His hateful

「へー、んじゃあお前のは、祖国に伝わる伝統の武器なんだな。剣とは違うのか?」

『日本刀って言うんですけど…まあ、剣とは根本的に違いますかね』

「ほー。でも剣相手でも戦えんだろ?」

『そうですね。やりにくいですけど』

「んなら、今度手合わせしてくれよ!お前かなり強ェって王サマに聞いたぜ」


隣で酒を飲みながら、嬉しそうに言うシャルさんことシャルルカンさんは、話を聞いているだけで剣術が本当に好きなんだな、と分かった。
剣の素晴らしい点を次々に上げ、熱弁している。
しかしがぶがぶ酒を飲んでいるからか、その呂律はだんだん怪しくなっていた。
これは酔っている、んだろうな。
シャルさん本人の話で一人盛り上がるたびに、徐々に距離を詰めてくるので、わたしも少しずつ距離を取る、そんな地味な攻防戦が続いていた。


「なまえちゃんなまえちゃーん」

『あ、…ピスティさん』

「やだ!ピスティでいいよ!なまえちゃんマスルールくんと同い年なんでしょ?私の方が年下だし!」

『あ、そうですか』

「敬語も止めてよー、仲良くしようよー、恋バナしようよー」


隣でシャルさんがふにゃふにゃ喋るのをどうにか聞き取りながら椅子を動かして攻防戦していると、後ろからピスティさん、改めてピスティが抱きついてきた。
その唐突な包容に、驚きのあまり抜刀しそうになったけど、わたしの肩口に顔を乗せて甘えてくるピスティを確認して、刀に掛けた手を下ろす。
恋バナしよーよ、と言われても。


『わたし、そういう話あんまり得意じゃなくて。経験も大してないし』

「ええー?そんなに美人なのにっ!?どーして!?」

『……どーして…と言われても…うーん、子供のころからずっと戦争に出てたし…』


ピスティの勢いに押されながらそう言えば、隣で潰れそうになっていたシャルさんと、わたしに抱きついたままのピスティ、そして正面に座っているヤムライハさんが、一斉に驚いたように顔を上げて、わたしを見た。
6つの瞳がじっと見つめてくる。


『…?』

「戦争出てたって…?」

『ああ…わたし小さい島国出身なんですけど、ずっと内戦が続いてて。いろいろあって、10歳くらい…?から、戦争に出てたんですよ』

「じゅ…十歳なんて、まだ子供じゃない!」


シャルさんの問いに答えれば、ヤムライハさんがそう大声を出した。
そんなに驚くことなのだろうか、と、逆に面食らう。
彼女たちが戦争とは無縁の生活を送っていたのなら、まあ、子供が戦争に出ることを嫌に怪訝に思うのも、納得はいくけれど。


『そうですけど…いろいろ事情があって。まあ、内戦の末、国ごと滅んじゃったんですけど』

「…………」

「……………」

「…なんでそんな、何でもないように話すんだよ」


シャルさんが、アルコールの作用で赤くなった顔のまま、じっとわたしを見つめ尋ねる。
その真剣な顔は怒っているようにも見えて、じくりと心臓が冷えるのが分かった。


『…もう、終わったことなので』


シャルさんの瞳を捉えて言えば、彼が怯むのがわかった。
変に威圧してしまったかと心配になったけれど、仕方のないことなのだ。
わたしは攘夷戦争の結末など、本当は知らない。
本当は日本は滅んでなどいないのに、わたし自身の都合で勝手に消したのだ、国ごと。
それに、過去に過ぎたことをいま嘆いて、一体何になると言うのか。
そんな情けない、未練たらしい、汚い感情は、自分の中にだけあればいいのだ。

わざわざ、他人に見せるべきものじゃない。


『…まあそれが全てじゃないけど、わたしは大した恋愛したことないの。だから恋バナはできないよ』

「ちょ、なまえちゃん空気呼んでよー、温度差がやばいよ?」

『あ、うん…ごめんごめん』

「わたしは平気だけどさぁ…」

『シャルさんもヤムライハさんも、変な空気にしてすいません』


とりあえず謝ると、シャルさんとヤムライハさんが、慌てたように顔の前で手をブンブンと振った。
同じ動きをしている。
仲良しなんだな、と思いながら、テーブルの上の葡萄を口に押し込んだ。


「いやいや、なまえ悪くねーよ、謝んなって」

「そうよ、悪いのはシャルルカンだから!ね、仕切り直して飲み直しましょ!」

「オイ待ててめー、なんで俺が悪いことになんだよお前も同罪だろうが!」

「はあー?いちいちうっさいのよアンタ、だからモテないんじゃないの!?」

「モテねーのはお前だろ喪女が!」

「もー、二人ともやめなよー」


お約束の如く喧嘩を始めたシャルさんとヤムライハさんを見てから、ピスティにトイレへ行くと言って席を立った。

疲れる。
宴の感想は主にそれだけだ。
別に、シャルさんやヤムライハさん、ピスティたちと居ることが嫌なんじゃない。
いちいち、たとえば刀の説明をするのにも日本の話が付きまとって、過去をほじくり返して捏造して話すのが、疲れるのだ。
面倒くさくて嫌になる。
こんなことなら、最初に記憶喪失のフリでもしていればよかった。

