試合が終わってから、わたしはしばらく動けなかった。
いろんな感情の変化がありすぎて、理解するのが遅れてしまったのだ。
そして冷静になってから、音駒が負けてしまったことを理解した。
三回戦で敗戦した音駒は、インターハイ出場の夢が断たれた。
それをしっかりと理解したとき、わたしは黒尾さんにかける言葉を見失った。
今日はもう会う予定はないけれど、二度と会わないわけじゃない。
次に黒尾さんと会ったとき、わたしは何と言えばいいのだろう。
お疲れさまでした、なんて月並みな言葉しか浮かばない。

そして、研磨に黒尾さんが好きだと告白したことを思い出して、少しの後悔に見舞われた。
研磨は前からわたしの気持ちに気付いていたというけれど、それをあえて言う必要はあったのか、と。
研磨からしたら、だから何?って感じだろうし、言ったところで何も生まれない。
ただ、わたしが自分の気持ちをやっと理解して、それに嵌る名前を付けただけのことだ。
黒尾さんのことが好きだと自覚したところで、べつにどうなりたいとかどうしたいとかそういうのは無いし、ただ胸の中の葛藤が一つ消化されただけ。
それでも、研磨は何を言うでもなく、わたしの気持ちの整理がつくまで隣で待っていてくれたし、後悔するのも無駄なのだけれど。


「じゃ、明日…遅刻しないようにね」

『…うん。また明日ね』


それから、遊びに行ける雰囲気でも気持ちでもなかったわたしたちは、黒尾さんたちが負けた体育館の前でそのまま別れた。
気持ちが沈んでいたのだ。
知り合いが大事な試合で負けるところを目の当たりにしたのだから落ち込むのは当然で、わたしはもやもやとしたまま電車に乗って家へと帰った。
スマホを握って、黒尾さんに連絡をするべきかどうか考えながら。

家に帰ってからも、わたしの気持ちは落ち込んだままで、すり寄ってくるわさびを抱き上げて、部屋でずっと黙っていた。
なー、と鳴くわさびの頭を撫でながら、ずっと黒尾さんのことを考えた。
黒尾さんはいま、何をしてるだろうとか、黒尾さんは落ち込んでるだろうか、とか、それとも格好悪いところを他の部員に見せないように気丈に振舞っているんだろうか、とか。
日が落ちて、電気をつけていなかった部屋が暗くなっていくのを見ながら、わたしはなにもできなかった。
できることなら、黒尾さんを元気付けたい。
でもそんなことはわたしにはできないし、方法もわからない。
たとえばわたしがラインでどんなに元気付けようとメッセージを送ったとしても、それは黒尾さんの心には響かないはずだ。
会いたい、と思った。
誰にも弱音を吐けない黒尾さんに。
不安とか悔しいとかそういう気持ちをぶつけてほしかった。
いますぐ会って、顔を見たい。
できれば落ち込んだ顔を。
きっと他の誰にも見せない顔を。

うっすらと涙が浮かんだ。
何が悲しいのかわからない。
音駒が負けたことなのか、黒尾さんが落ち込んでいるかもしれないことなのか、黒尾さんに会えないことなのか、わからないけれど、どうしようもなく悲しくて。
胸が痛くて、わさびを抱きしめた。
ぺろぺろとわたしの頬を撫でるわさびの真っ黒な毛を見て、やっぱりわたしは黒尾さんを思い出す。
ああ、これが恋なんだ、といまさらわかった。
ただひとりの人のことを考えるだけで、胸が痛くなって、息が苦しくなって、涙が出てくる。
恋、なんて、自分がするなんて考えもしなかった。
なのに、いまわたしは、こんなにも黒尾さんのことばかり思って、心がぐちゃぐちゃだ。
いままで恋愛の話ばかりするユカやリツコを小馬鹿にしてきたけれど、ようやくその気持ちがわかった気がする。
みんな、こんな苦しい思いをして、結ばれたり報われなかったりして、恋をしているんだな、と思うと、それを共有したくなる気持ちもわかった。
今度、ユカとリツコにも話そう。
きっとユカは大騒ぎしてうるさいんだろうけど、ちゃんと。
研磨に言ったのと同じように、わたしは黒尾さんのことが好きだと、正直に。


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