The fate

『!み、水か…びっくりした』


キラキラと光る壁を見ながら、洞窟を進んでいると、いきなり足元からピチャン、と高い音がしたので、”星”に見とれていたわたしは肩を震わせる。
見下ろすと、どうやら地面に薄く水が張っていて、それを踏んでしまったようだった。
しかし、今までは水なんてなかったのに、どうしていきなり水溜りが?
ランプで足元を照らしてみると、その水は奥に行くにつれて段々と深くなっている。
もしかしたら、この道はゆるやかな坂にでもなっていて、この先に湖でもあるのかもしれない。
石板にも”水の底に真実がある”と書いてあったらしいし、その可能性は大いにある。
それに、ふと気付いたけれど、壁や天井にひしめき合っていた星のような輝きが、奥に進むにつれて少なくなっているような気がするのだ。
まさかこの先で星が途切れて、溺れて死ぬとか、そんなエンドじゃないよね。
後ろにいるジュダルを振り返っても、特に何もアドバイスなんてしてくれない。

まあ、行くしかない。
そう思い、止めていた足を進める。


『うわ…深くなってきたね』

「お前泳げんのか?」

『まあ多少は…海に潜って魚採ったりしてたし』

「ふーん」


進むにつれて、足元の水はやはり深くなっていった。
今ではもう、膝上まで水に浸かっている。
ジュダルは高価そうな腕輪や服を身につけているというのに、気にすることもなくじゃぶじゃぶとついてくる。
正直、さっきから着流しが脚に絡み付いてきてもの凄く邪魔だった。
しかしここで裸になるわけにもいかないので、仕方なく裾を捲り上げて腰紐に食い込ませる。
短くなった裾のせいで、むき出しになった素足が水に触れて冷たいけれど、澄んだ水の感触は気持ち良かった。
天井や壁の星は、もうほとんど数えられるくらいの数に減ってしまっている。
しかし、その代わりに、今度は水の中が、何やらキラキラと光り出したのだ。
おそらく水底の地面が発光しているのだと思う。

もうお腹まで水に浸かってしまったころ、洞窟が開け先に明かりが見えた。
出口だ、そう思い、進むスピードを上げる。


『っ、まぶし、…っ!!』


洞窟から出た先は、大きな円状の部屋になっていて、上から眩しいほどの光が降り注がれている。
光に目を眩ませながら、足を一歩大きな部屋へ踏み入れた瞬間。


ドボンッ


いきなり足場がなくなり、わたしの身体は水の中へと落ちた。


『っ……』


目を開け、息を止める。
おそらく洞窟の先には床が無く、この部屋は崖のようになっているんだろう。
そして大きな部屋は湖のように、水がたっぷりと溜まっている。
水底には、キラキラと光る、綺麗な草花や古代の建物のようなものが沈んでいた。
綺麗で、ずっとここにいたいと思ったけれど、一度息を吸うために水面へと上がる。


『…っ、はあっ、…』

「何やってんだよお前、いきなり落ちるからビビっただろ」

『だって床が無いとか知らなかったんだもん』

「で、どーすんの?お前の追ってた星無くなっちまったぜ?」


水面から顔を出すと、洞窟の入り口にしゃがみ込んでいたジュダルのちょうど正面だった。
手と足を動かして浮いているわたしを、面白そうに見下ろしている。
そうだ、洞窟を出るときにはもう、壁や天井には星は無かった。
けれど、水底にはキラキラ光る星らしきものがあったし、それに、この大きな湖の中、水中都市にも、星のようなものはあったのだ。


『なんか底の方がキラキラしてるから、潜ってみる。すごい深そうだけど、いけるかな』

「俺は魔法でどうにでもするけどな」

『わたしにもどうにかしてよ、友達でしょ』

「は?」

『?』


ジュダルは魔法で水の中でも息ができるらしい。
それは羨ましい限りなのでダメ元でお願いしてみると、ジュダルは驚いたように眉を顰めた。


「…いつから俺ら友達になったんだよ」

『え?いつから…かはわかんないけど、一緒にご飯食べて一緒に探検して、これは友達じゃないの?』

「知らねぇよ、俺友達なんかいねーし」

『それは…ジュダルが性格悪いからだよ……』

「うっせーな、つーかマギと友達になろうなんて奴が珍しいんだよ!」

『ふーん、偉い人なんだもんね…やっぱりわたしなんかが友達って、ダメ?』

「……別に…ダメじゃねぇけど」


視線をわたしから逸らして、少し頬を赤らめたジュダルが照れているのだと分かり、可愛く思えてきた。
偉い人で偉そうな態度だけど、中身はただの子供なんだな、みたいに。
右手を水中から出して、ジュダルに伸ばす。
わたしの手を見下ろした彼に、そっと笑いかけて見せた。


