hey,

『……すごい…』


初めて、こんな大きな船に乗った。


hey, my cool


一年と少し前、わたしは参加していた攘夷戦争で天人に刺され、死にかけたのか本当に一度死んだのかはわからないけれど、何故かこの世界へとやって来た。
そして、死にかけていたところをジュダルに助けてもらい、一緒に迷宮を攻略し、別れたのだ。

迷宮を出るとき、入るときと同じ粘膜に吸い込まれたわたしは、しばらく眠っていたらしかった。
そして目を覚ましたとき、宝を詰めた袋と一緒に、迷宮のあったはずの場所で寝ていた。
しかし迷宮はわたしが攻略したからか跡形もなく消えていて、そこは第12迷宮跡地、と呼ばれ、攻略者としてわたしも少しだけ有名になってしまった。
1人の少女が迷宮を攻略した、と。
少女なんて年でもないし、そもそもわたし1人の力で成せたことではなかったから、居心地がすごく悪かったのを覚えている。
そして、一緒に世界制服しようぜ、なんて笑っていたジュダルが、わたしのもとに戻ってくることはなかった。
なんとなくもう会えないような気がしていたから、わたしはしばらくその地で過ごしたあと、ジュダルに言ったとおり、旅に出た。
とりあえず煌帝国を出て、違う場所へ行ってみたかった。
それで、近くに港があったので、そこに留まっていた小さな船の持ち主のおじいさんに頼み込んで、レームへ向かうと言うその船に乗せてもらうことができた。
おじいさんはいい人で、わたしにたくさんのことを教えてくれた。

迷宮から持ってきたお宝については、とりあえずマトモな場所に売って相当なお金に換金してから、必要な分の着物や帯、化粧品や生活用品を購入して、それでもだいぶ残った大金は、分厚い袋の底に隠しておいた。

そしてレームの地に到着し、わたしはとりあえず手っ取り早く剣の腕を磨くため、道場破りのように片っ端からコロシアムへ出向き、強者と競い合いながら、何度かチャンピオンとなった。
そして、何度目かのそこで、ジンの本当の力について知った。

魔装、というものだ。
それをわたしに教えてくれたのは髭を蓄えた魔法使いのおじさんだった。
それからは、コロシアムへ道場破りをしに行くのを止め、ガロシュ、と名乗ったそのおじさん相手に、魔装や金属器を使いこなす鍛錬を重ねた。
ガロシュは水魔法を得意としていたので、わたしのシトリーと相性が良かったのだ。
わたしはガロシュと数ヶ月間鍛錬をしたり、お互いに話をしたり、文字の読み方なんかを教わったりした。

そして、魔装をほとんど完成させてから、わたしはガロシュと別れた。


「世界を知りたいのなら旅を続けなさい。愛されたいのなら、愛すべき相手を探しなさい」


そう、見送ってくれたガロシュは、わたしの愛刀”時雨”に、ある魔法を掛けてくれた。
それは、この世界では日本刀の手入れのための道具が揃わない、と嘆いたわたしのための、刀を錆びや油、汚れから守ってくれる、今の輝きや研磨をそのままに維持してくれる魔法。


『ありがとうございました、師匠。いつかまた、恩返しに来ますね』


師匠は笑った。
わたしを「可愛い娘」だと言って。

それからわたしは、アゼントリアと言う、豊かな港町が近くにあると聞き、そこを目指していた。
が、その道中。
運悪くわたしは柄の悪い男共に絡まれてしまった。
そのリーダーはリオと名乗り、ゴタゴタと気持ち悪いことを言ってきた。
まあ、平たく言えば”ヤラせろ””金目のものは置いていけ”と。
嫌に決まっていたので丁寧に断ったけれど、海賊だと名乗るそいつらは女1人相手に掴みかかってきたので、仕方なく愛刀を抜いて相手をした。
次々に峰打ちで倒していた、それまでは良かったのだけれど、一人の男が倒れる間際に、首に何か注射のようなものを打ち込んできたのだ。
すると身体が痺れて、動けなくなった。
倒れたわたしは、ヤラれるんだと覚悟したけれど、絶対に時雨だけは離さなかった。
それを見てニヤリと笑ったリオは、わたしの荷物と愛刀を取り上げて、わたしを仲間に担がせてから、こう言った。


