「なまえ、起きろって」
『………う…』
「お前気失い過ぎだろ。俺と会ってから何回目だよ」
『……三回目…かな』
「…馬鹿か」
気を失っていたらしい。
そして、またわたしは死ななかったらしい。
ぼんやりする頭のまま、酸素が足りないなと思った。
けれどジュダルが待ちくたびれた様子だったので、仕方なく体を起こす。
ジュダルが運んでくれたのだろうか、びしょびしょのわたしの身体は見覚えのない白い床に横たわっていた。
『…!』
見渡してみて、驚いた。
水底に扉を見つけたのを最後に気を失っていたけれど、まさかこの場所が、あの扉の向こうなのだろうか。
いまわたしが居る、真っ白な広い部屋には、所狭しと金銀財宝が並べられているのだ。
こんなお宝の山、漫画でしか見たことがない。
「な、言ったろ。こんだけ宝がありゃ、地位名声、金はもちろん全てが手に入るぜ」
『……別に、お金持ちになりたくてここに来た訳じゃないよ』
「は?いらねーの?」
『いや、少しは貰おうかなと思ってるけど。当面の生活費に』
「ハハッ、お前、やっぱ変な奴!」
まあ、これだけのお宝だ。
普通は全て持って帰って大富豪にでもなりたいと思うのが普通だろうし、わたしも前の世界でならば一目散に飛び付いただろう。
けれどそんな気も起きず、ただ目の前にいるジュダルを見つめた。
ここに来たおかげかは知らないけれど、この世界で生きていく糧を見つけることができたのだ。
『ジュダル、ありがとね』
「はあ?なんだよいきなり」
『ジュダルのおかげで、なんとか生きていけそう…あ、お宝の話じゃなくてね』
なんだよ、と、照れているような仕草をしてから、ジュダルはにっと笑った。
そしてわたしの腕を少し強引に掴むと、強く引っ張り上げて立たせてくれる。
「俺もお前と居て、楽しかったぜ」
そう笑ったジュダルは、スタスタと歩いて、わたしの正面にある台の前に立ち止まった。
その台の上には、金色に輝くランプが一つ、大事そうに置いてある。
一目見て、他のたくさんのお宝とは物が違うんだとわかった。
そのランプの真ん中には、ピカピカと光る八芒星が浮かび上がっている。
ジュダルがそのランプへと、手を触れた。
その瞬間。
バアァァァァア!!
バガァァン!!
ランプが爆発したように光を放ち、その光がビキビキとすごいスピードで床を走り、壁を登り、天井に大きな穴を開けた。
その爆音とあまりのことに、目を見開いたまま動けなくなる。
『……………』
そして、光とともに、巨大な男が、現れたのだ。
巨人だ、しかも大きすぎる巨人。
ズズン、と佇むその大きな大きな男は、驚くことに、あのランプから現れた。
「我が名はシトリー…渇愛と羨望のジン」
真っ白な絹のような髪の毛を足首まで伸ばした長髪の、白い布を身体に巻いているその巨人の男は、そう低く言い、鋭い桃色の瞳をわたしに向けた。
見れば、すごく綺麗な顔をしている。
なんなんだ、このランプから現れた巨人は。
そう、思った時、ジュダルがご飯屋さんで色んなことを教えてくれたときのことを、思い出した。
そう、ジュダルは、迷宮攻略すれば、ジンというものが出てきて、力を宿してくれるのだと言っていた。
「……王になるのは、誰だ?」
王、になる?
王になる、とは、力を与えてくれる、という意味なのだろうか。
それに、この場にはマギのジュダルを除いて人間はわたししか居ない。
桃色の大きな瞳を捉え、じっと見つめる。
わたしは、強く、なれる。
『…わたしです』
一歩前に出て、真っ直ぐにそう言った。
桃色の瞳がじっと、見下ろしてくる。
何を言われるのか、じっと立ちすくんでいると、シトリーと名乗ったそのジンは、ふと表情を綻ばせ微笑んだ。
「そうか…君のような若く綺麗な女性が来るとは、夢にも思わなかったよ」
『…あ…?…はあ…』
「君は王となって、何をするんだ?」
何を、する?
