I am pretty

『ねぇ、下ろしてってば』

「もう着いた」


しばらくマスルールの肩に担がれたまま、じたじたと暴れてみたりしてみたけれど、マスルールはわたしを下ろすことはなく、ある大きな部屋の扉を片手で開いた。
お尻を前にして俵担ぎされているわたしには、シンさんの部屋だというその部屋の中の様子は全く見えない。
けれど、廊下まで聞こえていた数人の話し声が、マスルールが扉を開けた瞬間にぴたりと止んだので、中にいるであろうシンさんやジャーファルさん、そしてまだ顔も知らない八人将のみなさんは、きっとわたしのお尻をじっと見ていることだろう。

ここまでくるとわたしは褌のことなんてどうでも良くなっていて、ただ床に下ろして欲しい、それだけを考えていた。


「……遅いと思ったら…何があったんだ…」

「…どうしてなまえを担いでいるのですか、マスルール」

「こいつが拗ねて動かなかったんで」


わたしを肩に担いだまま、ジャーファルさんと会話をするマスルールの頭に肘を強くぶつけてやった。
ゴン、と軽い音がする。


「おい…痛い」

『わたし拗ねてない、嘘つかないでよ』

「……………」


わりと強めに肘鉄を食らわせたのは効いたのか、マスルールが低い声で言った。
少し気分は良くなったけど、同時にわたしの肘も痛いのだ、結局プラマイゼロである。


「…なまえが怒るなんて、一体何をしたんだマスルール」

「はあ。まあ、着替え見てたら怒りました」


呆れた声音のシンさんにそう尋ねられ、またもやデリカシーの欠片もない返答をしたマスルールの後頭部に、もう一発肘鉄を食らわせる。
ゴン、と音を出してぶつかった肘が痛かった。
しかしマスルールも肘をぶつけた後頭部を右手で触ったので、痛かったのだと思う。


「………そりゃ、怒るだろ…」


ふと、知らない声がそう言った。
その声の主はわたしの味方らしいけど、わたしにはまだマスルールの背中とお尻と今来た廊下しか見えないので、お礼を言うこともできない。
そしてマスルールの背中をぐっと押して肩から降りようとするけれど、何故か膝の裏を掴んだまま離してくれないので、降りることもできない。


『ちょっと…下ろしてってば』

「……………」

『……もう…マスルールしつこいよ。早く下ろして。頭に血が上って爆発する』

「頭は爆発しない」

『…………』

「おいマスルール、下ろしてやれよ。お前何生意気に女の子弄んでんだよ。ホントに頭爆発したらどーすんだ?」

「はあ。まあ、頭は爆発しませんよね」

「てめー…貸せ!オラ、代われ!だいたいお前マスルールのくせに女の子抱っことか生意気なんだよ!」

「抱っこじゃないスけど」


なんか、わたしを担ぎ上げたままマスルールは誰かと口喧嘩を始めてしまった。
頭に血が上ってくらくらする。
もう暴れる力もなくて、だらりと手足を投げ出せば、シンさんの笑い声が聞こえた。


「マスルール、とりあえずなんかぐったりしてるからなまえを降ろしてやってくれ」

「了解」

「おいお前俺の言うことは無視して王サマの言うことはすんなり聞くのかよ!」


シンさんの優しい声音がそう言うと、わたしはやっと地面に足をつけることができた。
ずっとマスルールの肩が食い込んでいたお腹は痛いし、なんか気分も悪い。
全てマスルールのせいであるわけだけど、マスルールはすでにさっきから口喧嘩していた人に怒られていたので、何も言わなかった。
マスルールの隣からそっと移動してジャーファルさんの隣へ立つと、彼は優しい笑顔で「大丈夫ですか」と尋ねてくれた。
それに頷いてから、シンさんの部屋だという大部屋の中を見渡した。
豪華な部屋の中には、シンさんとジャーファルさん、マスルールと、そして知らない人が6人ほどいる。
その中の一人を目に移した瞬間、身体がびくりと跳ねた。
その人の姿に、重なる面影があった。

その、ワニのようなドラゴンのような頭を持つ、体は人間、という姿が、前の世界で戦った天人に、すごく似ている。


「どうかしましたか?」

『え…?』

「怯えているように見えます」


小さな声で耳打ちをしてくるジャーファルさんに、大丈夫だと声を返した。
大丈夫、あの人は天人なんかじゃない。
そういえば、レームで師匠が眷属器について話してくれた時、人間離れした姿になることもある、と聞いたのを思い出して、小さく、深く息を吸った。
天人がこの世界にいるはずがない。
あの人はきっと、シンさんの眷属器の関係で、ああいう姿になったのだ。


「さて、全員揃ったところで紹介しよう。なまえ」


奥の椅子に腰掛けてわたしを呼んだシンさんに、ゆっくりと歩み寄る。
部屋にいる、全員の視線が一身にわたしに向いていて、少しだけ居心地が悪かった。
シンさんの隣で立ち止まって前を向くと、正面にいるマスルールと目が合う。

ジャーファルさんとマスルールを含めた男が6人、女が2人、ここにいる八人がシンドリアの八人将と呼ばれる人たちだろう。
一番端に白色の髪の毛を持つ褐色の肌の、軟派な格好をした男の人を見つけて、その髪の毛の色からシトリーを連想した。
綺麗な色だ。


