まだ7月なのに暑いのは地球温暖化のせいだと思う。
その地球温暖化になるまで地球を追い込んだのはわたしたち人類なので、わたちたちは地球が暑いとか寒いとか暮らしにくくなっても地球を責める権利はないのだ……とか思いながら、太陽に照らされて光るアスファルトを歩く。
今日は土曜日、昨日約束した通り研磨の家に向かっている途中だ。
それにしても暑い。
まだ午前11時過ぎだというのになんなんだこの暑さは。
さっき研磨んちの最寄駅を降りて、そこから研磨んちに向かっているのだけど、昨日大きめのトートバッグに詰めた荷物が重くてちょっとイライラしてきた。
中身は普通に今日の夜用の寝巻きとか下着とか明日の朝用の着替えとか、化粧品とか勉強道具とか歯磨きセットとかお風呂道具とか、特に重たいものは入っていないはずなのに何故か重い。
しかももう片方の手にはお土産用のプリンが入った袋を持っているので邪魔くさい。
プリンは朝作ってきたけど、ちょっと後悔している。


「あ、オーイ、なまえー」


暑くて、通りかかったコンビニに入りたい冷房恋しいとか思ってたら、研磨んちの方向からわたしを呼ぶ声がした。
びっくりしてコンビニから目をそっちに移すと、前方にいる黒尾さんが手を振りながら歩いてきてるのがわかる。


『黒尾さん』

「今駅にお前を迎えに行こうとしてたんだよ。もうここまで来てたんだな」

『あ、はい』


歩み寄ってきた黒尾さんは、黒いTシャツに下が音駒のジャージ姿のラフな格好でわたしを見下ろす。
ちなみにわたしは黒のVネックTシャツ(というかカットソー)に、下はクラッシュデニムのショートパンツにビーサンである。
夏が近づいてて暑くても黒尾さんはかっこいい、とかアホみたいなことを考えながら見上げていたら、黒尾さんが右手をずいっと差し出してきた。


「ん、荷物貸せ」

『え、あ、はい』

「違ぇよ、そっちのでかい方」

『いいですよ。重いし』

「いーからほら、貸せ」


プリンが入ってる小さい紙袋を渡そうとしたら、少し強引に大きいトートバッグの方を奪われた。
ひょいっと軽々とわたしのトートバッグを持ち上げて肩に乗せた黒尾さんは、研磨んちの方に歩き出しながらわたしを見下ろした。


「行くぞ」

『はい…ありがとうございます』

「いーよ、軽いし」


軽いんだ。
わたし的には重かったのに、と思いながら、歩き始めた黒尾さんを追いかけた。


『おじゃましまーす』

「あ、今日おばちゃんもおっちゃんもいねぇぞ」

『あ、そうなんですか』


研磨の家に着くと、自分の家のようにズカズカ上がり込んだ黒尾さんに続いてビーサンを脱ぐ。
少し大きめの声でお邪魔しますの挨拶をしたけど、研磨のお母さんとお父さんはお留守だと言われた。


「ばあちゃんの家行ってんだってさ」

『おばあさんの家?』

「ああ。研磨の母ちゃんの母ちゃんで、研磨のばあちゃんな。久しぶりに夫婦で実家に顔出すんだと」

『へえ…』

「今日なまえが泊まりに来るって言ったら、じゃあ研磨残して行っても心配いらないわね、なまえちゃんがいるなら…とか言ってた」

『え、そうなんですか』

「うん。明後日の朝帰ってくるっつってたかな。材料買っといたからご飯はなまえちゃんと一緒に仲良く作って食べるのよ〜って言ってたぜ」


じゃあ、今日と明日は研磨のお母さんとお父さんは帰ってこなくて、その間のご飯はわたしたちで作るのか。
なるほど、なんかほんとに合宿っぽい。
研磨の部屋に上がるため階段を上りながら、黒尾さんの足を無意味に見つめた。


『お昼ご飯は食べました?』

「いや、俺も研磨もまだ。なまえは?」

『まだです』

「なら三人で作ろうぜ。おばちゃん飯の材料大量に買ってたし」

『はい。なんかほんとに合宿っぽいですね』

「ああ、そーだな。なまえの数学強化合宿だもんな」


数学強化合宿、とか名前を付けられている。
今日と明日は数学漬けで過ごすのかと思うとちょっと嫌気が指したけど、研磨と黒尾さんと一緒なら楽しそうだしいいや。
がちゃっ、と黒尾さんが研磨の部屋のドアを開けると、研磨は中でベッドに腰掛けてゲームしていた。
白いパーカーとジャージ姿で。