思ってもみなかった質問に、思考は再び停止する。
何がしたいかなんて、わたしにはない。
何になりたいかすら、ない。
『…特に、そういうのはないです』
「…ならば、質問を変えよう。君は何故、王となりたい?」
『………強くなりたいから』
「強く?」
『…強くなりたい、今よりももっと。今度こそ、大事なものを護るために』
「……他に、求めるものはあるか」
『…………愛されたい』
隣から、ジュダルの視線が突き刺さる。
痛いくらいに見つめてくる彼は今、何を思っているだろう。
わたしを面白いと言ってくれた。
けれどわたしは、面白くも強くもない、ただの弱虫だ。
本当はずっと、そう、これだけを求めて、生きてきた。
『…愛されたい、誰かに。決めたの、いつか…愛してくれる誰かを、探そうって、そのために生きようって。愛されたい、ただ、それだけでいい!』
涙を堪えて、叫んだ。
愛されたかった。
わたしは誰にも愛されなかった。
強くなって、なにかを護って、愛されたい。
それだけでいい、他はいらない。
歪む視界で、必死にシトリーを見上げた。
桃色の瞳が、そっと、近付いてくる。
「我は渇愛と羨望のジン。君を主と認めよう、我が女王よ」
『!』
渇愛と、羨望の。
胸に手を当て頭を下げたシトリーは、そっと微笑んでわたしを見た。
渇愛と羨望、なんて、わたしにぴったりだ。
泣いてしまいそうなほどに。
「!…おや、マギよ」
「おー」
ふと、ジュダルの存在に気付いたシトリーが、ペコリと頭を下げた。
こんな化け物並みの巨人に頭を下げられるなんて、やっぱりすごい人なんだな、なんて今更思う。
「さあ、なまえよ。剣を手に…」
『?』
シトリーがわたしに向き直り、そう言った。
よくわからないまま、時雨の刀身を鞘から引き抜く。
切っ先を正面に向ければ、時雨の刀身、その先に、真っ白に光る八芒星の模様が浮かび上がった。
『!』
八芒星がカァァ、と光りを眩くすると、その八芒星の中に吸い込まれるようにして、シトリーが消える。
キイン、高い音を出して、時雨の中に彼は収まったらしい。
『?…時雨の中に、ジンが入ったの?』
「シグレ?ってその剣か?そん中に入ったんだよ」
『ふーん…』
「そいつがジンの金属器だ、失くすなよ」
『失くさないよ、何年の付き合いだと思ってんの』
ニカッと笑ったジュダルが、ぴょこぴょこ跳ねながら近付いてくる。
シトリーが入ったらしい時雨は、刀身に八芒星が浮かび上がっているだけで、他は特に変化はなかった。
あーあ、ここ出てから手入れするの大変だろうなぁ、水になんか付けちゃってごめんね。
「ホラ、さっさと持ってく分の宝詰めろよ。そろそろ帰んぞ」
『あ、うん』
急かされたので、時雨を鞘に戻してから、持って来た大きな袋に金銀財宝を詰め込んでいく。
とてもじゃないけど全部は入らないので、わたしの目で見て高そうなものを選んで詰めた。
これで当面の生活には困らないだろう。
お宝をたっぷりと詰めた袋を肩に抱えると、ジュダルは面白そうに笑った。
「あのさ、なまえ。ここ出たら、俺はどっか知らねぇ場所に飛ばされんだけどよ」
ジュダルが言う。
地面に座り込んでいるわたしの目線に合わせてしゃがみ込むと、キラキラした瞳で覗き込んできた。
ふと、思う。
その瞳は、さっき追い続けた星のようで、綺麗だと。
「お前、俺と一緒に来いよ」
『…知らない場所に飛ばされるんじゃないの?』
「迎えに行ってやるからさ、俺と来いよ!」
『いいけど……一緒に行って何するの』
「世界征服とか、面白ぇことしようぜ!」
世界征服、なんて馬鹿らしい話がその口からでるとは思わず、思考が一瞬遅れた。
けれど、ジュダルに冗談を言っているそぶりはない。
世界征服。
その悪どい、唐突で莫大な響きに、何も考えたくなくなってしまった。
『やだよ』
「はー?なんでだよ!?世界征服だぜ、この広い世界が俺らのモンになるんだぜ!?」
『わたしいらないよ、世界なんて』
「…………」
ジュダルが顔を顰める。
そういえば、前の世界とこの世界では、何もかもが違うけれど。
空の色だけは、同じだったなと思い出した。
『世界は、誰のものでもないから、綺麗で、汚くて、面白いんだよ。ジュダル』
笑ってそう言えば、ジュダルは弾かれたように目を見開いた。
ふと、空中に大きな、光る八芒星が現れる。
天井へと光を伸ばすそれを辿って見れば、天井には、迷宮の入り口と同じ、粘膜のようなものが出現していた。
ああ、この八芒星の光に乗って、外へと出るんだ。
そう理解してから、そっとその光へと手を伸ばす。
『行こ、ジュダル』
「お前、ここ出てどうすんの?俺と来た方が絶対楽しいのによ」
『んー…旅にでも出ようかな、修業しながら』
ジュダルが拗ねたような顔をするので、つい笑ってしまう。
わたしはジュダルとは行かないけれど、きっといつかまた、会えるはず。
『次会ったら、今度はわたしがご飯奢るね』
「…あぁ、約束だぜ」
『うん。美味しいお酒飲みながら、また面白い話聞かせて。わたしもジュダルに話すこと、いっぱい用意しとくから』
嬉しそうに笑ったジュダルに手を引かれて、空中に浮く八芒星の光へと足をかけた。
死ぬかと思った迷宮攻略も、これでおしまい。
ジュダルに大分助けられてしまったけれど、わたしが迷宮を攻略したのだと思うと、少し誇らしい気持ちになった。
ゆっくりと天井へと登っていく、わたしたちを乗せた八芒星。
ジュダルと繋いだ手をぎゅっと握って、目を閉じた。
わたし、この世界で、今度こそ。
愛されるために、生きていこう。
もう、ジュダルに助けられたこの命を、諦めたりしないよ。