『行こう、ジュダル』

「…あぁ」


差し伸べたわたしの手を取ったジュダルは、ゆっくりと水の中へ飛び込んだ。
水飛沫が上がり、勢いでわたしまで水の中に沈む。
ゆっくりと浮上すると、ほとんど同時に水面へと顔を出したジュダルが、にっと笑った。


「友達だから特別な。30分だけ、水中でも息出来るようにしてやるよ」

『うん…ありがとう、ジュダル』


パ、と、繋いでいた手が淡く光った。
これでわたしにも魔法がかかったらしいけど、正直身体に変化はない。
それでも、ジュダルを信じてこの水を潜るしか、わたしに手は無いのだ。
繋いでいた大きな手を、そっと離した。
底も見えないこの湖が、どれほど深いかなんてわからない。
もしかすると、30分じゃ底に辿り着けないかもしれない。

ゆっくりと大きく息を吸い込んで、呼吸を肺に詰め込んだ。
行くしかないんだ。
どっちにしろ、わたしを待つ運命は”死”か”奇跡”のどちらかしか存在しないのだから。


『!ホントに息できる、しかも喋れる』

「何疑ってんだテメー、魔法解くぞ」

『ごめんごめん…魔法って、すごいね』


水中へと潜り、しばらくして吸った息が限界を迎えると、水中で息が出来ることに気がついた。
しかも声を出して喋れるなんて、前の世界じゃ考えもつかないことだ。
世界が違えば常識も違う、それは当然のことだけれど、やっぱり目の当たりにすると、少しだけ怖くなる。
この世界では、魔法も使えない、剣しか取り柄のないわたしの力なんて、通用しないんじゃないか、って。


『水中都市ってキレーだね、魚もいる』

「アレ食えるかな。あんま上手くなさそうだけど」

『あんなキレーな魚食べようと思っちゃうあたり、アレだよねジュダルって…』

「あ?おいアレって何だよ。お前俺のこと馬鹿にしただろ」

『してな……、えっ!!』

「!」


ジュダルと下らないことを話しながら潜り続けていた、その時だった。
ひときわ大きな建物の陰に、何か動くものを目に捕らえたのだ。
しかも、それは規格外に大きい。
さっきの虫の怪獣なんて目じゃないくらい、例えば海にいるクジラくらい、巨大な生物が、そこには存在していた。

まずい、そう思った。
きっとあの大きな魚類はわたしの敵だ。
陸ならば構わず切り刻むことができるけれど、ここは水の中。
水中では、水圧が邪魔をして刀身の長い日本刀で上手く戦える自身がない。
ギラリ、ウツボのような大きな魚類、いや怪物が、わたしの姿を捉える。

水に入る時、日本刀を水につけるなんてあり得ない、ここから出たらよく手入れしなきゃ、なんて呑気に思っていた自分を殴りたい。
大きな金色の瞳がギョロリと動き、その大きな身体をしならせて、こちらへと突進してくる。
水中戦で、水の中の生物に敵うはずがない。
けれど。

けれど、一度死んだ身だからと言って、あんな得体の知れない怪物に殺されるほど、わたしだって腐っちゃいない。
右手で柄を強く握り、水圧を跳ね返すように、突進してくる怪物目掛けて刀を強く抜いた。


ザシュッ!


『っ、クソ…ッ!』


刀は怪獣の身体を斬ったけれど、あれだけの大きさだ、大したダメージにはなっていない。
斬りつけた反動で水の中を跳ね飛ばされたわたしは、近くにあった建物に足をつけ、強く踏み込む。
ウツボかクジラか、そのどちらかに似た怪物が、方向を転換してこちらへと向かってくるのを見ながら、水中都市の立派な建物を強く強く、蹴った。

ギュオ、と鳴く謎の巨大生物。
その鱗に包まれた身体に捕まり、背中に刀を突き刺す。
勢い良く深く刺せば、ウツボクジラは大きく鳴きながら身体をグネグネと動かした。
効いてはいる、けれど致命傷など与えられていない。
激しく動くウツボクジラから振り落とされないよう、その身体に刀をグサグサと刺しながら、そこを支柱にゆっくり頭の方へと移動した。


「なまえー、大丈夫かー」

『大丈夫じゃないよ!』


呑気に眺めてるジュダルに苛つきながらも、ウツボクジラの背ビレを掴んだ。
まだ大きな頭までは距離がある、けれどこんなに大きいとはいえ、頭を切り落とせば命は無いだろう。
ギュオギュオと苦しんでいるウツボクジラ、その背で、ふと気付く。
ウツボクジラが暴れながら進む、その先に、大きな建物があることに。

このままではぶつかる、そう思った瞬間。


グシャアァァ!!


