結局、夕方までなまえを引き止めていたシンは、彼女を海賊のアジトへ帰すことはなく。
「鍵を持たずに帰ったって意味はないだろう。どうせ目的は同じだ、なまえも一緒に行けばいい」
と言い張り、アジトへ帰ろうとするなまえをホテルへと引っ張り込んだ。
いつもなら、女性をそんな危ない場所へ行かせられない、などと言うくせに、なまえに限っては海賊退治に連れて行きたいようだ。
まあ、確かに門の鍵を持たずに帰れば、門の中へ入れず困るだろうし、誰かに開けてもらったとしても鍵を持っていないと怪しまれるだろう。
昼間の門番をしている男たちとは別の扉を使うらしく、交代の際も顔を合わせることはないらしいので、まあ夜まで帰らなくても大丈夫だとは思う。
そしてシンは、なまえを引っ張り込んだホテルの部屋で、シンドリアから持ってきた武器の中から、彼女に見合う剣を選んでいる。
「これなんかどうだ、今持っているのよりは軽いぞ」
『短いです。わたし短い剣は使い慣れてないんで困ります』
「これで短いのか?」
『まあ、時雨はこれくらい長さあるんで』
なまえが両手を広げて愛剣の長さをシンに教える。
時雨、とは、彼女の大事にしている、今は海賊の手にある剣の名前だという。
その名前は彼女が付けたものではなく、職人が名付けたものらしい。
そして、シグレなんていう聞いたこともない単語の意味を問えば、彼女は淡々とそれの説明をしてくれた。
『秋から冬に、一時的に降ったり止んだりする雨のことです』と話した彼女は、懐かしむようにして手元の剣を見つめていた。
時雨が恋しいのだろう。
かなりの愛着があることは既にわかっているので、今はその剣が無事で居てくれることを願うしかなかった。
「随分長いんだな…長剣か、そうだな…なら、これなんかどうだ?薄く長い剣だ」
『ああ、いいですね。リオに貰ったやつよりは軽くて』
「斬れ味もいいぞ、きっとな」
『そうですか』
「さあ、なまえにこれを授けよう。怪我はしてくれるなよ」
ベッドに腰掛け、ラグの上にぺたりと座り込んでいるなまえに長剣を差し出したシンは、そう言って笑った。
彼女の剣の腕を見込んでのことだろうが、実際彼女の剣を見たことはない。
おそらくそれを見たさに、できるだけ具合の良い剣を与えたのだろう。
両手で銀色の装飾の施されたその長剣を受け取ったなまえは、腰紐に刺している海賊に貰ったという重そうな刀を抜いて、新たにシンに与えられた長剣をそこに刺した。
「では、作戦を立てるとするか。なまえ、アジトの構想なんかは分かるか?」
『あんま出入りしたことないんでわかんないですけど、リオの部屋は最上階の端にあるって聞きました』
「それならば、二手に分かれて突撃した方がいいですね。門から入って侵入してしまうと、すぐにリオに伝わってなまえの剣が危ないですから。二人は屋根からリオの部屋へ直接侵入、なまえの剣を取り返す。もう二人は下から侵入して、片付けましょう」
「なら編成は、俺となまえのペア、お前らのペアだな」
「……シン、貴方なまえと組みたいだけでしょう」
「駄目か?」
バランスというものを考えないのだろうか、この人は。
まあ、なまえの力がどれ程のものかなんてまだ分かっていないから、バランスなんて保ちようがないが。
なまえとシンがペアを組んだとしても、そこまで問題はない。
海賊の頭領であるリオから、上手く彼女の剣を取り返すことが出来れば、の話だが。
もし失敗し、彼女の剣に何かあれば。
私たちのいない状況で、シンの命は確実に危ないだろう。
まさかシンが殺られるだなんて思ってはいないが、危険分子は少ない方がいい。
「…駄目です。なまえは私と一緒に、屋根からリオの部屋へ侵入します」
「俺はマスルールとか?ジャーファル、お前まさかなまえと組みたいだけなんて言わないだろうな」
「そんな訳ないでしょう、貴方じゃないんですから。下からシンとマスルールが海賊を片付けて上がってくる方が効率が良いんですよ」
特にそんなこともないが、そういうことにしておく。
もしも、彼女の剣がリオに破壊され、なまえがシンに殺意を向けたとき。
そのとき、彼女とシンが二人きりとなれば、危ういのだ。
きっとシンは彼女を殺さない。
こんなに強く美しい女を、シンは殺すことができないだろう。
そうなればシンが危ない。
そんなことにならないための選択だった。
「異論はありませんか?」
「…まあ、仕方ない」
「…無いっス」
『無いですけど、どうやって屋根に登るんですか?外には階段なんて無いですよ』
「そうですね…まあ、マスルールに運んでもらいましょう」
マスルールなら、私となまえを抱えてあのアジトの屋根まで登るくらい簡単だ。
不思議そうにしながらも頷くなまえを見てから、マスルールも了解、と呟いた。
『そういえば、シンドバッドさんはいくつなんですか?』
「28だ」
『ふーん…ジャーファルさんは?』
「24です」
『へえ…』
「なまえ、シンドバッドなんて長いだろう。シンでいいぞ」
ソファに膝を抱くように両足を乗せて座っているなまえが、ふと尋ねてきた。
しかし自分から尋ねたくせにたいして興味無さげな顔をする彼女に、シンが笑顔で言う。
おそらく、彼女がシンを呼ぶ時に、言いにくそうにシンドバッドさん、と舌を回していたのに気が付いたんだろう。
『あ、ほんとですか。長くて言いづらかったんです』
「あぁ、好きに呼んでくれて構わない」
『なら、シンさんって呼ばせてもらいます』
「そう呼ばれ慣れているが、なまえが言うと可愛らしいな」
「なまえ、私やマスルールは大丈夫ですか?」
『大丈夫です。それに略したら変ですよね、ジャーファルさんとマスルールさんは』
「…まあ、そうですね。あまり略して呼ばれたことがありません」
『…ジャーさん?…ファルさん、ジャファさん…?』
「まあ…問題無いのなら、ジャーファルと呼んでください」
はい、と頷いたなまえは、膝を抱えて座っているからだろうか、少し子供っぽく見える。
それに20歳にしては少し背が低めだからかもしれない。
私とシンの呼び名が決まると、なまえはマスルールに目をやった。
マスルールもさっきから彼女を見ていたので、視線が絡んだだろう。
『マスルールさんは…マスさん、マッさん、ルーさん…?…やっぱ、マスルールさん、かな』
「…呼び捨てでいい」
『じゃ、マスルールで』
うっすら微笑んだ彼女に、マスルールが頷く。
窓の外では、そろそろ日が落ちてきた。
もうすぐ海賊のアジトへ向かわねばならないというのに、この部屋では、和やかな空気が間延びしている。