The reason to take a life

「なまえには、シンドリアの八人将に入ってもらいたいと思っている」

『…はち…?』

「はあ!?何言ってんですかアンタ!?なまえはシンの下に付くような器じゃないでしょう!既にジンの金属器を所有している、王の器なんですよ!?」

「細かいことはいいだろう、別に。問題はなまえがしたいかしたくないか、だ。…あ、でもなまえが入ると八人将でなく、九人将になるか!」

『……はあ……?』


シンドリア王国に到着すると、島の自然の多さや人々の豊かさ、町の活気に感動するよりも前に、船を降りるよりも先に、シンさんがそう切り出した。
わたしにはよくわからないが、ジャーファルさんが酷く慌てながら怒っているので、シンさんはとんでもないことを言っているんだとわかる。


『八人将てなんですか?』

「…八人将とは、シンドリア王国内で最強と謳われる八人の戦士のことです。みな、シンの家臣の立場になるのですが…シンドリアの守護神、とも言われています」


シンドリアの守護神。
すごい響きだなと、どこか他人事のように感じる。
そんなすごい立場にお誘い頂いたのは、もちろん誇らしいし嬉しいけれど、その前に気になることが多すぎて素直に感動できやしなかった。
自信漲る笑顔でわたしを見下ろすシンさんを見上げて、首をかしげる。


『わたし、ずっとシンドリアに留まる気はありませんよ。もとの目的は旅なので』

「愛し合う相手を見つけるための旅だろう?」

『………まあ、平たく言うとそーですね』

「なまえがシンドリアに永住する気がないのは分かってるよ。だが、我が王国にその探している相手がいたら、君はどうするんだ?」


シンドリアに、わたしを愛してくれる人を見つけたら?
何故シンさんがそんなに自信満々な顔をしているのかは全くの謎だけれど、考えてみる。


『…まあ……住み着くでしょうね。その人と一緒に居たいので』

「だろう?ということは、なまえがシンドリアに永住する可能性だって十分にあるわけだ」

『でも居ないかもしれないですよ。見つからないまま次の国へ行きたくなったら、わたし勝手に旅に出ますよ』

「それはそのとき考えよう。今は、俺の元で八人将の仲間入りをするか、それを考えてくれ」


ジャーファルさんが、シンさんの向こうで頭を抱えている。
そりゃあ、どこの馬の骨とも分からない旅人をいきなり、国の英雄的ポジションに追加するだなんて、国民や既に八人将に就いている人たちから非難されたっておかしくないのだ。
それにそんな実力をわたしが持っているのかすらわからない。

けれど、魅力的な話ではあった。
シンさんに何か恩返しがしたいとは思っていたし、剣の鍛錬も怠りたくなかったし。

しかし、問題もある。


『シンさんのために戦いたい、とは思いますよ』

「おおっ…シンさんのために、なんてなまえに言われるとドキドキするなぁ…」

『たくさんお世話になったし、信頼してるし、尊敬してるし、すごい人だと思うし』

「なまえ、あまり褒めるとシンが調子に乗りますよ」

『あ、すいません……まあ、とにかくシンさんの元で戦うっていうのは、願ったり叶ったりって感じではあります』

「本当か!」

『はい…けど、シンさんを主人として忠誠を誓うなんてことは、できません』


見上げたままそう言えば、シンさんは少し目を見開いて、両腕を広げたままぴたりと動きを止めた。
この両腕は、わたしを抱きしめようとでもしていたんだろうか。
じっと彼の紫色の長髪を見つめると、一度見ただけのシトリーの姿を思い出した。


『わたし、今まで誰かに忠誠心を抱いたことも、それを糧に戦ったこともありません…もしもこの先、シンさんに忠誠心を抱いたとしても、きっとそれはわたしの戦う理由にはならないと思います』

「…なまえはこれまで、何を糧に、何を理由に、戦ってきたんですか?」


ジャーファルさんの静かな問いに、思い出す。
違う世界で侍として戦っていたあの9年間を。
まだ一年しか経っていないのに、それははるか昔のことのように感じられた。


『愛した人を護りたいって、それだけでした。まあ、今はそんな人いませんけど』

「……………」

『…けど、護りたいって思える人は、もう何人か居ますよ。…まあ、その人たちはわたしなんて必要ないくらい強いですけど』


なんだか恥ずかしくなって、尻すぼみな言い方になってしまった。
頭に浮かぶのは、何人かの人たちの、わたしを見る顔だ。

わたしの命を助けてくれて、友達になってくれたジュダル。
怪しい小娘を船に乗せてくれて、たくさんお話をしてくれた、船乗りのおじいさん。
無知なわたしに、戦う術を教えてくれたガロシュ師匠。
そして、腐りかけていたわたしに手を差し伸べてくれた、シンさんとジャーファルさん、マスルール。

ふと、ジュダルの照れた顔を思い出して、笑いが込み上げた。
ふ、と息を吐きながら笑ったわたしを見て、シンさんも笑う。
ジャーファルさんも、呆れたように笑ってくれた。


「なまえ、忠誠心などいらない。俺も、その”護りたいと思える人たち”の中に、入っているだろう?」

『………』

「君がいつかこの地を旅立つのなら、それを俺は笑って見送ろう。それまでか、もしかしたらずっと。なまえの、大事な何かを”護りたい”、そのまっすぐな気持ちのまま、その”刀”、この国で握ってくれないか」


まっすぐにわたしを見つめるシンさんの後ろに、豊かな国が見える。
活気溢れる、明るい、わたしの憧れた国だ。
こんな国を、彼は作り上げたのだ。
なんてすごい人だろう。
羨ましくて、目がくらむ。


力強く伸ばされた彼の手をそっと取った。
シンさんは、出会った時のように、わたしの手の甲に優しくキスを落とす。
人の体温にぞっとしながらも、わたしは自然と笑っていた。
わたしたちを乗せた大きな船が、汽笛を鳴らす。


「ようこそ、シンドリアへ」


わたしはシンさんの家臣になんてなれない。
忠誠心なんて抱けない。
主だなんて思えない。
けれど、いつか彼を護りたい。
彼らや、彼らの大切なこの国民を、護りたい。
シンさんは、それたけでいいと笑ってくれた。

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