なまえが日本刀と一緒に持ち帰って来た白い袋には、何枚もの着物や腰紐、化粧道具や生活用品、そして思いもしないほどの大金が入っていた。
まあ、盗みをやる女には思えないので自分で稼いだ金だろう。
なまえには決まった家がなく、海賊のアジトだった屋敷にある庭の、ボロいプレハブで生活していたらしいので、そんな場所へ帰す訳にも行かず、私たちと同じホテルにもう一室部屋を借り、そこへ押し込んだ。
『ホントにありがとうございました』
「礼を言われるようなことはしていないよ。海賊退治はシンドリアの為だったんだから」
『それでも、一緒に行かせてくれたし…海賊と一緒に捕まらなくて済んだのも、刀を取り戻せたのも、シンさんたちのおかげです』
深く頭を下げるなまえは、そう言って笑った。
確かに、シンが彼女に目を付けて食事に誘ったりしなければ、私たちは彼女も海賊と見なし一緒くたに捕らえただろう。
シンは笑顔でなまえの頭を撫で付けると、その手を引いて彼女との距離を縮める。
「なまえは素直で可愛いな。それに他の女性にはない強さを持っている」
『いや、べつにそんなんじゃないですけど』
「いや、君は強くまっすぐで、美しいよ。なまえがシンドリアに来てくれることを、嬉しく思う」
『…わたしも、楽しみです』
シンドリアに行くのが、と薄っすら笑った彼女は、さりげなくシンの手から自分の手を抜き、少し距離を取った。
少し前から思っていたが、なまえのパーソナルスペースは人よりも少しだけ広い。
あまり人と近づくのを好まないのか、無意識に線引きして話をしている印象だ。
けれど自分の素性や感情を隠しはしないし、スペースを詰めて触れられても嫌がることはないので、真意は計り知れない。
「明日俺たちは領主と話をしてくるから、なまえは好きなだけ休んでいるといい。腹が減ったらホテルの者へ言いなさい、用意しておくように言っておく」
『ありがとうございます』
「あぁ。戻って来たら声をかけるよ。…今日は疲れただろう、お休み、なまえ」
『おやすみなさい、シンさん』
「あぁ、ゆっくり身体を休めるんだぞ」
『はい。ジャーファルさんとマスルールも、おやすみなさい』
「あぁ…おやすみ」
「お休みなさい、なまえ」
ぺこ、と頭を下げてから、新しく取った部屋に入っていった彼女を見送ってから、私たちもシンの部屋へと戻る。
マスルールがソファに腰掛けるシンの斜め後ろで腕を背中で組むのを見てから、私もシンに目を向けた。
「ジャーファル、なまえはどうだった」
「…正直、驚きました。思っていたよりもずっと、彼女は強いです。私の目でも追えないほど早く移動し、気付けばリオの首に剣を掛けていました。戦い慣れていることが分かりましたよ」
「…そうか。剣術はどうだった?」
「見たこともない動きでしたね。流れるように腕をしならせて、軽やかでしなやかでいて、すごい速さと力で剣を振っていました。体術も恐らく身についているでしょう」
「あの小さな身体で、しかも筋肉も大して無いところを見ると、やはり長剣の遠心力なんかを利用しているのかと思ったが」
「まあ、それもあるんでしょうが…それを抜きにしても、彼女は強いと思います。あれは剣術と呼ぶには語弊がある…実戦で身に付いた、”殺す剣”でした。恐ろしいほどに、躊躇いのない」
彼女のあの剣の腕は、習って習得したものでは無い、そう思った。
子供のころから戦っていた、いや、戦わざるをえなかったのかも知れない、そんな彼女の生き様がひしひしと感じられる、自分の命を懸け、他人の命を奪う、痛いほど躊躇いのない、恐ろしい剣だ。
そして峰打ちに、慣れていた。
おそらく殺生を好むタチではないのだろう。
何かを考え込んだ目をしたシンに頭を下げてから、部屋を出た。
自室に戻り就寝しよう。
明日、領主と話を終えてこのホテルに戻ったとき、果たして彼女は居るだろうか。
シンにしては珍しく、逃げ道を作ったようだった。
私たちのいない間に、彼女が逃げてもいいように。
けれど、恐らく彼女は無防備に寝こけて、逃げるだなんて考えもしないんだろう、そう思った。