苦手なものってたくさんある。
たとえば野菜のオクラとかネギとか、数学とか理科とか、運動とか。
他にも早起きとか、ピンク色のファンシーな感じとか、フリルとかレースとかついてる服とか。
あと、制服のシャツの裾がスカートから出てくることも、靴下がずり下がってくのも。
そんなことと同じように、わたしはコイバナというものも得意じゃない。
誰が好きとか何があってどうなったとか、デートして進展したとか、そういう話をするのも聞くのもあまり好きじゃない。
それは今まで恋愛をしたことがなかったから、っていうのも理由の一つなんだろうけど、一番はあの、ほわわんとした桃色の空気が苦手だからだ。
特に他人の恋路なんかに興味がなくて、ユカやリツコの恋愛事情なんかほとんど聞き流してきた。

そんなわたしが、今、火曜日の朝のホームルーム直後から、例のユカとリツコによって尋問を受けているのは。
きっとわたしが彼女らと同じような桃色の空気を醸し出していたからなんだと思う。


「昨日のなまえ、なんかすっごい可愛い顔して急いでたよね。黒尾先輩に呼び出されてさ」

「さあ吐きなさい、昨日黒尾先輩と何してたのよ!」


キラキラした顔で質問攻めしてくるユカとリツコは、朝からわたしの席に手をついて身を乗り出してくる。
うざいなぁと思いながらも、昨日話すと言ってしまったし、とりあえず話すしかないだろう。
隣の席の研磨の存在が少し気になるけど、研磨はわたしの気持ち知ってるし、まぁ大丈夫なはずだ。


『昨日は…』

「うん!」

『…クレープ食べて』

「クレープ!またベタな!」

「デートしてたんだ」

『デート…ではないかな』

「いやデートでしょ。で、それからそれから!?」

『それから、電車乗ってわたしの家行った』

「お、お家デート!やだぁやらしー!」

「家で何してたのよ!」

『何もしてないわ。わさびと遊んだり話したりしただけ』

「えー?家に連れ込んどいて何もなかったって?」

『うん』

「なにそれ、つまんなーい」

「ていうか、付き合ってんの?黒尾先輩と」

『付き合ってない』

「ほんとに?すっごい怪しいんだけど」

「ていうか、好きじゃないの?昨日黒尾先輩に呼ばれたって言ったときのなまえ、なんか嬉しそうだったけど」


不思議そうな顔で聞いてくるリツコに、何故かぎくりとする。
わたし嬉しそうな顔とかしてたのか。
なにそれ、恥ずかしい。
だだ漏れなのだろうか。


『……』

「え、なんで無言!?いつもならうざそうに否定するじゃん!」

「もしや、ついに惚れちゃったの?」

『……』

「無言は肯定とみなすよ!?」

『……』

「………」

「……ま、マジか」

「…っキャーーー!!」


ビビる。
ユカが突然奇声を発したので、教室中が騒然とした。
理由はわたしが黒尾さんを好きだと肯定した(?)からだろうけど、それにしてもうざすぎる。
なんなんだこいつは。


