I think that

シンドリア王国。
わたしの祖国と同じ島国であるけれど、全くその姿は違った。
まず南の国だ、ここは。
暖かく植物が生い茂り、人々は皆笑顔を絶やさない。
きっとシンさんの人柄がそのまま、王国にでもなってるみたいに。

八人将に就いてくれと言うシンさんの申し出に頷いたわたしは、この国で守護神と呼ばれ人気のある英雄の形を変えようとしている。
まず、わたしが入ることで名称は”八人将”ではなく”九人将”なんて言う呼びにくいものになるし、どこからか湧いてきた新参者の小娘がその名を担ぐのだ。
どれだけ非難されようとも仕方ない、そう覚悟を決めて、国民に歓迎されながら船から降りたシンさんたちと共に、王宮へ向かっている。


「なに心配することはない。全員いい奴らだからな、なまえ」

『はあ……』

「ああそうだ、頼んでいたものは用意できたかな?ジャーファル」

「先ほど用意を済ませたと連絡を受けましたよ。侍女たちが大慌てで用意したそうなので、後で謝らないと…」


楽しそうにジャーファルさんへと訪ねたシンさんは、その笑顔のままわたしの方を向き直った。


「さあ、ここが今日からなまえも住む、シンドリア王国の王宮だ」

『……でかいですね』

「前から思っていたんだが、お前は少しリアクションが薄いぞ」

『…すいません』

「まあそんなところもいじらしくて可愛いが…」


わたしのどこが、一体いじらしいというのか。
いじらしい、の意味をわかって言っているのかな、なんて思いながら、初めて目にした大きくて豪華な王宮に、素直に感動した。
こんなの、漫画でしか見たことない。
なんだか、この世界に来てから、そう思うことが多い気がする。
シンさんに背中を優しく押され、わたしは王宮の中へと足を踏み入れた。



「マスルール、なまえを部屋へ案内してやってくれ。お前の部屋の真下だ」

「了解…」

「ジャーファルは、他の八人将を俺の部屋へ集めておいてくれ」

「わかりました」

「なまえ、部屋に官服を用意させているから、お前もそれに着替えたらマスルールと一緒に俺の部屋へおいで」

『あ、はい…』


シンさんはそう言うと、わたしの頭をくしゃりと撫でてから、廊下の奥へ歩いて行ってしまった。
ジャーファルさんも彼に言われたように、八人将の人たちを呼びに行ったんだろう、振り返ったら既に姿はなかった。
そしてわたしの着替えや生活用品などを詰め込んでいる大きな荷物を担いでくれているマスルールも、呆気にとられるわたしを置いて、廊下を歩き出している。
振り返った彼は、真っ赤な瞳でわたしを見下ろして、棒立ちのまま何も言わない。


『…………』

「…………」

『…………』

「……行くぞ」

『…うん……』


やっぱりわたしはマスルールについて行くのか。
ぼーっとしすぎていた、と反省しながら、マスルールに駆け寄った。
わたしの隣を歩く、背の高い彼を見上げて、頭の中で尋ねたい事柄を整理した。


『ねぇ、官服って何?』

「…ジャーファルさんが着てるヤツだ」

『制服みたいな感じ?』

「まあ…王宮に居る奴はだいたい着てる」

『マスルールは着ないの?』

「…うるさい」

『…え、何が?』

「……質問が多い」


情緒が無さ過ぎるのでわからなかったけど、質問が多くてマスルールは怒っているらしい。
いや、困っているのか。
よくわからないが、うるさい奴は嫌いらしいので、質問はあと一つにしよう、そう決めてから、階段を登っていくマスルールを見上げる。


『じゃ、あと一つだけ』

「………」

『いまどこ行ってるの?』

「シンさんがお前に用意した部屋だ」


わたしに用意してくれた部屋、ということは、わたしがこれから住むことになる部屋ということか。
わたしが王宮に暮らすことに決まったのは港に到着してからなのに、何故既に部屋が用意されているのだろう。
そういえば、さっきジャーファルさんが”侍女たちが大慌てで用意した”とか言っていたから、港に着いてからわたしの部屋を用意するように命じられた王宮の侍女さんたちが、急いで用意してくれたということだろう。