このまま自室に帰って寝ちゃおうかな、なんて考えながら、壁が窓のようにくり抜かれた場所へ両手をつく。
身を乗り出すと、鬱蒼と茂る真っ黒な森が、一面広がっているのが見える。
ここに落ちたら、わたしも闇に溶けて消えちゃうんじゃないか、なんて馬鹿げたことを考えた。


「宴は慣れないか?」

『…シンさん』

「疲れた顔をしてるな、なまえ」


優しげな声が向こうからして、顔を向ければシンさんがこちらへ歩み寄ってきていた。
足音は聞こえていたけれど、先ほどまで大勢の女性に囲まれていた彼だとは思わず、少し思考が遅れる。
さっきまで、綺麗なお姉さん方を膝に乗せてヘラヘラしていたのに、今は何もかもを見透かした顔をして、酒の入っているであろうグラスを両手に、微笑んでいる。
そのグラスを片方差し出してくるので、わたしの隣で立ち止まった彼の手からそれを受け取った。
身体をくるりと回して壁に背中を預けると、シンさんは森へと目を移した。


「過去のことを正直に話す必要はないんだよ。面倒ならば適当に誤魔化せばいい」

『…まあ…隠す必要もないし…誤魔化すために言い訳考えるのも、面倒なので』

「そうか」


嬉しげに微笑んだシンさんから目を逸らして、持ってきてくれたグラスに口を付けた。
たぷ、と揺れる薄紫色の液体を口に含めば、アルコール独特の風味と、しつこいまでの甘さが舌を痺れさせる。
甘い、と思い、舌先を少し出し歯で挟んだ。
べ、と舌を出すわたしを見て、シンさんがくすりと笑う。


「近いうちに、国民に君の紹介とお披露目をしなくてはな」

『…いいんですか、わたしなんかで』

「なに心配はいらないさ。俺の選んだ戦士だ、国民はみなすぐに受け入れる」

『…………』

「南海生物でも出れば、お披露目に御誂え向きなんだがな」


南海生物、それは聞いたことがある。
さっき、シャルさんが言っていたのを思い出した。
南国のこの地では、南海生物と呼ばれる巨大な生物が度々出没するらしいのだ。
そして、それを八人将が主で退治することが一つの見世物のようになっていて、その度国民は湧き、南海生物を捕らえたその日は、その祝いとして国全体で”謝肉祭”なるものを催すらしい。

まあ、その南海生物が出没し、それを新参者のわたしが退治してみせれば、国民にわかりやすく、わたしが八人将に加わること、八人将が九人将となること、そしてわたしのことをお披露目することができる、とシンさんは言いたいのだろう。
海から出没する巨大生物、なんて聞くと、第12迷宮で倒したあの巨大生物、ウツボクジラを思い出して、懐かしくなった。


「なまえ、君は…」

『はい…?』

「何故、迷宮攻略しようと思ったんだ?」


シンさんが、ちらりとわたしの腰の刀を見てから、そう尋ねた。
わたしが迷宮攻略者だと知っても、彼は大して質問してこなかったので、特に気にしていないのだと思っていた。
けれど、そう簡単には聞けなかっただけで、気になっていたのかもしれない。


『…友達に、誘われて』

「……友達?」

『はい。その人はわたしの命の恩人で、色々話してるうちに迷宮攻略に誘われんです。最初はよくわからなかったんですけど』

「…………」

『でも、迷宮を攻略すれば…強くなれる、そう聞いて。強くなりたいって思ってたので、友達の誘いに乗って、迷宮に行きました』

「そうか…その、友達とは…」


シンさんが、妙に確信めいた瞳でわたしを見下ろす。
ジュダルの顔が浮かんできて、もう迷宮を攻略したのが1年も前のことなんだな、なんて、しみじみしてしまった。


「…マギか?」

『あ、はい。そうです』

「…………」


何故、迷宮に一緒に行ったのが”マギ”だと、すぐに分かったのだろう。
もしかして、シンさんも七つの迷宮を攻略するとき、マギと共に行ったのだろうか。
考え込むような目をしたシンさんをちらりと見てから、口を開いた。


『迷宮攻略って、マギとセットで行くのが普通なんですか?』

「……いや、一概に”一緒に行くのが普通”とは言わないが…マギに選ばれ、導かれて攻略する者が多いのが事実だ」

『ふーん…』


シンさんが唐突に、グラスの中身を飲み干して、わたしを見る。
その目には、夜の闇と、それと同じ色をしたわたしの靡く髪の毛が写り込んでいた。


「その、マギの名は…」


マギの名前、それをシンさんがわたしに尋ねようとした、そのときだった。


ガシャーン!!


『!』

「!」


突然、シンさんの声を遮るようにして、宴の催されているバルコニーから、そんな大きな音がした。
驚いてそちらを向くも、わたしたちは建物の中にいるので、バルコニーの様子は見えない。


「…大方、シャルルカンとヤムライハのケンカだな」

『…激しいですね』

「いつものことだよ。……さあ、話はこの辺にして宴に戻ろう。主役がいつまでも抜けていては、意味がないからね」


そう微笑んで踵を返したシンさんに続いて、わたしも歩き出す。
シンさんは、厳しい顔をして、確かにマギの名前を聞き出そうとしていた。

その真意がわたしに分かるはずもなく、大して気になどせずに、わたしは、薄紫色の酒を、嫌いなほど甘いのを忘れて。
また一口、口に含んだ。

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