somebody some

「おおなまえ!起きたか、丁度夕食の時間だ、お前の好きな魚が大量に釣れたぞ!」


わたしは10時間近くも眠っていた。
こんなことは生まれて初めてだったので、目が覚めてあたりが暗くなっていることに気付いたときは、世界に何か異変でも起きたのかと思った。
けれど、わたしが起きたときにベッドから降りた音でも聞き付けたのか、ノックも無しにドアを開いたマスルールによって、世界には何の変わりなく、わたしだけがただ眠っていたのだと知る。
そして、お風呂に入ってから着替えて甲板に出ると、シンさんが笑顔で迎えてくれた。


「ん?初めて見る服だな、着替えたのか?」

『起きてからお風呂いただいたので』

「そうかそうか、あ、言い忘れていたな。おはよう、なまえ」

『おはようございます、シンさん』


にっこりと笑ってから、わたしの頭に手を置いたシンさんは、魚を焼いている乗組員のところへと歩いていった。
あんなことを話しても、接し方を変えないでいてくれるのはありがたい。
わたしが他人の体温が怖い、と言ったせいで、これまで頻繁だったスキンシップがいきなりゼロになんかなったら、こっちが申し訳なくなってしまう。

そういえば、新しく下ろした着物を着ていることに気付いてくれたのは嬉しかった。
中から甲板に出てきたジャーファルさんと目が合うと、優しく笑いかけられる。


「おはよう、なまえ。その服は初めて見ますね」

『おはようございます、ジャーファルさん。さっき下ろしました』

「そうですか。よく似合っていますよ」

『あ、それはどうも…』

「なまえは、赤色が似合いますね」


赤色が似合う。
初めて言われた。
そうなのかな、と思い自分の着物を見下ろすと、赤地の着物のすそに、一輪の大きな白い花があしらっているのに気付く。
バザールで適当に見繕って纏めて買ったやつだから、こんな刺繍がしてあることを今知った。
着物の合わせから露出している右足を伸ばして、よく見える白色の花を見下ろす。
その花は百合のような、彼岸花のような、何かはわからないけど、とにかく花だ。
大きな花。

いつからそこにいたのか、わたしの隣に立って、両腕を自分の背中に回す、いつものポーズで見下ろしてくるマスルールに、着物の裾にあしらわれている真っ白な花の刺繍を指差して見せた。


『ねぇ、これどう?』

「…筋肉が無い」

『……いや、脚じゃなくて』

「…サラシで潰してあるからより小さく見える」

『…胸の話でもないよ、この花の刺繍の話だよ』


分かっててからかっているのかは知らないけど、わたしの胸をじろりと見て失礼なことを言うマスルールの腕を叩く。
ぺち、と情けない音を出しただけで、筋肉ムキムキのマスルールにそんな小さな攻撃が通用するはずもなく、むしろこっちの手が痛かった。
じっとわたしの足元、おそらく着物の裾を見下ろすマスルールは、顔は動かさずに目だけで下を見るせいで、まるで「下民は俺の靴でも舐めてろ」みたいな顔になっている。


「…花だ」

『うん』

「………」

『……』

「お前も少しは筋肉つけた方がいい」


花をどう思うか聞いてみたのに、脚の話に舞い戻った。
多分なんとも思わなかったんだろう。
日本の着物と違って作りが違うから、着流しのように着るといつも着物の合わせから右脚が露出してしまう。
しかも太腿の付け根近くまで。
そのせいでわたしの筋肉の無さが露見してしまっているので、これからは筋トレするか、それか脚を隠すためズボンでも履くか。
いや、そこまでプニプニというわけでもないし、わたしから見たら他の女と比べたら筋肉質な方かなと思ったけれど、ガチムチのマスルールには通用しなかったらしい。
筋トレはいいとしても、ズボンって動きにくそうで嫌なんだよな、なんて思う。


『…うん、まあ、そのうち付くよ』

「………」

『………』

「………」

『…お腹すいたね』

「……あぁ」


2人揃って、大量の魚を焼いているシンさんたちに目をやる。
香ばしい匂いが漂ってきた。
シンさん、約束通りわたしの好きな魚、いっぱい用意してくれたんだな。
自然と顔が綻んで、口角が上がった。

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