『っ!!』


思惑どおり、ウツボクジラは建物へと突進、崩れる建物の瓦礫がわたしの身体へと強くぶつかる。
頭や肩、背中へと強く当たった瓦礫。
その衝撃にウツボクジラから落下してしまった。
身体に感じるあまりの痛みに、気が遠くなる。
流血しているのか、わたしの周りでは水に混じって真っ赤な血がゆらゆらと登っていく。

血を見て、思い出した。
カッと、胸が熱くなる。


なまえ、お前は決して、ーーーーー。

あの人が死んだ、あの日のことを。

俺が死んだら、お前も死ね。愛してるんだ、なまえ


『……っ!』


いやだ、死にたくない。
意識がはっきりと浮上した。
記憶の中で、あの人が笑っている。
あの人が死んだ時、耳元で言われた言葉は、まだわたしに付きまとって、呪っているのだ。

死にたく、ない。
はじめて、そう思った。
あの人が死んで、わたしも死ぬべきだったはずなのに、一度死んだはずなのに、命など、惜しくなかった、はずなのに。
どうして。


「なまえ!」

『っ!!』


ジュダルの声がして、はっとする。
見えたのは金色。
ウツボクジラが、目の前に迫っていた。

”あの人”が唯一、わたしに与えてくれた、愛刀、”時雨”。
真っ白な柄を強く握りしめて、迫る金色を捉えた。


「!」


わたしは死なない。
あの人に縛られていた命は、あの世界へと置いてきた。
新たなこの世界で、誰かに与えられたこの命で、わたしはいつか、誰かに出会うために、生きるんだ。

渾身の力を両手に込めて、時雨を振り下ろした。
肉を斬る感覚をぐっと押し込んでいく。
けれどそれは一瞬のことで、水中、澄んだ綺麗な世界に。

ブシャッ

ウツボクジラと勝手に名付けた、大きな魚類の怪物の紫色の血が、広く散った。


『…………』


時雨の刀身から紫色の血を払い、鞘に収めた。
わたしの太刀により、頭を半分に裂かれ死んだウツボクジラは、ゆっくりと水面へと浮上していく。
左右に大きく裂け、紫色の血を吹き出したあの姿は、花のようだと一瞬思った。

遠くで見ていたジュダルが、ゆっくりとわたしの隣へと降りてきた。


「スゲーなお前、今度こそ死んだかと思ったぜ!?」

『ジュダルはわたしに死んで欲しいの?』

「んなわけねぇよ、なまえみたいな面白ぇ奴には生きててもらわねぇとな」

『なら助けてくれればよかったのに…』

「いや、流石に手ぇ出そうかと思ったんだぜ?最後すげぇ迫ってて、ありゃ裂けれねぇと思ったからよ。でもお前、俺が手ぇ出す前に斬っちまったろ」

『…………』

「水中であんな早業繰り出せんのかよ、やっぱ強ぇなお前!」


テンションが上がっているジュダルは、嬉しそうにさっきわたしがウツボクジラを斬ったときのことを語っている。
確かにあれだけ至近距離に迫っていたデカブツを、即座に刀を抜いて真っ二つにできたことはわたしもすごいと思う、自分を褒めたい。
何か特別な能力でも目覚めたのかと、自分でも思った。
けれどきっと、あれは魔法や超能力なんかじゃなくて。
長年戦争で天人と戦って身につけた、ただの本能だったと、わかっている。

何だか息が苦しくなってきたことに気付いて、はっとする。
当初の目的を忘れそうだった。
きっともうすぐ、ジュダルが与えてくれた30分がたってしまう。
今のうちに早く潜って、星を追わなければ。
水の底に在ると言う、真実を見つけなければ。
身体を翻して、急いで水底へと潜る。
段々と息が苦しくなってくる。

あんなデカブツを倒したのに、呆気なく水死なんて絶対に御免だ。
懸命に手と足を動かして、深い深い湖を潜った。
ふと、生い茂る水草の隙間に、底を見た。
ああ、これだけ潜ってやっと水底だ。

きっとジュダルの魔法はもう解けているのだろう、もうすでに息を止めないと水の中に居られなくなっていた。
もちろん、言葉も発することなどできない。
それでも諦めずに水草を掻き分け、見失った”星”を探し続けた。


『……!!』


息がもう保たない、そう限界を思ったときだった。
水草の奥、きらりと光る星を見つけたのだ。
強張った手で、その星に触れる。

すると、その星は眩いばかりに真っ白な光を放ち、その奥に、二面で出来た真っ白な、大きな扉が現れた。
ゆっくりと開くその扉。

その奥を目にする前に、意識が薄らんで、手から力が抜けた。

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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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