ついに日曜日になってしまった。 この間も来た大会用の大きな体育館は、この間よりもいくらか騒がしいような気がする。 三回戦だから、だろうか。 わたしはよく晴れた空を見上げながら、待ち合わせした研磨を待っていた。 もう黒尾さんたちはこの体育館の中にいるんだろうな、とか、緊張してるのかな、とか考えながら。 無意味にスマホの画面を付けたり消したりしながら、たくさんの人で賑わう体育館の入り口を見る。 赤いジャージの姿がないことを確認してから、また空へ視線を移した。 「なまえ」 『あ、研磨。おはよ』 「おはよ」 しばらくしてから待ち合わせ場所にやって来た研磨は、いつもと同じラフな格好でスマホゲームをしながら歩いてきた。 歩きながらゲームとか危ないよ、と何度か言ったのに一向にやめようとしない。 どんだけゲームしたいんだ、と思いながら、二人で体育館の入り口へと向かった。 「……なんか、緊張してる?」 『え…うん、してるかも』 「…なんでなまえが緊張するの」 『わかんないけど…なんだろ』 音駒が入るコートのエンド側の客席に入って、前から二列目の椅子に座った。 そこで、研磨がわたしの緊張を言い当てる。 うわ、わたし目に見えて緊張感出してたの、と少し恥ずかしくなったけど、研磨の観察眼があってのことか、と気を取り直した。 研磨はすごいのだ。 人をよく見てて、些細な変化にもすぐ気付く。 しかも的確で、それがきっと黒尾さんの言う「観察眼」ってやつで、研磨のその能力がバレーする上でも必要なんだと思う。 だから研磨の前じゃ隠し事なんか出来ないな、と思ってはいるけど、やっぱり性別の垣根とかがあるからか言えないこともあるのだ。 でもきっと気付かれているんだろうな、と思うから、少しくらい下手なこと言っても平気。 研磨はわたしが聞かれたくないことも知っていて、知らんぷりしてくれるから。 わたしから言うのを待っていてくれるから。 コート上でピーッと笛が鳴って、公式アップが始まった。 もうコートには黒尾さんや音駒の選手、それに梟谷という相手校の選手もいる。 わたしは目下のコートでアップを取る黒尾さんを目で追いながら、やっぱり祈っていた。 祈ったってどうにもならないことはわかっているけど、それしかできないから。 『梟谷ってところ、強いんだよね?』 「うん。強豪で、全国大会の常連」 『常連…』 「それに今年の一年生に、すごいスパイカーがいるんだよ。中学のときから有名な」 『一年生ってことは、黒尾さんと同級生』 「うん。多分あの、変な髪型の人」 『…あの銀っぽい髪色の人?』 「うん。確か、木兎?とかいう名前だったと思う」 研磨の言う木兎という人は、相手校である梟谷学園の一年生らしい。 銀っぽい髪色で、ところどころ黒髪が混じってて、全体を上に上げてツンツンした髪型をしてる。 中学のときから有名なスパイカーって、やっぱり今もすごいんだろうなと思いながら、その木兎という人を眺めた。 確かに力は強くて、アップの時点で強打してるのがよくわかる。 「梟谷学園と音駒ってよく練習試合とかしてるから、クロは多分あの人と知り合いだよ」 『え、そうなの』 「うん。ていうか、仲良いんじゃないかな。前に聞いたことある気がする」 『へえ…』 「なんか、梟谷学園グループっていって…四つの高校でできてるそのグループで、毎年夏に合同合宿したり日常的によく練習試合したりしてるらしいよ」 『梟谷と音駒と、あと二つの高校ってこと?』 「うん」 『そうなんだ…』 じゃあ、この三回戦は知り合い同士の試合になるんだ。 黒尾さんが相手の木兎という人と仲が良いらしいと聞いた時ちょっとびっくりしたけど、梟谷学園グループって、なんかすごいなぁと思った。 それに梟谷の方のベンチにはマネージャーがいて、なんか落ち着いてる感じで、強豪って感じがする、なんて思う。 しばらくのアップのあと、ピーッ、と、大きな笛の音がした。 試合が始まるのだ。 音駒と梟谷の、全国への切符をめぐる戦いが。 ばたばたと足音を立てて整列していく両校の選手を見て、なぜか鳥肌がたった。 胸のざわつきが、昨日の夜から消えない。 『え、つよ…』 「すごいね、相手のスパイク」 『えげつない音するじゃん…』 いざ試合が始まると、もう目が離せなかった。 攻撃型の梟谷、守備に重きをおく音駒。 梟谷の一年生の木兎という人のスパイクは、ほんとに同じ人間なのかってくらい力強くて、床にぶつかるたびに重い音を立てる。 あれを拾う音駒の選手の腕が心配になるくらい。 でも、音駒だって負けていない。 相変わらずしなやかなレシーブでボールを床に落とさないし、攻撃力では負けていても、守備力では勝っている。 でも、わからない。 どっちも強いけど、なんとなく、音駒が押されているように見えて。 梟谷学園は、木兎という人もすごいけど、他の選手もすごい。 梟谷学園のスパイクをブロックする黒尾さんを見つめながら、手をぎゅっと握った。 「…1セット目、落としちゃったね」 『うん……』 1セット目が終了した。 梟谷が25で1セット先取、音駒が22で落としてしまった。 嫌な胸騒ぎが全身を包み込みそうで、鳥肌がたつ。 次、落としたら。 考えたくもないことばかりが脳裏を過ぎ去って、ここに座っているしかできないことがひどくもどかしかった。 大丈夫、まだ負けたわけじゃない。 次のセットを取れば。 『大丈夫…』 「…うん」 水分補給をする黒尾さんを見つめる。 全然、諦めた顔には見えない。 コート上にいる誰一人、そんな表情はしていない。 だから大丈夫、三回戦を勝って次に進むのは、黒尾さんたち音駒なんだから。
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