『どれくらいでシンドリアに着くんですか?』
「このまま海が荒れずに進めば、三日ほどで到着だ」
『三日……』
思ったよりも掛かるんだな、と思いながら、夜の海を見つめた。
夜の海は怖い。
どこからが空で、どこからが海か、わからなくなる。
そんなふうに不安になれば、わたしが今どこにいるのかさえ、わからなくなるから。
いま、わたしたちは甲板に布を広げて酒を飲んでいる。
わたしは日本酒が好きだったけれど、こっちのお酒もまあまあいける。
甘いのもあれば日本酒に似たものもあって、飲み比べが楽しい。
いらないことを考えないように、目の前の酒を呑み下した。
「なまえ、あまり飲んで酔っ払うとシンに寝室に連れ込まれますよ」
『えー…』
「俺はなまえの嫌がることはしないさ」
「どうだか…」
ジャーファルさんが苦い顔をする。
シンさんは女関係に関しては全く信用がないんだなあと分かった。
わたしの隣では、マスルールが顔色ひとつ変えず酒を飲んでいる。
彼はファナリス、という戦闘民族の末裔らしいけど、強靭な肉体だとやはり酒にも強いのだろうか。
ピッチが早かったからか、それともお酒が強いからか、急にアルコールが回ってきた。
くらりとして、思わず目を瞑る。
「…どうした」
『いや…ちょっと、立ち眩み』
「座ったままどうやって立ち眩みになるんですか。アルコールが回ったんでしょう、少しピッチが早いですよ」
『そうですね、ちょっとお水…』
ふわふわと気持ちがいい気もするけれど、酔うと嫌なことを思い出してしまう気がした。
水をピッチャーのまま差し出してくれるマスルールから受け取って、そのまま喉に流し込む。
冷えた水は、ぼんやりしていた頭をきんと冷やした。
ピッチャーを床に置くと、手が傍に置いていた刀に当たって軽い音を立てる。
びくり、手が震えた。
刀を鞘に収めたときの、カチャ、という高い音と、同じ音がしたから。
その音は、わたしが斬った相手が死にゆく音。
目の奥で、ガロシュ師匠の声が木霊する。
「お前のルフは少し濁っているが、心配ないだろう…お前は強い、その色も、白ではないが、美しい色だ。お前の刃に似た、銀色をしている」
銀色。
「なまえ、桃は好きか?」
『…桃…?』
「あぁ、今朝出港前に買ったんだ。甘くて美味いぞ」
シンさんが手渡してくれたそれは、桃色の小さな果物だった。
たしか、前にジュダルが食べていたものも、これだった。
やっぱりあれは桃だったんだなぁ、と、その桃を着物の袖で拭いてから、直接口を付けた。
『美味しいですね』
「あぁ、しかし俺にはなまえの方が美味そうだ」
『お腹壊しますよ』
冗談で返せば、シンさんとジャーファルさんが笑った。
わたしもつられて笑う。
しばらくこの人たちとシンドリアに居よう。
それからのことは、また考えればいい。