『ちょ、うるさい。叫ぶな』

「だ…っ、だってだってぇ!なまえが!なまえがついに、恋を!」

『声がでかい!』

「いったぁ!!」


バチンとユカのおでこを引っ叩く。
全くうざい、こうなるから言いたくなかったのだ。
いや言いたくないような言いたいような気持ちで複雑だったのだ。


「…はあー、なまえがついに恋か……しかも相手は黒尾先輩で、しかも初恋かあ……」

『…なに、リツコまで…』

「いや、感動しちゃってさあ…」

「ねぇねぇどこが好きなの!?」

『……知らないけど』

「冷めてないでさぁ、もっと熱く語り合おうよ!ね、付き合わないの!?」

『は?なんでそうなるの』

「だって好きなんでしょ?」

『そ…りゃまぁ…そうかもしんないけど、付き合うわけないじゃん』

「えー、なんでよ?」

「まあまあ、今は好きってだけで十分なんでしょ、なまえは」


食い下がってくるユカをリツコが止めてくれる。
さすが恋愛マスターリツコ。


「そういう付き合いたいとかって欲も、そのうち出てくるって。まだ好きって自覚したばっかなんだろうしね」

「そーなんだろうけど!応援したいじゃん!」

『ユカは何もしないで。放っといてくれればいいから』

「えー!?なにその迷惑みたいな言い方!」

『いやほんと迷惑だから放っといて』

「なによー!邪魔なんかしないってば!」

「ユカうるさい。見守っててあげよーよ」

『ああ、うん。見守ってて』

「…しょーがないなぁ…でもなんかあったら言ってよ!?相談乗るから!」

『うん。言う』

「ていうか!孤爪はこのこと知ってたの!?」

「…エッ……」


よほどテンションが上がっているのか、ユカが研磨に絡み出した。
ほんと面倒な女である。
研磨がテンパっているので、ユカの頭を叩く。


『こら』

「あいたっ!」

『研磨に絡むな』

「だってさぁ、孤爪はなまえと黒尾先輩のキューピット的な感じでしょ!?うちより先に知ってたんなら悔しい!」

『アホかお前は。絡むな、席もどれ』

「酷い!リツコも気になるでしょ!?」

「ていうか、まだ付き合ってないからキューピットではないでしょ」

「それは今はどーでもいいの!」

『はいはい、チャイム鳴るから戻って』

「もー……」

「じゃ、なまえ。話してくれてありがとね」

『え、うん』

「アンタこういうコイバナとか苦手でしょ。邪魔はしないから、ユカもうちも。頑張りなよ〜」


笑いながらユカを連れて席に戻っていったリツコを見て、ちょっとジーンとした。
やっぱユカとリツコほどわたしのことを分かってくれる友達っていないんだろうなーと。
そしたら、2人と高校離れることが少しさみしくなってしまう。
でも、音駒には研磨も黒尾さんもいるし。
隣の席の研磨に目をやると、ユカに絡まれたからか少し疲れた顔をしていた。


『ごめん研磨、ユカうざくて』

「…うん、まぁいいけど……あの人たちにクロのこと、さっき初めて言ったんだ?」

『うん。自覚したの日曜日くらいだし、研磨には勢いで言っちゃったけど。あいつらにも言っとこうと思ってたから』

「仲良いもんね」

『うん。うざいけどね』

「…まぁ…大変そうだなーと思うよ」

『リツコがユカのフォローするからどうにかなってるよ』

「ああ…そんな感じ」


あ、そういえば、と思い出して、スクバからジャンプを取り出す。
研磨が買ったやつを昨日持って帰ってたから返そう。
取り出したジャンプを研磨に差し出すと、そのまま受け取ってくれた。


「読んだ?」

『うん、読んだ。金魂が怒涛の展開だった』

「だよね。まさかあんな展開になるとは思わなかった」

『まさか先生が黒幕なんてね』

「びっくりしたね」

『うん。なんか最終回近そう』

「ああ、そんな感じだね。フラグ回収祭りで」

『最終回の前に単行本集めたいな…でも相当巻数出てるからなぁ…』

「何巻まで持ってるの」

『26…?くらいかな』

「金魂って単行本もう60とか出てるでしょ。集めるの大変そう」

『お金貯めないと無理だわ』


できることなら最終回なんか来なかったらいいのになーと思う。
金魂はかなり好きな漫画だからである。
主人公の金さんもライバルの文字方さんもみんな好きなのだ。
そろそろチャイムが鳴って一時間目が始まる。
一時間目は国語。
確か今日は漢文だった気がする。


「ていうか、昨日クロとデートしたんだ?」

『デートっていうか…一緒にぶらぶらしてたけど。黒尾さんに聞いてないの?』

「うん、昨日も今日も会わなかったから」

『へえ…毎日会ってるのかと思ってた』

「そんなわけないじゃん。…まぁ家近いから頻繁に会うけど」

『へえ…』

「デート楽しかった?」

『だから別にデートじゃないけど…クレープ食べて家きただけだし』

「ふーん…」

『あ、でもいろいろ思ってたこと話せたよ』

「…好きとか?」

『違うわ。受験音駒に絞るとか、マネージャーやりたいってこととか』

「ああ…良かったね」

『うん。次は一緒に行こうね、クレープ』

「うん」


クレープの話で、昨日黒尾さんとお互いのクレープを食べさせ合う、みたいなことしたのを思い出してしまった。
今思い出しても恥ずかしい。
ひいー、わあー、とかわめき散らしたい気分になりながら耐える。

授業の始まりを知らせるチャイムを聞きながら、スマホでゲームしている研磨を見て、黒尾さんは今何してるだろうとか考えた。
授業中かな。
馬鹿みたいに黒尾さんのことが頭から離れないのは、やっぱり恋とかいうやつのせいで。
なんか、恋って呪いみたいだなぁ、なんて思った。


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