なんだかものすごく、罪悪感を抱く。
別にわたしは野宿でも構わないのに。
後でわたしも謝りに行こうかな、などと思いながら階段を登り続けると、最上階から下に数えて二つ目のフロアで、マスルールが足を止めた。
その大きな背中にぶつかりそうになるも、直前で足をつっぱりどうにか事無きを得る。
そしてマスルールは、スタスタと広い廊下を左に歩いていって、奥から二番目の部屋の前で足を止めた。


「ここだ」


マスルールの後ろから部屋の中を覗き込むと、女1人にはどう考えても広すぎる、豪華な内装が目に飛び込んできた。
奥にはキングサイズの柔らかそうな、天蓋付きの真っ白なベッド。
壁には大きくて豪華なタンスみたいな棚がいくつかあって、ドアの付近には文机まで置かれている。
ベッドの隣には小さなテーブル。
そして部屋の中央に赤を基調とした可愛らしいソファが二つ、向かい合うように置かれていた。


『……………』

「……………」

『…ひ…』

「…ひ?」

『………広すぎる…』


もっと小さな、寝るだけできる部屋で良かったのに。
あまりの豪華さ、広さに他に感想が浮かばない。

それでも、シンさんは着替えてから来い、と言っていたので、待たせるわけにもいかず、広すぎる”わたしの部屋”に入った。
綺麗に磨かれた床を進んでベッドの側へ行くと、ベッドの上に”官服”と呼ばれる、白地に緑色のラインの入った着物が置かれているのを見つけた。
何着か重ねて置かれているそれの下に、白いシャツも置かれている。
わたしシャツ嫌いなんだよな、と思いながら、後ろにいるマスルールを振り返った。


『ねぇ、このシャツ?って、着なきゃいけないの?』

「いや、どっちでもいい。多分」

『……多分?』

「着方は自由だ」

『………』

「多分」

『…こないだからなんかからかってくるけど、それって意地悪してるの?』

「まあ…お前の怒った顔が変で」


わたしの荷物の入った大きな袋をソファの脇に置いてそう言ったマスルールに、怒ればいいのか困ればいいのかわからなくなる。
怒った顔が変、って、すごく失礼なことを言われたけれど、そもそも変な顔見たさに人をからかうマスルールの方がおかしい。
考えた末、まあ自由なら着なくていっかという結論に至った白いシャツをベッドの上に放り、腰紐から日本刀を抜いて、シャツの上に置いた。
右側の腰骨の上で結んでいる帯を解くと、しゅるりと布擦れの音がして、帯の締め付けから腰が解放される。
そして帯を腰から引き抜けば、着物の前がはだけて裾が床の上に広がった。
解いた帯を口に咥えようとしたとき、はっと気付く。

マスルールが居るの、忘れてた、と。
しかも扉開けっ放しで普通に着替えていた。
運良く扉に背を向けるようにして立っているので、マスルールからは着替え途中の背中しか見えないだろうけど、一応顔だけで振り返る。
いくらマスルールでも気を利かせて目線くらい避けてくれているかな、と期待したけど、振り返ったさきでは、彼の真っ赤な瞳と視線がかち合った。


『………普通女の着替え見る?』

「まあ、男なら見るんじゃないスか」

『…なんでいきなり敬語なんですか』


こいつはどういう男なんだろう。
さっさと着替えないといけないのに、マスルールがガン見して来るせいで大幅に遅れている。
確かに何も言わずに着替え出したのは悪かったけど。


『こーいうときは、静かに扉閉めて外で待ってるもんだよ紳士なら』

「まあ、紳士じゃないんで」

『……目腐っても知らないよ』

「はあ。まあ、大丈夫なんじゃないスか」


突然の敬語と”まあ”の連発、そして遠回しな『見るな』の無視は、おそらくマスルールなりにわたしをおちょくっているんだろう。
まあ、見たいのならば見ればいい。
本当は人目に晒すのなんて御免だけれど、ここでいまさら、マスルールに『見ないで』なんて言ほうが恥ずかしいような気がしてしまうのだ。
少し俯けば、髪の毛が垂れてきて、顔にかかった。
まあ、隠すべきところはサラシを巻いて隠しているわけだし、今こうしている間もシンさんたちを待たせているわけだし、さっさと着替えるしかないわけだ。
息を吐いてから、腕を少し後ろに折り曲げた。
肩から、するっと着物が落ちていく。
地面に裾が付きまくっているので、軽く畳んでからベッドの上に置いた。