「お前は使える。この剣が余程大事らしいな…コレを粉々にされたくなければ、俺の用心棒になれ」


と。
それからは、地獄の日々だ。
リオは皮肉にも、わたしが目指していたアゼントリアの廃墟を根城に、町のゴロツキを誘い込んで大きな海賊団を作り上げた。
そして、港町や民から、作物や魚、宝石なんかを根こそぎ強奪し始めたのだ。
わたしはアジトの門番を命じられ、こんな奴らに協力するくらいなら死のうかと思ったけれど、長年の付き合いでシトリーが宿っている、しかも大切な思い出の愛刀のことが諦めきれなかった。
だから、良心を捨てて、奴らの命に従い、門番を務めたのだ。
海賊を捉えるためにやって来る国軍を峰打ちで追い返す日々が、長く続いた。
ボロく汚いプレハブで、美味くもないご飯を与えられ、ジュダルが見つけてくれた、この世界で生きる意味を忘れかけていた。

そんなとき。


「やあ、お嬢さん。こんばんは」


シンさんが現れたのだ。
初対面でしかも海賊の片棒を担ぐわたしを口説いてくる彼を、初めは怪しい奴だと思った。
わたしの刀を取り戻してくれる、なんて言う彼を信用しようなんて思えなかった。
けれど、ふと、このまま海賊の仲間のように過ごす日々が続くのか、と、絶望感を覚えたとき。
彼を信じてみようと、思ったのだ。
もはやわたしの運命はわたしのものではないのかもしれない、だから、この男にわたしの運命を託してみよう、そう思った。
彼は、殺すなんて言ったわたしを信用してくれた。

そして、言った通り、海賊を退治してみせてくれた。
愛刀もやっと、わたしの手の中に戻ってきた。
泣いてしまいそうだったけれど、それよりも、わたしは笑った。
アゼントリアで出会ったシンさんとジャーファルさん、マスルール。

わたしは今、彼らと共に船に乗り、彼らの国を目指している。

日本と同じ、島国だという、シンドリアを。


「船は初めてか?」

『いえ、煌帝国からレームに行ったとき、小さな船に乗せてもらったんですけど…こんな大きな船は、初めてです』

「良いもんだろう。海は好きか、なまえ」

『…はい。懐かしくなります』


日本は、海に囲まれた国だったから。
シンさんの大きな船に乗り、わたしは甲板から身を乗り出して、海を覗く。
けれど動いているこの大きな船の上からは、当然ながら海の中なんて見えない。
船底が海を切る、真っ白な波しか。
潮の匂いがする。
目を閉じて息を吸うと、髪の毛が風に靡いた。

一年前、わたしはジュダルと別れて、しばらく最悪な日々を過ごしたけれど。
今は、生きていてよかったと思える。


「なまえ」

『まっ!…スルール…』


突然、シンさんではない声が真後ろでして、驚いて危うく海に落ちそうになった。
けれど後ろから強く腕を引かれて、海に落ちることはなく、甲板の上へと足をつける。
ど、ど、と身の危険の名残を打ち続ける心臓に冷や汗を垂らしながら、後ろに立つマスルールを見上げた。
わたしの腕を掴んだままのマスルールは、無表情を貼り付けたような顔で見下ろしてくる。


『びっくりした…落ちるとこだった』

「…そんなに身を乗り出してたら落ちるぞ」

『……………』

「と言いに来た」

『…ありがとう』


あぁ、と短く言ってわたしの腕から手を離したマスルールは、読めない目でわたしを見る。
初めて見たときは、無表情で怖いなとか、でかくて怖いなとか、変な格好してるな、とか思ったけれど、今では慣れた。
同い年らしいし、全く喋らない訳でもないので、特に困ることはない。


『あれ、シンさんは?さっきまでそこにいたけど』

「飯だ」

『ごはん…』

「飯だから中に入れ」

『…………』

「とも言いに来た」

『あ、うん。わかった』


わたしが落ちないか心配してくれて、当初の目的を忘れていたんだろうか。
くるりと身を翻し船の中に向かうマスルールの背中を追いかけた。
こっちの世界のご飯はどれも美味しくて気に入っている。
布をやたらと体に巻く格好には慣れないので、日本の着物に似た羽織を着流しのようにして身につけているけれど、そのうち一度くらいは布をやたらと体に巻いてもいいかな、と思った。

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