「さっき話した通り、八人将に新たに加わる、なまえだ。これからは九人将になるな。なまえ、ざっと自己紹介を」

『あ、はい……えーと…なまえです。出身国は戦争で滅びました。…いろいろあってシンさんにお世話になることになりました……嫌いなものは虫です、よろしくお願いします』

「うん、ホントざっくりだね」


隣でシンさんが複雑そうな声を出す。
でも他に言うこともないので、ペコと頭を下げてから顔にかかった髪の毛を耳にかけた。
顔を上げると、さっきシトリーを連想させた白色の髪の毛の男が、じっとわたしの刀を見つめていることに気付く。


「まあいいか…なまえ、君の前に居るのが八人将の、右端からジャーファル、スパルトス、ヤムライハ、マスルール、ドラコーン、ピスティ、ヒナホホ、シャルルカンだ。シャルルカンはこの国一番の剣の使い手だから、君と気が合うんじゃないかな」

「おー、やっぱその腰のって剣なんだ。変わった剣使ってんな!」


シャルルカン、とシンさんに紹介された、白髪で褐色の肌の男が、軽い調子で話しかけてきた。
この声は、さっきマスルールと口喧嘩していた人だとわかり、少しだけ好感を持った。
それに、シンさんがこの国一番、と言ったということは、シャルルカンさんはシンさんよりも剣の腕が良いということ。


「剣はいいよなァ、お前とは気が合いそうだぜ!よろしくな、なまえ」

『よろしくお願いします、シャルルる、カン…?…シャル、ル、カンさん』

「おお…言いにくかったらシャルでいいぜ」

『すいません、ちょっと滑舌悪くて…よろしくお願いします、シャルさん』


やはりカタカナの名前、しかもラ行が続くと慣れない並びが言いづらくて、噛んでしまう。
手を差し出してきたシャルさんの手を軽く握ると、すぐにぎゅっと握りしめられた。
ずいぶん人懐こい握手だな、と思いながら、ニッと笑うシャルさんに薄く笑みを返した。


「なまえ、貴方魔法には興味はない?」

『…いや、魔法はちょっと…使えないんで』

「えーっ、なまえみたいな可愛い女の子が剣術なんて勿体無い!」

「んだとヤムライハ!お前剣術馬鹿にしてんじゃねーよ、剣に男も女も関係ねーし!」

「うるっさいわね剣術馬鹿!いちいち口挟まないでよ!!」


歩み寄ってきた水色の髪色の、ヤムライハさんの勢いに一歩後ずさると、何故かシャルさんがキレ気味に乱入してきて、そのまま二人は掴み合いの喧嘩を始めた。
なんでこの人たち喧嘩してるんだとうと思って見ていると、スパルトスさんが、いつものことだから、と困り顔で笑ってくれた。

それから、ドラコーンさんやヒナホホさん、ピスティさんともお話して、それぞれ握手をしてから、一番安全であろうジャーファルさんの隣へと戻る。
シャルさんの近くにいたらヤムライハさんとの喧嘩に巻き込まれるし、ピスティさんは何故かいきなり恋バナしようなどと誘ってくるし、ドラコーンさんはその見た目から少しだけ苦手意識を感じるし、まあ、総合的に考えて、ジャーファルさんの近くが一番安全なのだ。

本当のところ、八人将の人たちと顔をあわせることに不安を感じていた。
いきなりこんな小娘が現れて、納得して貰えないだろうと思っていたから。
けれど、睨みつけられたり何か言われたりするんだろうな、と覚悟を決めていたと言うのに、八人将のみなさんは誰一人不満そうにするでもなく、笑顔で手を差し出してくれた。
これはシンドリアの国民性、みたいなものなのだろうか。


「さーて、今夜は八人将が九人将になる祝いと、なまえの歓迎会を兼ねて宴を開くぞ!」

「おーマジっスか!!なまえ俺と飲もうぜ、朝まで剣術について語り合おうじゃねーか!」

『え、ああ…』

「ダメよ!なまえはわたしとピスティと女子会するの、アンタなんかに任せたら汚れるわ!!」

『…………』

「あんだとクソ女ァ!!」

「何よ剣術馬鹿!!」

『……………』


何なんだこの二人、暇さえあれば口喧嘩しているのだろうか。
それとも実は恋仲で、喧嘩するほど仲がいい、みたいな感じのコントを見せつけられているのか。
大声でなじり合う二人に素直に引き、少し後ずさると、とん、と背中が後ろにいた誰かにぶつかってしまった。
振り返ると、輝く鎧が目に入った。
それを辿り見上げていけば、真っ赤な瞳と目が合った。


『あ、ごめんマスルール』

「…あぁ」

「なんだマスルール、お前なまえと仲良いのか!?言っとくけどなまえは今日は俺と飲むんだかんな!」

「はあ。まあ、コイツ酔うと泣き出すんで気をつけたほうがいいスよ」

「は?マジ?…まあいいや、そんときゃ俺も一緒に泣いてやるよ!行こうぜなまえ!」

『あ、はい…』


いちいち絡んでくるマスルールの真意はわからないけど、相手にするだけ面倒なのでシャルさんに従う。
シャルさんは、馴れ馴れしく肩を組んでくると、自前の剣術論について語り始めた。
正直西洋の剣術についてはチンプンカンプンだけど、とりあえず適当に相槌を返す。
後ろで、ヤムライハさんが「何抜け駆けしてんのよ!!」なんて叫ぶので、シャルさんがわたしの隣で怒鳴り返して、うるさかった。



「ジャーファル、なんかマスルールが…」

「シャルルカンに肩を組まれて迷惑そうななまえをじっと見つめてますね」

「……な、やっぱりなまえを迎え入れて正解だっただろう。周りにも面白い変化が起きてるぞ」

「…まあ、退屈はしないかもしれませんね」


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