わたしの背中には大きな刀傷があるけれど、胸からヘソの上まで巻いたサラシによって、少しは隠れているだろう。
黙ったままベッドの上から与えられた官服を取って、帯を口に咥えてから、袖を通した。
ひんやりとしたそれに、少しだけ切なくなる。
襟の真ん中を持ち上げて裾の長さを合わせ、着物を着るように左右の襟を重ねた。
もちろん右前、左側の襟が上だ。
そして咥えていた帯を腰骨の上で固定して、腰へと巻きつけていく。
右側の腰骨の上で端を結び、腕を袖から抜いて懐に入れ、形を整えたらお終いだ。
まるで着流しのように着ているけれど、着流しとは作りが違うので、やっぱり右脚の付け根のあたりまで露出してしまうのが難点だが、白い布をこれでもか、と巻きつけるよりはマシに思えた。
ベッドに置いていた刀を取り、左側の帯の間に差し込んでから、シンさんたちの元へ向かうため振り返った。

そこには、案の定マスルールが背中で腕を組んで棒立ちしていて、変わらずじっとわたしを見つめている。


「…なんでケツだけ布巻いてるんだ」

『……わたしの居た国では下着付けるのが普通だったの』

「下着?」


普段は全く喋らないくせに、要らぬことに突っ込んでくるマスルールにかあっと頬が熱くなる。
この世界では、下着を着けないのが普通らしいけど、わたしの居た世界では男も女も褌巻いてあそこを隠していたし、天人が着てからは、パンツとかいう画期的な下着も流行っていた。
でもこの世界でパンツなんか手に入るわけもなく、仕方なく薄布を買い込んで、褌のように腰に巻いているのだ。
薄いから着物に響かなくていいや、と思っていたけど、マスルールのデリカシーのなさに頬が熱くなっていく。


『…あそこを隠すのに履くものだよ』

「…布を巻けば済む」

『もう…っ、うるさい!』

「……………」

『あ…あんたらみたいにぐるぐる布巻きまくったら、足に纏わり付いてうざいんだもん、踏んで転ぶの、慣れてないから!』


頬が赤くなっているんだろうな、と思う。
羞恥のあまり怒鳴ってしまったけれど、マスルールは変わらずわたしを見下ろしてくるし、なんかもう、イライラする!
褌なんて見られて恥ずかしくないわけがない。
前にも後ろにも余り布を垂らしてるから、そこまで恥ずかしい見た目じゃないとは思うけど、だけど恥ずかしくて死にそうだった。


『それにこれが普通だったの、この間までは……でも丁度いい着物もないし…』

「……そうか」

『………………』

「……行くぞ」

『………………』


マスルールが何を考えてるかわからないから、余計恥ずかしいのだ。
呆れてるのか、それとも引いているのか。
別にこいつに何と思われようが構わないけど、わたしだって女なわけで、そういう下着事情的なのは、できれば誰にも知られなくなかった。

口では急かしながらも、わたしを置いていこうとはしないマスルールに、イライラを通り越して悲しくなってくる。
なんでわたし、こんなデリカシーのない岩みたいな男のためにこんなに怒ってるんだろう…。
もういい、気にするのはやめよう。
考えてみればわたしの言い分は当然なのだ、おかしくなんてない。

そう思って、部屋から出ようと足を進めた、と同時に。


『わ、!、っ!』


何時の間にか至近距離に近付いていたマスルールに、ひょいっと肩に担がれた。
驚くわたしなんて意に介さず、彼はそのまま歩き出す。
マスルールが歩くたびに、硬い肩にお腹が刺さって苦しくて痛い。


『お、下ろしてよ、歩くから!』

「……………」

『ねぇ、苦しいし、ちょ、マスルールってば』


わたしにはマスルールの背中と遠ざかっていくわたしの部屋の扉しか見えなくて、しかも視界が上下に揺れて怖い。
慌ててマスルールの服を掴んで、わたしの膝の裏を掴んで歩いているマスルールの顔を振り返ろうとするけど、残念ながらわたしのお尻と並んでいる彼の後頭部しか見えなかった。

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -