、魔法を使えないわたしは興味が湧かなかったけれど、水魔法と聞けば別だ。
わたしのジンであるシトリー、その金属器に宿る魔力は水魔法のものだから。
これから暇だし手合わせしようぜ、と笑うシャルさんを見上げた。
『あの、ヤムライハさんのところ行きたいです』
「え、でもお前魔法興味ないんじゃ…」
『水魔法には少し興味があって…聞きたいこともあるし』
「あー…なら、仕方ねーなァ、行くか」
しぶしぶ頷いてくれたシャルさんに頷く。
なんだか彼は彼女のところへ行くのが嫌そうだけれど、魔法に苦手意識でもあるのだろうか。
『ヤムライハさんのところを見学したら、手合わせしてもらってもいいですか?』
「!おおっ、いいぜ!俺もお前と手合わせしてぇと思ってたんだよォ!!」
手合わせ、と言えば、シャルさんの機嫌はパッと良くなった。
ああ、簡単な人で良かったな、なんて、ヤムライハさんの元へ向かう彼の後ろを続きながら思った。
しばらくして到着したヤムライハさんの仕事場は、よくわからない器具や道具で溢れかえっていて、不思議な匂いもする。
そしてその奥に、黒くて大きなとんがった帽子を被った彼女を見つけた。
シャルさんが声を掛けると、なにやらブツブツと小声で呟いていた彼女が、ふっと振り返る。
「あら、なまえ!どうしたの?見学しに来てくれたの?」
『はい。ヤムライハさんが水魔法お得意だって聞いて』
「え、ええ!得意よ得意!何よ、貴方水魔法に関心があるの!?」
『…まあ、はい。わたしの使える唯一の、魔法っぽい技が、水魔法なので』
テンション高めに走り寄ってきた、わたしよりも数センチ背の高い彼女にそう言えば、彼女とその隣に立つシャルさんが不思議そうな顔をした。
まあそうだろう、わたしが魔法を使えるはずがないのに、魔法っぽい技、とか言われても、2人には意味もわからないだろう。
後ろにいるマスルールに関しては、何を考えているのかはわからないけれど。
「?なまえ、魔法が使えるの?」
『…わたしが使える、というか…宿ってる?というか…』
「?」
「?」
『えっと…シャルさんって、魔法使えませんよね?』
「?、ああ」
『でも、眷属器を使えば、まあ…魔法っぽい現象が起きるわけじゃないですか』
「まあ、そうだな」
「そうよ、”眷属器”の能力だって原理的には魔法なのよ」
『それと同じで…わたしも、”金属器”を使えば、魔法っぽい現象が起きるんですけど…その力が、!』
どう言えばわかりやすく説明ができるのか、と考えながら話していると、いきなり肩をがしりと掴まれた。
驚いて顔を上げると、ヤムライハさんがわたしの肩を掴んで、同じように驚いた顔でわたしを見つめている。
何にそんなに驚いているのだろう、そう思ったとき、彼女の後ろのシャルさんが、驚いた顔で口を開いた。
「お前…いま、”金属器”って言ったか…?」
『え、はい…』
「なまえ、貴方…」
『?』
「金属器遣いなの?」
「お前も、迷宮攻略者なのか?」
シャルさんとヤムライハさんが驚いた顔のままそう尋ねるので、やっとわたしは思い出した。
彼らが驚愕している意味を。
わたしが迷宮攻略者で、ジンの金属器使いだと言うことを、彼らに明かしていなかったのだ。
だから二人とも、こんなに驚いている。
忘れていたとは言え、変なタイミングでカミングアウトしてしまったなあと、少しだけ後悔した。
『そうです、言うの忘れてました』
「え、マジで…?つーか、なんで王サマ言わねぇんだよ……」
『……金属器遣いだと、何かマズイですか…?』
「いや、マズくはねぇよ、全然。ただ驚いてよ」
「…ということは、貴方のジンの力が、水魔法だと言うことね?」
『あ、はい』
やっと、話がわたしの頭に追いついた。
そっとわたしの肩から手を離したヤムライハさんが、わたしの日本刀に目をやる。
続いてシャルさんも時雨を見るので、二人とも余程驚いたんだな、なんて、どこか他人事のように感じた。
こんなに驚かれることだとは思わなかったのだ、わたしが迷宮攻略者だということが。
つい、と時雨からわたしに目を移したヤムライハさんと目が合う。
「なまえは、金属器を使ってどのくらいのことができるの?」
『…えーと…魔装とか…空気中とかそこら辺にある水を操ったり…?』
「そう…どうやってるの?」
『え…ただ、習った通りに。それと、そうなればいいなって思ったら、そうなるだけで』
「…他に何かしたいことがあって、私のところに来たってこと?」
『いえ、はっきりやりたいことがあるわけじゃなくて…他にもっと、できることがあるなら、身につけたいなー、と』
そう、魔法を学んでいないわたしにできることは限られている。
師匠にジンの金属器のことは習ったけれど、魔法のことについてはほとんど聞いていないのだ。
だから、本当はもっとシトリーの使い方があって、それで更に強くなれるのなら、そうなりたいと思ったのだ。
ヤムライハさんが、ふと微笑む。
「そうね…わたしにできることならば、協力するわ」
『!ありがとうございます、ヤムライハさん』
「ええ。じゃあ、とりあえずその”ジン”の力、見せてくれるかしら?」
『あ、はい』
見せて、ということは、今発動させろということだろう。
ジンを呼び出すため日本刀に手を掛ける。
しかし、その手をシャルさんに掴まれた。
顔を上げると、慌てた顔の彼と視線が絡む。
「おま、こんなとこで金属器発動したら危ねーだろ!建物が壊れちまう!」
『あ、そーですね…すいません』
「なら、これから銀蠍塔に行きましょう。どうせこの後シャルルカンと手合わせするんでしょ?」
「…そーだな、そーするか」
ぱ、とシャルさんの手が離れていくのを見ながら、頷く。
ヤムライハさんの部屋を出て行くシャルさんとマスルールの後ろ姿を見送った。
そういえば、シンさんと出会ってから金属器を発動させるのは、これで二度目になる、そんなことを思い出しながら、わたしも銀蠍塔へと向かう三人の後を追う。