「あれ、早かったね」

「迎え行ったらコイツ、コンビニのとこまで来てたからな」

「ふーん…」

『研磨、暑くないの?』

「べつに…冷房付けてるし」


確かに研磨の部屋は冷房ついてて涼しいけど、長袖のパーカーってなんか暑い。
さっきまでわたしが外にいたからだろうけど。
黒尾さんが持ってくれていたわたしのトートバッグを床に置くと、研磨がそれに目をやる。


「なまえの荷物…?なんかでかくない」

『そう?』

「何が入ってんの」

『着替えとかお風呂道具とかいろいろ…』

「べつに着替えとか貸すのに」

『いや、悪いし…まぁ研磨の服なら着れそうだけど』

「なまえのことだから手ぶらで来るかと思ってた」

『なんで?そんなわけなくない?』

「アホだから…」

『わたしのことそこまでアホだと思ってたの、研磨…』

「……勉強道具は持ってきた?」

『え、うん。勉強合宿だし』

「ならいいよ」


研磨…どんたけわたしのことアホだと思ってるんだろう。
そんなアホだと思われるようなことしたっけ、わたし。
少し悲しくなりながら、自分がお土産のプリンを持ったまま突っ立っていることを思い出した。


『あ、研磨これ。お土産。プリン』

「プリン?」

『うん、作ってきた。好き?』

「うん。ありがと」

『いえいえ…あ、黒尾さんは好きですか、プリン』

「うん、好き好き」

『じゃあ後で食べましょう』

「ていうかお腹すいた」

『あ、研磨も昼まだなんだよね』

「なまえも?」

『うん。なんか作ろうか』

「…作ってきて。母さんが材料適当に買っといたらしいから」

『研磨は作んないの』

「めんどい。ゲームしてるから、クロとなまえが作って」

『働かざるもの食うべからずって言葉知ってる?』

「知らない。焼うどんがいい」

『……わかったよ。焼うどんね』

「じゃー作って来るか」


どんだけ面倒くさがりなんだよと思いながら、ゲーム画面から目を離そうとしない研磨を置き去りにして登ってきたばっかりの階段を降りる。
黒尾さんが後ろをどすどす付いてくるので、後ろ姿変じゃないかな、とか思った。
自分の後ろ姿とか滅多に見ないから。

親のいない研磨の家を散策して、黒尾さんがトイレの場所とかお風呂の場所とか教えてくれた。
それを覚えながら、2人でキッチンへ向かう。


「焼うどんか。多分おばちゃんがうどん買ってたの見てたんだな、研磨」

『こないだ黒尾さんがうち来たときも昼ごはん焼うどんでしたね』

「ああ、なまえの焼うどん食うの2回目だわ」

まぁ今日は合作だけど、と思いながら、到着したキッチンで手を洗う。
綺麗な台所には、研磨のお母さんが買って置いといてくれたのだろう、たくさんの具材が並んでいる。
冷蔵庫には野菜や肉や飲み物。
テーブルにはお米やパンやパスタ。
二日間でこれだけの材料を消費するのは不可能なくらい大量に買ってあるので、ちょっと笑ってしまった。


「で、俺何すりゃいーの」

『…とりあえず手洗ってください』

「ああ、そーだな」


蛇口をひねってじゃぶじゃぶと手を洗う黒尾さんを見ながら、冷蔵庫から使う分の野菜と肉を取り出した。
豚肉とキャベツと人参と玉ねぎくらいでいいだろう。
あとうどん。
タオルで手を拭く黒尾さんと目が合って、ちょっとドキッとした。
好きな人と2人でキッチンに立っているという状況が、なんか不思議で。


「うどんどうすんの、茹でんの?」

『チンします』

「チン?レンジ?」

『はい。30秒くらい…』

「へー…野菜は?」

『切ります』

「じゃ、俺キャベツ切るわ」

『あ、はい』


手の平を差し出されたので、大きな手にキャベツを乗せる。
野菜と黒尾さん。なんか変な組み合わせ。
包丁とまな板が二個ずつあるので、並んで野菜を切ることになった。
わたしは人参と玉ねぎ、黒尾さんがキャベツ。
うどんは後でチンするので、ちょっと置いておく。
玉ねぎの皮を剥いていると、黒尾さんがわたしの手首をちょんちょんと突いてきた。


『?』

「キャベツってどう切ったらいーの」

『ああ…まず縦半分に切ってください』

「縦な」


黒尾さん、料理したことないんだろうか。
まぁそれでも不思議じゃないけど、キャベツを両手でボールみたいにくるくる回してるのが可愛かった。
キャベツは半分使って、残りは夜千切りのサラダにでもしよう。
ざくざく、とキャベツを縦半分に切っている黒尾さんを見てから、わたしも皮を剥き終わった玉ねぎを縦半分に切る。
それからトントンと細めの櫛切りにしていく。


「おお、すげぇな。華麗な包丁捌き」

『え…普通ですけど』

「いやすげぇ早ぇじゃん」

『そうですか…?』

「うん。で、キャベツだけど。こっからどうすんの」

『芯は取って、ざく切りに…』

「ざく切り?芯ってどんくらい切んのコレ」

『……えーと…白くて硬いところは捨てるんで…あとはテキトーに、なんか食べやすい感じで』

「テキトー?なんか料理ってムズいな」

『…あ、じゃあキャベツはわたしが切るんで、黒尾さん人参の皮剥いてください。ピーラーで』

「何ピーラーって」

『野菜の皮むくやつです。あ、コレです』


キッチンの棚に入っていたピーラーを黒尾さんに手渡す。
多分キャベツもわたしが切った方が早いだろうし、ピーラーで皮むくくらいなら黒尾さんでもできるだろう。
ピーラーを受け取った黒尾さんは、人参を一応洗ってから、シャーっと一筋皮を剥いた。


「おお、コレ面白ぇな」

『よかったですね。手の皮剥かないように気をつけてください』

「なんかすげぇ子供扱いされてる感」

『まぁ、ピーラーで皮剥くくらい子供でもできますもんね』

「いや料理とかしたことねぇし、仕方なくね?」

『皮剥けたら人参ください』

「無視デスカ…」


玉ねぎを切り終えて、キャベツも洗ってからざく切りにし終えたので、黒尾さんが皮を剥く人参を待つ。
シャーっとオレンジ色の皮を剥いている黒尾さんを見ていると、なんか面白くて笑えた。
図体のでかい男子が人参の皮を剥く、という姿に。
なんかかわいい。


「ほい、人参剥けましたシェフ」

『ありがとうございます、バイトの人』

「バイトの人なの俺。せめて新人さんとかにしよーぜ」

『新人さん、フライパンに油しいてください』

「ラジャ、シェフ」


変な小芝居が始まったけど気にせず人参を切っていく。
トントンと短冊切りにしていると、棚からフライパンを取り出した黒尾さんがそれをコンロに置いた。


「シェフ、油どんくらいっすか」

『大さじ1か2くらいで』

「大さじって何すかシェフ」

『…家庭科の授業とかちゃんと受けました?』

「受けたけど記憶に無い」

『……大さじはこれです』


再び棚から大さじを取り出して黒尾さんに渡す。
おお、と声を上げた黒尾さんが、わざわざ油を大さじで測ってからフライパンに入れるのを見てまた笑った。


「火着けていーの」

『はい』


かち、とコンロに火がつく。
フライパンが温まってから、肉を投入した。
ジュー、といい音がするのを聞きながら、次に人参、その次に玉ねぎ、と順番に野菜を炒めていく。


「奥さん、うどんチンしますか」

『あ、お願いします』


小芝居の役柄がシェフから奥さんになったのでちょっと変な感じがしたけど、気にしないことにした。
肉と野菜に塩胡椒で下味を付けながら、うどんをレンジで温めている黒尾さんを見る。


「お前ー、うどんチンできたけど」

『え、あ、はい。入れてください』


おまえ?
また小芝居の呼び名が変わる。
黒尾さんがフライパンにうどんを投入したので、ささっと醤油やらで味付けをして火を止めた。


「出来上がり?」

『鰹節乗せて出来上がりです』

「いい匂いだな、お前」

『なんですか、お前って』

「2人で台所立ってんの新婚さんぽいからさ。な、お前」

『……』

「おい、そこでなまえのターン、”あ・な・た(ハート)”だろ」

『……黒尾さん、お皿…』

「バカ、お前も”黒尾さん”だろ?」

『……あなた、お皿お願いします』

「任せとけ、お・ま・え」


しつこくて無理やりな夫婦設定によって「あなた」呼びさせられたことにちょっとイラッとして、わざとらしいウインクをした黒尾さんを殴りたくなった。
好きな人相手でもしつこくされると殴りたくなったりするんだなぁ、と一つ学んだ瞬間だった。


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